第30話 正体不明の救助班
朝には、呼び方が一つ増えていた。
「影の救助班だって」
「なにそれ、漫画みたい」
「でも昨日の動画、ちょっとやばくなかった?」
教室の後ろで誰かが笑っている。
いつもの雑談だ。
ただ、その話題の中に昨夜の断片映像が混ざっている。
玲司は席に座ったまま、聞いていない顔をしていた。
動画そのものは削除と再投稿を繰り返している。
だが、完全には消えていない。
むしろ断片だけが別の場所で増えていた。
“助けたのは誰だ”
“違法だけど有能”
“顔のない救助班”
名前がないぶん、呼び方だけが先に育っていく。
昼休み、旧校舎脇の渡り廊下。
時間をずらし、視線を切って、三人だけが先に揃った。
レナは来ていない。
学校の中で無理に接点を増やす方が危ないからだ。
「昨夜から朝までで、同系統の投稿は二十八」
ユラが端末を見せる。
「元動画は短いのに、コメントと考察が勝手に伸びてる。しかも“助けられた側っぽい書き込み”が混ざり始めた」
「本物か」
玲司が聞く。
「半々。現場にいたっぽい温度のもあるけど、便乗も多い」
カナデがすぐに拾う。
「便乗込みでも、流れとしては悪くないわね。完全に違法集団扱い一色にはなっていない」
「その代わり、“有能なら公に出ろ”も増えてる」
ユラは肩をすくめる。
「人って勝手だよね。助けろ、でも正体は見せろ、責任も取れってさ」
玲司は短く返した。
「出たら終わる」
「分かってるって」
軽く言いながらも、ユラはすぐに表情を戻す。
「ただ、ここで全部打ち消すのも悪手。もう“いた”ことは広がってる。なら、変に否定するより曖昧なまま流した方がいい」
カナデがうなずいた。
「ええ。存在を消しにいくより、輪郭を曖昧に保つ方がまし」
玲司は壁にもたれず立ったまま、考える。
本来なら、公にならないはずだった。
救助は救助。
証拠は証拠。
影のまま持ち帰るのが理想だった。
だが今は違う。
誰かが先にTRACEを観測し、その存在だけを外へ放った。
それは危険だ。
同時に、使える流れでもある。
「朝比奈」
「ん」
「次に同じ系統が出るなら、完全否定はするな」
ユラが目を細めた。
「乗るの?」
「乗せられるほどはまだ出ない。だが、“助けたやつがいた”程度の曖昧さは残す」
「へえ」
「功績取りじゃない。逃げ道だ」
玲司は言い切る。
「黒峰や学園側が全部自分たちの手柄だと言い出した時、噂の方に別の筋が残っていれば、あとで崩せる」
カナデの目が少しだけ和らぐ。
「ざまぁに理屈を残す、ということね」
「そうだ」
ユラは小さく笑った。
「玲司、そういうとこだけ容赦ないよね」
「感情で潰すより確実だ」
「好きだよ、そういうの」
軽い言い方だった。
だが玲司は拾わない。
その代わり、端末へ視線を落とす。
掲示板の新しい書き込み。
短い考察動画。
現場にいた探索者の匿名証言めいたコメント。
それらが混ざって、一つの曖昧な像を作っていく。
正義でもない。
悪でもない。
公認でもない。
ただ、先に来て救う影。
ユラが別画面を開いた。
「あとね。これ、ちょっと面白い」
「何」
「“影の救助班”って単語、最初に言い出したやつが同じ。三つの場所で」
カナデがすぐ反応する。
「誘導?」
「たぶん。自然発生っぽく見せてるけど、少なくとも最初の火付けは一人」
玲司は目を細める。
誰かが広めている。
それも、ただの野次馬ではないやり方で。
TRACEを持ち上げたいのか。
炙り出したいのか。
まだ切れない。
その時、渡り廊下の向こうで足音がした。
三人とも会話を切る。
ただの通りすがりの生徒だ。
ユラはすぐに明るい顔へ戻った。
「えー、だからその動画の編集がさ」
「朝比奈さん、声が大きいわ」
「冬月さん、急にノッてきた?」
通り過ぎた生徒は、ただの雑談だと思って行った。
足音が消えてから、カナデが低く言う。
「学校の中では、もう少し切った方がいい」
「分かってる」
玲司が答える。
「次は離す」
ユラも小さく息を吐いた。
「はいはい、影の救助班は教室では赤の他人ってわけね」
その軽口のあとで、彼女の指が止まる。
「……来た」
「何が」
「まとめアカウント。フォロワー多いやつが拾った」
画面には、低画質の切り抜きと一緒に短い文が載っていた。
――正式救助より先に動く、正体不明の救助班。
違法かもしれない。でも、助かった人間がいる。
玲司は画面を見る。
噂の範囲が、個人掲示板から一段上へ出た。
もう身内の野次馬だけじゃない。
次は、見ている側のレイヤーが変わる。




