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【13】終わりの勇者

ブックマークありがとうございます!(^^)


ゴンドラ=ヴェネツィアで観光によく使われている船、と思ってもらえれば分かりやすいかと思います。

釣りカゴの方ではないので、一応ご注意ください。




「あぁーーっ!! くそっ! 痛ぇ……」



アレクは血が滴る自分の腕を睨みつける。

肘から下が無くなったそれからは止めどなく血が流れ続けた。


もうそれが建物だったのか只の壁だったのかも分からない佇む塀に背を凭れさせる。

上がる息は一向に治らず、開けているのも辛い目を閉じた。



覚醒をした聖剣はアレクに容赦なかった。

限度を知らない様に消耗させられる魔力に体力。 補えない分はきっと命で精算された。


約三日間に及ぶ死闘により王都は半壊を通り越してほぼ壊滅。

生きている人間を数える方が早いくらいに多くの命は一瞬で奪われ、その殺戮者である魔王を己自身と引き換えに消滅させた。

魔王の気配が消えた途端に聖剣は淡く光りアレクの手から砂の様にすり抜け形を無くした。

リサが言っていた通り、魔王を消滅させる為だけに存在を許されていた聖剣の最後何てこんなものかと一人アレクは佇む。

その後は、急激に体の自由が奪われ動かす事が出来なくなった。

五感が薄れ眠る前の様な感覚に近い。

聖剣の後を追う様にアレクの体もまた最期の時を迎えていたのだ。


教会の行ったきた勇者制度の真実を世間に晒し、落ちぶれていく教会の様を見れないのは至極残念だが、後はエイブラムの選んだ者に任せるしかなかった。


魔王を倒した達成感も、喜びも、何も無い最期だと独り言つ。



「はぁ……、でもやっと…会いに行ける………」



誰に言った訳でもないが、何故か安心してアレクは薄れ行く意識に身を任せた。

これが自分の最期だと分かっている。

もう二度とこの時代に生きる事はないだろう。


走馬灯なんて無かった。

ただ、彼はリサを思い続けた。

この世で最期に思うのが、愛している人だなんて何て幸福なんだと笑みさえ浮かべれた。


きっと彼は、一番穏やかに逝けた勇者だと言えるだろう。



それはアレクにとって救いとも言える瞬間だった。





****





あの日、確かに自分は聖女だった。


そうリサは思った。


何故、自ら聖剣を心臓に突き立てる事が出来たのだろうか。

それは信仰心の成せた技だろうと一人納得する。


冥府の空は暗い。

いつも雲が立ち込め、光がさす事何て無いに等しい。 生前は陽を浴びるのが嫌いではなかったリサは冥府の様に暗い空間が嫌いだった。

それでもここに居続けた理由は、もうあのような誰かの犠牲で成り立つ嘘に塗れた世界に嫌気がさしたからだ。

救いは無く、偽物で彩られた世界を見た時、彼女は確かに救いたかったはずの世界を結局疎んでしまった。


そして、自分もまた誰かの犠牲の元助かろうとしている。

あんなにも否定した世界の在り方を自分自身で体現してしまったのだと、アレクが現世に戻ってからと言うものリサは後悔し続けた。

何故、助けて何て言ってしまったんだろうと。

彼は勇者だ。 きっと助けを求められたら断る選択肢など無いと言うのにと、思考は堂々巡りをしている。



「まだ迷っておるのか?」

「……ハデス様。 相変わらず神出鬼没な事で…」

「何じゃ、思ったよりかは口がまわりよる」



優しい笑みを浮かべ、ハデスはリサの頭を撫でた。



「現勇者、確か…アレクと言ったかのうお前さんを想ってくれるいい青年じゃ」

「あれは単なる憧れではないでしょうか。私は現世では未だ聖女で通っているらしいので。…それか考えたくはないですが、信仰とも近い物を感じます」



ハデスは目を伏せ、どこか困った風に静かにリサの言葉を聞いた。



「死は恐ろしいものです。 いくらアレクさんが死ぬのに慣れたからと言っても本能はそうはいきません。 死ぬ間際の痛み苦しみ、恐怖はそうそう人が克服できるものではないのです」



