彼の後悔2
アルファポリスに投げたまま、なろうの方を更新するのを忘れていました。もしも、待っていてくれた方がいたら本当に申し訳ございません。
「ヴィー、どこにいるんだい?」
そう軽く声をかけながら、温室庭園に足を踏み入れる。ここは彼女と僕が“王子として ”初めて出会った場所だ。いつ来てもあの時の彼女の事を思い出して思わず笑みがこぼれる。それくらいに僕にとって嬉しい出来事だったんだ……彼女と婚約できたという事実は。
けれど今はそんなこと考えている場合ではない。
いくら王宮内と言えど今の時間は夜だ。女性一人で出歩いて良い時間ではないのだ。
入り口付近にはいなかったことに焦って、もう少し奥の方に進んで探そうとした時のことだ。
“アシュレイ様”と急に後ろから声を掛けられた。なにかあったのかと一応後ろを振り向いた瞬間、思い切り腕を引かれる。振り向いた動作に思いがけない前方力が加わったことにより、倒れはしなかったが少しバランスを崩して前のめりになる。その瞬間、唇にほのかな甘い香りと柔らかい感触が触れた。
「出会ったばかりですが、お慕いしております」
「っ!?」
その瞬間、心の底から湧いたのは大きな嫌悪感だった。思い切り第一王女を突き飛ばしてしまう。
もう外交問題などと言うような余裕はなかった。
許せない。婚約者がいることを分かっているのにこんな行為にでてくる女性も、なによりも外交問題になるからと突き放さずにいて、油断した上こんな行為をされた自分を。僕は昔から失敗してばかりだ。……と、そこまで考えたところであることに気付く。
“ヴィオレッタはこの庭園にいるのでは?”、“まさか今の行為を見られたのでは?”と。
自分でもわかるほどに尋常じゃない量の冷や汗が背中に伝う。その時には第一王女の存在など完全に忘れて、駆け出していた。
「ヴィー!!」
そう叫んで庭園の奥まで走る。彼女は少し奥まった茂みの奥で糸が切れた人形のように座り込んでいた。すぐに彼女を抱きしめようとするが、ビクリと震えられてしまい、躊躇ってしまった。
それに、ヴィオレッタは泣いていた。どんな酷い噂が立っても気丈に振舞い、いつも笑顔でいた彼女の涙は初めて視たのだ。
「私なんかが婚約者でごめんなさい……でも、私はっ――――いえ、なんでもありません」
見られていた。ただでさえ悪い噂が立って、不安を抱えていたであろう彼女に見られてしまった。
そう、確信する。その後はすぐにヴィオレッタを抱きしめて、誤解なんだと、僕の心は全て君にあるのだと、何度も……何度も弁明したが彼女に届いたかどうかは分からない。僕はなんてことをしてしまったのだろう。最近はヴィオレッタの悪い噂が持ち上がっているせいで、ただでさえ心配だった彼女の精神に更に追い打ちをかける様なことをしてしまった。
後悔してもしきれない。
***
それから暫く後の事だ。あの後何度もヴィーに会いに行って弁明したが、彼女に僕の言葉は響かなく、悲しそうに軽く微笑むだけだった。
誤解は未だに解けていないだろう。
この時ばかりは執務で彼女と会えないのは苦痛以外の何物でもなかった。第一王女が来ているせいで執務の量は増えるばかり。確実に勘違いをされているのにそれを訂正する時間すら取れない。
そうして二週間程経った頃だろうか。その時は最悪の形で訪れた。
ヴィオレッタが王女を殺したという事実を聞いたとき、そこにあったのは目の前が見えなくなるほどの空白――――。
彼女が人を殺したという事実が信じられない。何も考えられなかった。
そうして放心しているうちに僕は貴族達や隣国、その他諸々の要因に煽られ、いつの間にか彼女は僕の手によって断頭台に上がっていた。
目の前でヴィーの首が飛ぶ。最後に瞳があった時、見えたのは僕に対する何か強い感情の籠もった瞳とそれを埋め尽くすように覆い被さる恐怖だった。何かを叫んでいたようだったが、放心していた僕にはなにも聞こえなく、ただただそれを見つめていた。
それはとても非現実的でまるで悪い夢の中にでもいるかのように信じられない光景で……僕はいつの間にか断頭台まで移動し、飛んだヴィーの首を拾い、抱えていた。
傍観していた下品な貴族や平民のざわめきが聞こえたが、もう気にならない。
彼女の顔は最後の瞬間、よほど怖かったのだろう……悲痛な表情が浮かんでいた。
「まだ、温かい……」
温かく、ズブズブと服に染み込んでくる血。深く吸い込むと、僕が好きな彼女の髪の匂いが鼻腔の奥にこびり付く。けれど、今は少し鉄の匂いが混ざっていて少し残念だ。僕が好きな綺麗な瞳の色も既に濁り始めてしまっている。
彼女はもう、ピクリとも動かない。
それを実感した瞬間、急に現実感が湧き上がった。彼女は死んだ。一番守りたかったはずの存在の彼女が……僕の手によって、断頭台に送られて……。
僕は何をしたかったんだ?何を守りたかったんだ……?
