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学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


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105/113

第105話 始まった実習

 


 実習の日の朝は、静かな方が気味が悪い。


 蒼栄学院の正門前には、中層実習用の輸送バスが四台並んでいた。

 点呼表。

 誘導コーン。

 外部協力スタッフの腕章。

 全部がきれいに揃っていて、だからこそ玲司には整いすぎて見えた。


「うわ、ほんとにバスだ」

「遠足感あるな」

「中層でそれ言えるの強いって」


 二年の生徒たちは少し浮ついている。

 緊張はある。

 でも事故の匂いまでは知らない顔だ。


「水城、酔い止め持った?」

 後ろの席の男子が振り返る。


「持ってない」


「即答だな。そういうとこだけ潔い」


「酔う前に着くだろ」


「中層実習に対する信頼が雑すぎる」


 小さく笑いが起きる。

 軽い。

 教室と同じ温度だ。

 それでいい。


 少し離れた列では、ユラが友達に囲まれていた。


「ねえ、ほんとに中層って空気薄いとかある?」

「ないだろ」

「でも“あるかも”って言われるだけで、ちょっとそれっぽくない?」

「朝比奈のそれっぽさ、いつも雑なんだよ」


 笑いながら、ユラの視線だけが一度だけ外部スタッフの腕章へ落ちた。

 気にしている場所が同じだ。

 けれど学校では、そこまでだ。


 バスは時間通りに出た。

 窓の外に流れる街はいつも通りで、これから事故が起きる日だと知っているのは玲司たちだけだった。


 中層実習区画の前哨基地は、低層の実習場よりずっと広かった。

 搬入用の昇降機。

 待機テント。

 仮設端末。

 安全説明用の大型モニタ。

 人手も物も多い。

 それなのに、玲司には逃げ道の方が少なく見えた。


 待機列の幅が狭い。

 資材箱の仮置き位置が近い。

 補助柵の角度が悪い。

 見た目だけは整えて、崩れた時に人が詰まる形へ寄せている。


「先輩」


 耳の奥で小さく声がした。

 ミオだ。

 遠隔回線の向こうで、いつも通り小さい。


「現地搬入記録、また増えてます」


「何が入った」


「工具箱三つ。補助支柱二本。あと、閉鎖区画側の通行申請が一件だけ追加です」

 一拍置いて、ミオが続ける。

「公開資料にはありません」


 玲司は正面を見たまま、短く息を吐いた。


 やはり来た。


「水城、前見ろよ」


 教員の声が飛ぶ。

 玲司は何でもない顔で視線を上げた。


 安全説明が始まる。

 真壁宗一郎が前に立ち、落ち着いた声で注意事項を読み上げていく。

 言っていることは正しい。

 だが、その横にいる外部協力枠の男たちは、聞くためではなく待つための顔をしていた。


 玲司は一人ずつ見た。

 靴の汚れ。

 工具の持ち方。

 ヘルメットの擦れ。

 救助班の装備にしては、火気処理用のケースが一つ多い。


「玲司」


 今度はユラの声だ。

 生徒の列の中から、周囲に聞こえても雑談にしか聞こえない調子で落ちる。


「今日、先生の話ちゃんと聞いてる顔してるじゃん」


「元からだろ」


「いや、今日は“聞いてるふりして別のこと見てる”方」


「便利な観察だな」


「褒めて」


「断る」


 それで終わる。

 友達の前で踏み込まない。

 ユラはその線を知っている。


 配置が始まると、TRACEの面々は事前に決めた通り、自然な形で散った。

 レナは前寄り。

 カナデは立会い位置の見える班。

 ユラは人の目が集まる側。

 玲司は全体の流れを見渡せる後方。

 学校では無関係。

 でも位置だけは噛み合っている。


 中層の第一層目は、広い岩棚と複数の採掘通路がつながった半人工区画だった。

 見学と簡易採集から入るため、空気はまだ緩い。


「うわ、思ったより普通」

「その感想、一番危ないやつだぞ」

「え、でも照明もあるし」


 何人かが笑う。

 教員も外部スタッフも、落ち着いた顔でそれを流す。

 本当にまずい現場ほど、最初は普通に見える。


 玲司は床の継ぎ目へ目を落とした。

 新しい擦れ。

 補助柵の固定ピンに、手の入った痕。

 さらに通路奥、搬入用の細道側だけ粉塵の流れが薄く乱れている。


 まだ起きていない。

 でも連鎖はもう組まれている。


「先輩」


 ミオの声がまた入る。


「さっき追加された通行申請、外部協力枠の端末で認証されています」


「誰が通る」


「名義は三人です。まだ移動はしてません」


 玲司は目を細めた。

 していない、はずだ。

 だが現場は書類どおりに動かない。


 その時、足元の岩棚がごく小さく鳴った。


 ぱき、と。


 誰も気づかないほど小さい。

 でも《痕跡鑑定》には十分だった。


 違う。

 予定より早い。


 玲司の視界の奥で、まだ先のはずだった崩落線が一段手前へずれる。

 待機列脇ではない。

 中腹の搬送通路側。

 誰かが、起きる順番そのものを動かした。


「……始まる」


 玲司が低く呟いた直後。

 通路の奥で、二度目の乾いた音が鳴った。

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