リサは強く手を握り締めた。

爪が食い込みアレクの短剣を握り切れた傷口が開き血が滲む。

その痛みで少しでも自分を罰せれたらと願うばかりだった。



「アレクさんは言っていました。私が彼の家族を救ったと、だから助けたい…と…」



語尾が震え、上手く言葉が出なかった。

彼女の強い意志に逆らいながら出て来る涙を袖で乱暴に拭う。 それでも間に合わないくらい涙はどんどん溢れてきた。



「っ…それは、かつて神によって救われたと思っていた私と、同じではないですかっ」



救われた、だから自分も何かしなくては。

少しでもその救ってくれたモノに報いたい。


まだ一介の修道女であった彼女が、常に胸の内に秘めていた事だった。


それは信仰心を生み、次第に彼女を壊していった。



「私は彼を救うつもりで、結局は同じ道を選ばせてしまったのです…!」



止め処なく涙はリサの頬をぬらした。


ハデスは思案顔になると少し上を仰ぐ。

一つ息をゆっくり吸うと同じくらい優しく吐きそれに声を乗せた。



「ーーそれは、愛情ではなかろうか」



悪戯っぽく口角を上げる。

いつもの慈愛に満ちた笑みとは違う。



「愛する者の為に何かしてやりたい、助けになりたい、そう思うのはそれ以外ないであろう? ましてや彼奴は命まで天秤に掛けてお前さんに傾かせておる」

「あ…愛情…?」



その言葉にすっかり涙が引っ込み戸惑うリサを置いてハデスはニヤケながら顎を摩った。



「そうさなぁ、ワシが思うに信仰心とは目視出来ないモノに対して生まれる感情じゃ。 だがお前さんは死んでいるとは言え今存在している、触れることが出来る。 勿論、意思疎通も」

