ビアッジョ日記⑥
クレトとヴァレリーが並んで前からやって来るのが見えた。時刻的に、馬に飼い葉をやってきたのだろう。楽しそうに話している。
クレトに仕事を頼み、ヴァレリーとふたりきりになると世間話を装いつつ探りを入れた。先日のアルトゥーロとの外出はどうだったかについてだ。
ヴァレリーはやや、口ごもった。
「……久しぶりのスカートは、気分が上がりました。オリヴィア様には感謝しかありません」
はにかみ顔だ。強気の男勝りだと思っていたが、可愛らしいところもあるらしい。
「それは良かった。あの無愛想な男は、ちゃんと褒めたか?」
「……いえ」
「本当にダメな男だな!叱っておこう」
「そんな。褒めどころがなかっただけでしょうから」
ヴァレリーは表情を翳らせた。うむうむ、これは気にしているぞ。
「そんな筈があるものか。あいつはコミュニケーション力が幼児以下なんだ」
「……」
ヴァレリーは何か言いたそうな表情をしたものの、言葉にはしなかった。
「そう思うだろう?騎士としては一人前なのだがな。そうなることに全てを注いでしまったから、女性の扱い方を知らないままあんな歳になってしまった」
「……そうなのですか?だけどモテますよね。外に出ると、いつも昔の恋人さんたちが声をかけてきます」
昔の恋人!
ギョッとしてヴァレリーを見る。
そうだった。あいつにはそんな相手がわんさかいたし、街に出れば女が寄ってくるのを忘れていた。
「出世頭だからな。大半はあいつの気をひきたいだけの女性だよ」
ということで誤魔化されてくれるだろうか。
彼女は、そうですか、と頷いたのでほっとする。いったん、別の話題に変えよう。この際以前から気にかかっていたことを訊くか。
「ところで、今更な話だが、何故決闘だったのだ?」
アルトゥーロやコルネリオ様は、あのヴァレリアナだからと納得しているようだが、私は未だに腑に落ちない。決闘が、というよりは。
「死ぬことは怖くなかったのか?」
家族を殺され王女の立場を失ったからといって、悲観するような性格ではない。妹の敵討ちをしつつも生き残る策をとると思うのだ。
果たしてヴァレリーは、しばらくの沈黙ののちに
「半々でした。敵討ちはしたい、死にたくもない、と」
と答えたのだった。
彼女は、ふい、と体の向きを変えて歩き始めた。
「敵討ちは絶対に正々堂々したかったので、決闘一択でした」
「そうか」
隣を歩きながら、首肯する。そこは彼女らしい。
「だけど……実は、他に気がかりなことがあって、どうすべきなのか迷いました」
「気がかりとは?」
「秘密です。こちらにも、戦にも関係ない個人的なことです。それで流民の占い師を頼りました」
「占い師」
「はい。詳しくは打ち明けていません。滅びたフィーアの王女だと知られたくなかったからです。だけれど占い師は、北東に進み、信念を貫きなさい、そうすれば全て解決すると言ったのです。その時、北東にはメッツォのこの都がありました。だから決闘を敢行しました。もしかしたら、死なないのではという気持ちもありました。そして実際死ななかった」
「それで気がかりは解決したのかな?」
「いいえ、全く」
ピタリと彼女は足を止めた。
また沈黙する。
だいぶ経ってから彼女は私を見上げた。
「ビアッジョ様」
「何だろう」
「アルトゥーロ様の……」
彼女は言い掛けて、口をつぐんだ。その視線を追いかけて振り向くと、当のアルトゥーロが仏頂面でこちらにやって来るのが見えた。
「失礼します」
ヴァレリーはさっと一礼して主の元に駆け寄った。ふたりは何やら話している。そうして従卒は去り、主だけが私の元に来た。
「タイミングが最悪だ」
「ふたりきりで何を話していた」
「これからが佳境だったんだぞ!」
「だから何のだ」
「お前について以外、何の話があるのだ」
思わずため息が零れる。
「とりあえず、罰を与える。町娘仕様のヴァレリーを褒めなかった。代わりに今日中に告白」
「意味が分からん」
アルトゥーロは本気にせずにいる。
だけれどヴァレリーは、この男にについて何を言いかけたのだろう。