追憶1
俺はかつて第一王子だった。でもその事実はとある出来事によって、一変した。
ルシアン=アルレイシャ。これが俺が産まれた時に付けられた名前。名の意味は”希望”、”未来”、そして”愛される者”。俺はこの名前が昔から嫌いだった。
最初にこの名前と容姿で他人から差別されたのはいつだったか。物心ついた時には既に色々な貴族から陰口をたたかれていたために記憶は曖昧だ。
褐色の肌に白銀の髪。そして翠の瞳。
この国ではこの髪の色も瞳の色も異質。国内外でも珍しい色。そして歴代の王にも誰一人として存在しない色……。
それ故第一王子として国に居た時も裏ではずっと化け物と言われてきた。
王子が故に宛がわれた婚約者すら俺の容姿の陰口を言っていた時には怒りを通り越して呆れ果てたものだ。
愛なんて信じない。俺は誰かから一生愛されることもなければ、誰かを愛したい、愛されたいと思うこともないだろう。そう思っていた……彼女に会うまでは。
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俺の父上が病気で死んだ直後。
アルレイシャ皇国内の事情は一変した。きっと以前から王座を狙っていたのであろう父上の弟・アーミラが正当な王子の筈の俺に謀反を起こした。きっと以前から入念に計画していたのだろう――貴族院の大半をも味方につけて。
優秀な部下や一部の味方だった貴族の手助けによって、殺される直前に命からがらウィステリア王国に逃げることが出来たが、状況は最悪だ。
この時には俺には既に国を取り戻すような策も勇気も自信もなく、失意のどん底を彷徨っていた。
父上が健在の内に全ての貴族を味方につけられなかった俺には国を統べる資格も能力もないのではないか、むしろ民も俺などよりアーミラに国を統べられたいのではないか、俺のことなど誰も必要としていない……こんな容姿の俺なんて――。
余計な考えばかりが頭を埋め尽くしていく。昔馴染みを訪ねるためにこのガーランド領まで来た筈なのに、足が前に進まなかった。
しかしそんな時、音が聞こえたんだ。美しいヴァイオリンの音色が……。
純粋に気になった。こんなにも美しい音色を奏でられる奏者が。どんな容姿のどんな性格の人間なのだろう、と。そして先程まで一歩も進まなかった足が今では軽快に音の方向へと進んでいく。
人ごみをかき分け、視界が開けた先にいたのは……妖精の様な女性だった。一つの音、仕草、表情すら美しい。呼吸すら惜しむほどに演奏にに聞き惚れる。その音は傷だらけになった俺の心に寄り添うように馴染み、いつの間にか自然と涙が流れていた。
演奏が終わる。彼女の奏でる一音すらも聞き逃さないほどに集中していた自分を自覚し、少し笑う。それほどまでにいい演奏だった。その後も彼女の動向を伺っていると、どうやらこの演奏は迷子の子供の親を探すために注目を集めたくて始めたようだった。彼女は音色に違わず優しく、美しい心根の持ち主だった。
そして俺はいつの間にか彼女のいる方へ向かっていた。こんなに他人の事を心から知りたいと思ったのは初めてで、この行動には俺自身が一番驚いていた。
「下手くそ」
確かに彼女の音色は美しい。けれど技術が伴っていなかったのも事実……なのだが、もっと違う言葉はなかったのかと自分でも思う。完全に言い訳だが、いざ彼女を目の前にすると緊張してしまって上手く言葉が出てこなかったのだ。そしてその呟きは聞こえていたようで、先程のヴァイオリンを奏でていた表情とはまた違う……少し怒った様な顔で俺の方へ近寄ってきた。
案の定、彼女は俺を怪しんでいた。
少しでも長く会話をしたくて、彼女の事が知りたくて出来るだけ話を伸ばす。国を追われて不味い状況なのに、こんな時に何をやっているんだと頭の片隅では冷静に考える自分もいたが、思ってしまったのだ。
責任や立場、国に置いてきた部下……抱えてるものなんて全て捨て、彼女のこの才能を伸ばしながら普通の庶民として暮らすのも良いかもしれない――そんな無責任な夢を。