「で、ですが私はアレクさんに好意を伝えられた事はありませんよ?」

「何じゃ、熱い抱擁をかましておったではないか」

「なっ! の、覗きですか…」



冥府で起こった事は全てハデスへと伝わるとは言え、そんな事まで見られていたのかとリサは顔が熱くなるのを感じた。

さっきからニヤケてたのはこれが原因かと内心舌打ちをする。



「彼奴の愛を信仰と捉えるのは些か可哀想じゃ」

「ですが私は本当にアレクさんにその…そう言う事は、言われていないのですよ? あの抱擁は、えっと…流れ?……そう、流れです!」

「ワシでも分かるくらいの明確な好意だと思うのじゃが、本人には伝わらず…か」



ハデスの視線が、ふとリサを通り越した。



「不憫じゃの。 そうは思わんか?」



釣られて振り向けば見覚えのある色が、リサの目に飛び込む。

暗闇でもなお映えるそのブロンドはいつもより少しくたびれている。

何度見ても薄暗い冥府には不釣り合いなその髪の持ち主はバツが悪そうに深い溜め息と共に頭をかき髪を乱し。

リサはまるで見てはいけない者を見てしまったかの様に体を固くさせる。


冥府に居る。

それだけでリサは彼が現世での生を終えたのだと理解してしまった。



「アレク…さん……」



リサの悲しげな表情にアレクは肩を竦め、眉尻を下げ薄く笑う。



「正直なところ、俺今さっき生涯で一番いい仕事してきたんだから少しくらい笑顔で出迎えてくれてもいいだろ? 何でいつもの不機嫌面より酷い顔してんの?」



リサの乾ききってない頬を撫で、涙を雑に拭う。



「冥府ではどれだけ時間が経ったかは分かんないけど、とりあえず久しぶり」



頬から頭に移された手は、柔らかくリサの髪を梳いた。 反対の腕は肘から下はちゃんと付いているが、血に濡れている。 現世での感覚に引きずられ今なお動かし辛かった。

リサの視線が腕に向くと、アレクはぎこちなく笑う。 流石のアレクも堂々と千切れましたとは言えず誤魔化す他なかった。



「……あんた、結構泣きやすいんだな」

「いいえ、違います」

「目とか赤いしバレてるから。 一々嘘つくなよ」

「…アレクさんこそ、随分と感じが変わりましたね」

「ははっ、まぁな。 あんたには本来の俺を見て欲しくなった。 それに、創り物の俺のまま最期を迎えるなんて味気ないしな」



アレクはハデスに視線を送る。

何かを感じ取った様に、ハデスは微笑みゆっくりと頷く。



「では勇者アレクよ、リサを頼んだぞ。 そしてリサ、お前さんは最後のカロン業務に勤しみなさい」

「えっ? ハデス様、何を…。 さ、最後って」

「何をって、お前さんの転生についてしかあるまい。 カロンであったお前さんの最後の仕事じゃよ。 今回の功労者に船ぐらい漕いでも罰は当たらんのではないか?」

「転生…、私が」

「お前さんの魂を、そろそろ解放してもいい頃だと思うてのう」



ハデスはリサの肩を軽く叩く。

先程までの揶揄い染みた笑みは消え、優しさが見て取れた。

ハデスは何処からともなく、カロン達が持っている紙を取り出し転生を始める二人の照合を始めた。



「リサ、お前さんは長く魂を冥府に停滞させ過ぎた。魂の記憶の定着が些か酷くてのう、河でもそれを流しきれんやもしれん。 来世でも今世の記憶を僅かに持っている結果になるじゃろうな。 して勇者アレクよ、お前さんは度重なる蘇生と死によって魂が酷くて歪んでしまった。 記憶を綺麗に洗い流すには他の者より長い船旅が必要じゃ。 搭乗するには、良い組み合わせとは思わんかね?」



ハデスは照合し終えた紙をひと撫でしまたどこかへ戻すと、合掌みたく手を合わせ軽く音を鳴らす。 二人の視界が一瞬滲み、それが取れた頃には先程までいた場所ではなく記憶を流す河の船着場に立っていた。

ハデスの姿はもう無く、周りを見渡し状況確認をするリサの手をアレクは優しくすくった。



「あの、私は今の状況についていけていないのですが…」

「それは俺もかな。冥府に居てあの君主に分からない事は無いって聞いて心の中くらい読みそうだよなって、物は試しでやったら本当に読まれた。で、こうなった」

「…何してるんですか、貴方は。 それで自分も困惑してしまうだなんて間抜けではないですか」



久しぶりの辛辣な言葉に僅かに落ち込むアレクを尻目に、リサは軽く握られていた手を早々にに放し船着場まで歩みを進める。

見慣れた筈の景色が、いざ本来の使い方でこの河を渡るとなとると足が竦んでしまいそうだった。

あんなにも忘れたい事ばかりだった記憶が、ずっと思い出さない様にと押しとどめていた思いが溢れてくるのを感じリサは苦しくなる胸を抑える。

そして少し視線を上げれば、そんなリサを心配そうに見つめるアレクと目が合うとその苦しさは緩和していった。


そしてリサはその瞬間、自分のせいでその生涯を終わらせてしまった罪悪感よりも、何百年と続いてしまった魔王との闘いを終わらせてくれたアレクにただ一言感謝を述べたいと思ってしまう。

それはリサがアレクを犠牲にして成り立つ世界を認めると言う事。

自分を救いたいと言ってくれたアレクに初めて心を投影させる事ができた。



ーー信仰ではなく、愛情。



その言葉が今少しだけリサを響かせた。


リサは離してしまったアレクの手を自ら握る。



「アレクさん、船まで連れてってください。 足が竦んでしまって上手く動かせないのです」

「あんたが望むなら何だってするよ」

「…それ、アレクさんが言うと本当に説得力ありますね」



エスコートする様にアレクは空いている船にまで先導する。

その船はゴンドラに似ていて、長いオールが付いていた。

リサはオールを手にして先に船に乗り込もうとするが足が震えてしまい結局そこで止まってしまう。 そんなリサをアレクは軽く抱きかかえると器用に搭乗した。 二人分の重みがいきなり加わった船は僅かにグラつくが、アレクがバランスを取り揺れが収まった頃にリサを優しく船頭に下ろした。



