ー神有の章17- ギギギ
「では、万福丸くん。それに吉祥くんも眼を閉じてください」
「えっ?信長さま。僕もなの?」
吉祥は不思議なことを聞いたという顔付きになり、信長に問うのであった。
「ええ。吉祥くんは万福丸くんに2柱分の戦闘力を望んでいるんですよね?それなら、2人で望んだほうがより、具幻化しやすくなるはずですしね?」
吉祥はなるほどと想う。信長さまの神力【望む】は、想いが強ければ強いほど、その効果が期待できると言うわけなのね?それなら、僕も望んだほうが良いわけなのか。
「わかりました。じゃあ、僕の想いの分もお願いします」
吉祥はそう言い、ぺこりと信長に頭を下げる。信長はニコニコしながら、うんうんと頷くのである。
吉祥と万福丸は互いに手を結び合い、静かに眼を閉じる。そして、心の中で強くなりたいと願う。
信長は神気を発し、神力へと変換し【理】を声にする。
【望む】
信長が口からその言葉を発した時、吉祥と万福丸は光り輝く円筒状の空間に包まれる。
そして、さらにその円筒状の空間は光を強く発し、そして、ある明るさまで輝度を上げると、次第にその耀きは衰えていき、最後には消えてしまった。その空間はきれいさっぱり無くなり、その円筒状の空間の中に居た2人も跡形もなく消えてしまっていた。
「ふう。良い仕事をしました。先生、もう安土魔城に帰って、ゆっくり寝ていいですか?」
「まったく、あの2人をどこに飛ばしたのじゃ。まさか、この下天以外のどこかへ飛ばしたわけではないじゃろうな?」
天照があきれた顔付きで、そう信長に問うのである。
「いえいえ?一応、多分ですが、この下天のどこかに飛んで行ったと想いますよ?とりあえずは、京の都周辺にあの2人が居てもらっては、先生としても困るので、なるべく遠くに行ってもらえるようには調整したつもりですがね?」
「まあ、それもそうじゃな。あの2人を手に入れようと願っている奴らは、京の都周辺にはうようよしているのじゃ。ここに居るよりかは若干マシと言ったところなのじゃろうな」
「そうですね。でも、本当、どこまで飛んで行ったんでしょうね?まさか、日本海のど真ん中だったりしたら笑えないですね?」
「まったくどこまでも喰えない奴なのじゃ、おぬしは。のちにあの2人に再会したときに恨まれごとを言われても知らぬのじゃぞ?」
天照からの非難を信長は、はははっと笑いながら受け流すのであった。
「先生の神力では、2人が【真実】に辿り着けることは叶わないでしょう。ですが、【真実】に辿り着くには己の全神力と命を使い尽くさねばなりません。その力をあの2人が手に入れることを先生は望みます。我ながら【欲望】の塊ですね?」
信長がそうひとり呟く。天照は、ふんっと鼻を鳴らす。
「まあ、2柱の心配をする前に、わらわも、おぬしも自分の仕事をせねばなるまいなのじゃ。しかも、呼んでもないお客がやってきたのじゃ。これは今日は残業確定なのじゃ」
「失敗しましたねえ。先生、これから安土魔城に帰って、自分の誕生日会を行う予定でしたのに。少しばかり神力を使いすぎましたかねえ?」
「ギギギ、ギギッ。だいろくてんまおうとあまてらす。ギギギッ、あのふたりをどこにやったギギギッ」
どこからともなく声がする。だが、その姿は見えない。だが、それでも声は続く。
「ギギギ、ギギッ。やつらはたいせつな【供物】。アレはわれらのモノ。ギギギッ」
不気味な金きり音が何もない空間から声と共に発せられていた。
「いい加減、諦めてくれたらどうなんです?あなたたちも大概にしつこいんですよ」
「ギギギ、ギギッ。あいかわらずくちうるさい、だいろくてんギギギッ。まあいい。いまはまだそのときではないギギギッ。だが、かのひがおとずれるとき、あのふたりはもらいうけるギギギッ!」
ひと際高い金きり音が鳴り響いた後、周囲はまた静けさを取り戻していくのであった。
「ふう。帰ってくれましたか。まったく、万福丸くんと吉祥くんを飛ばしておいて正解でしたよ。彼ら2人にはまだ接触させるのは危険でしたからね?」
「そうじゃな。しかし、戦闘になれば、わらわと第六天魔王の2柱がそろっているからと言って、どうなるかわからなかったのじゃ。引いてくれて助かったのは、わらたたちも同じなのじゃ」
天照がそう言う。信長は、腰に手をやり、ふうむと息をつく。
「まあ、彼らと言っていいのかはわかりませんが、闘いたいと言うのであれば、先生はその【望み】すら叶えてみせましょう。それがどんな結果を招くことになるかはわかりませんけどね?」
「ったく、おぬしは少しは自重すると言うことを知らぬのかじゃ。しかし、それでこそ、わらわが手に入れたいと想っている男なのじゃ。もちろん、わらわの【望み】も叶えてくれるんじゃろうな?」
「えええ?だから、先生、天照くんに抱かれたら、燃え尽きちゃいますって!あなた、【太陽】を司る大神なんですよ?あなたこそ、自重してくださいよ!」
信長の非難を受ける天照であったが、ケラケラと笑うのであった。そして、大空を見上げ、飛んで行った2人の行く末を想うのであった。
ひのもとの国の京の都から遥か西。九州では強大な3勢力がしのぎを削り合っていたわ。
ひとつは薩摩国を中心として勢力を伸ばそうと画策していた島津家。
ひとつは毛利家から中国地方を追い出された大内家を喰らい勢力を増した豊後を中心とした大友家。
そして、最期のひとつは神代の時代から海の向こうの大陸と交流し、独自の文化を築いていた肥前を中心とした龍造寺家であった。
彼らは世界が伊弉冉の手により世界が【改変】されたあの日、九州の覇者を決めるための戦いを行っていたみたいよ。だけど、その戦場において、ドクロを模した奇怪な大軍団に出会うことにより、恐慌状態に陥り、戦闘続行不可能になったみたいね。
そして、互いに一時休戦の和議の使者を出し合い、天照が受肉したあの神帝歴元日まで協力しあい、なんとか国難を乗り切ったみたいね。
ああ、ダメだわ。【理の歴史書】には、ここまでしか記載されていないわ?って、ねえ?聞いてる?
「ああ。ごめんごめん。吉祥、ちょっとよそ見してた。で?ここ、どこなの?目覚めたら、どっかの城の大広間に、俺たち、大の字で寝転がっていたわけだけど?」
「しかも問答無用で捕まって、牢屋に放り込まれたわね。ったく、信長さまは、大海原のど真ん中に放り出さなかっただけマシだったかも知れないけれど、もう少し、飛ばす場所を考えてほしいわね」
吉祥は頭痛がする想いであった。赤縁の眼鏡を額のほうにずらし、眉間を自分の右手の人差し指と親指で軽く押さえ、やってくるであろう痛みに対して身構えていたのである。
「なあ、俺たち、これからどうなるんだろうな?まあ、信長のおっさんが、神力を使って飛ばしてくれた場所だから、俺の神力を上げるために絶好の場所ってことなんだろうけど?」
あああ、頭痛がやってきたわ。待ち構えていて正解だったわ。まったくもって、これから、望んだとおりに厄介事がやってくるのであろうと、吉祥には予想が出来ていたからであったのだ。