一番守りたかったはずの存在を自分の手で失くしてしまってから気づく。それと同時に、後悔などという軽い言葉で表せないほどの深い悔恨の渦に突き落とされた。
何故僕は王子なのだろう。こんな立場、彼女が隣に並んでくれないなら何の意味もないのに……僕はその立場で結局、彼女を殺してしまったのだ。
そうして僕はいつのまにか普段から腰に携えている剣を抜いていた。その後の事は正直よく覚えていない。
けれど、最後に僕の意識が戻った時には見渡す限りの赤が広がっていた。
醜い貴族共が肉塊になって転がっている。中にはまだピクピクとまだ動いているものもあれば、完全に人の形を失い、静物と化している物……様々だった。辺りには咽返るような血の臭いと人間が死んだ時に筋肉が緩んで出る激しい糞尿の臭い混じってとんでもない悪臭となり、漂っている。
その風景に自然と笑みが浮かんだ。そうして抱えたままだった彼女の頭と向き合う。少し唇が乾いていた。
「ごめんね。今から僕もそっちに行くから……待ってて」
そう囁き、彼女に口付けを落とすと、僕は自分の命を断った。
*************
「っ――――」
息苦しさに目が醒める。全身が嫌な汗でびっしょりと濡れて嫌な感じだ。僕は……彼女を、ヴィーを喪ってそれで――――。
「アーシュ?急に飛び起きてどうしたの?」
「え……ヴィー?」
眠そうに眼を擦るヴィーがもぞりと起き上がり、僕に心配そうな顔を向ける。
彼女は死んでしまったのでは……?一瞬そんな考えが頭をよぎるが、すぐに頭の中で否定が飛ぶ。
ヴィーはあの夢の様に死んでなどいない。僕は先日彼女との結婚式を済ませ、今は執務も全て休んでの蜜月中なのだ。即ち、今は僕の人生の中で一番幸せな時期なのだ。そんな時にあんなおかしな夢を見てしまうなんて……。
「怖い夢でも見た……?」
混乱して返事らしい返事をしていなかった僕の顔を間近で覗き込んでくる愛おしい彼女の顔。そこに思わず口づけを落とした。
「んん――――っふぅ、ん……」
啄むように唇を重ね合わせ、段々と舌を入れて行為を深めていく。ヴィーはあの夢とは違い、目の前に元気な姿でいて、今も僕の愛に必死になって応えようとしてくれる。そんな彼女に更に愛しさが募り、キスを深めながらそのまま押し倒した。
「っアーシュ……?」
「眠いだろうけど、ごめんね」
「……いいよ、来て」
その言葉で全てを察したらしいヴィーが僕を受け入れてくれる。あんな未来はあり得ない……もしこの先何が起ころうとも、僕はもう絶対に彼女を離しはしないのだから。
甘えるように抱き着いてくる彼女を僕も抱きしめる……今度は決して離さないように。
ここ暫く忙しく、若干書き方を忘れたので新連載で書き方を思い出した後に、また気が向いたらなにかしらの番外編を追加しようと思います。