「……カロンとしての本来の業務を熟すあんたを見るのは初めてだな」

「そうですね、いつも転生のゲートに連れて行って終わりでしたから。 まさか私も最後の仕事が自分の魂まで運ぶ何て内容になるとは思ってもみなかったです」



リサはオールを強く握る。

白くなるその手を見てアレクは眉間に皺を寄せた。



「無理して漕がなくても、俺が代わりにーー」

「いいえ、これは私の役目で最後の仕事です。 取らないでください」



オールを取りに来たアレクの手を避け、座る様に目で促す。

渋々座るアレクから視線を外し、最初の一漕ぎをリサは始めた。



「アッ、アレクさんはそこで座りながら私にもっと分かりやすく伝わる好意の言葉を考えるべきではないかと…」



その顔は耳まで赤い。

ハデスに言われてからアレクの言葉を反芻したりしてやっと彼が自分に好意を示してくれているとは理解できたが、欲が出てきたのか気付かされたのではなく、自身でその言葉の意味に気付きたくなった。


何も言わないアレクを横目で見ると、今までに無い驚愕を現した表情を浮かべている。

リサの脳内でもしかしたらハデスの言っていた事は勘違いだったのではないかと言う思考が瞬時に過ぎりすぐに顔の赤らめている面積を更新させた。


恥ずかしさのあまり訂正の言葉を入れようとした瞬間、リサの小さく萎んだ声はかき消された。



「分かった。じゃあ俺はあんたの了承も得れたしこれで堂々と口説けるわけだ」

「あっ、えっとですね」

「あんたに伝わりやすく丁寧な言葉を選ばないといけないな。 もし俺がちゃんと口説けてたのなら来世で返事をくれよ、な?」

「来世…ですか?」

「俺はこの河で記憶を流されちまうからさ…」



アレクは目を伏せる。



「来世はあんたが俺を探して。 俺も、あんたに探してもらえるように口説いてみせるからさ」



その口元は笑っていた。

いつものぎこちない笑みでもなく、トレースされた表情でもない。

彼自身の、素直な笑みだった。


リサもつられて表情を緩める。



「では、私は精々ゆっくりと船を漕ぎますよ。 ……どうか私に来世で探させてくださいね?」




その船は、冥府では似つかわしくない明るい声を乗せて、ゆっくりと河を渡って行った。


二人の会話は途切れ途切れだが続けられ、話疲れて降りる沈黙も心地がいい。

リサは船を漕ぎながら、変わり行く景色を珍しそうに眺めるアレクを見つめる。



「ーーアレクさん」

「ん、疲れた? 交代ならするけど」

「違いますよ、これは私の仕事です。 最後までやり遂げてると言ったではないですか。 そうではなくてですね…」

「うん…」



リサは一度俯く。

そして、顔を上げた。

どんな表情で言えばいいか分からなかったが、結局彼女は自然に出た表情に任せる事にした。

それがアレクに対しての誠意だと、そう思ったのだ。



「アレクさん、ありがとうございます。 魔王を倒してくれて、世界を救ってくれて」



何百年ぶりの笑顔で、彼に言葉を返そうと。



「そして、私を救ってくれて。 貴方は紛れもなく勇者ですよ、それも歴代最高の」



リサは言い切ったと肩の力を抜くが、同時にアレクのくぐもった笑い声が響く。

周りが音が無い為それはすぐにリサの耳に届いた。


不貞腐れるリサを尻目に、アレクは目に溜まる涙を指先ではらう。



「あんたの笑顔も大概ぎこちないな」

「では、もう笑わないからいいです」

「怒るなよ、先に俺のをぎこちないって言ったのはあんたじゃねぇか」

「それはそうですけど……。 そうですね、ではこうしましょう」



オールを一度止め、アレクの視線にリサは合わせた。



「来世に、期待していてください」

「…………。 あぁ、それはいいな。 楽しみだ」



二人はぎこちない笑みを向け合い、また船は進む。



少しづつ記憶を洗い流しながら、来世へと、未来へと、二人はやっと進む事ができたのだった。

これで二人の話は終了いたします。


拙い文章プラス山場があまり無い話でしたが、最後まで読んでくださりありがとうございます!(^^)

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