ー神有の章15- 【紅茶】
信長は【理】を声にする。
【望む】
その瞬間、信長の左手に神蝕の証が誰の目にもわかるほど、くっきりと浮かび上がる。そして、その左手をそっと吉祥に差し出すのである。
「えっ、えっと。僕も左手を差し出せば良いのかな?」
そう言いながら、吉祥はおそるおそる、自分の左手を前に出す。そして、信長と左手で握手をすると、吉祥は急に眩暈に襲われることになる。
なっ、なんなの!この膨大な神気。いえ、神力はっ!とても神蝕率10パーセント未満のモノの力になんて想えないっ!
「さて、これくらいですかね?まあ、与えると言っても本当にそれをやっちゃうと、吉祥くんの【理】に影響を与えちゃいますからね。ですから、【貸す】と言う表現が正しいんでしょう」
信長がそう言うと、自分の左手をパッと吉祥の左手から離す。だが、吉祥は、まぶたを閉じて、はあはあと呼吸を荒げるのである。
「おいおい、おぬし、やりすぎたのではないのじゃな?他神との神力のやりとりは非常にデリケートなんじゃぞ?おぬしみたいな超神なんぞ、ごろごろ転がっていないのじゃ」
「うーん。まあ、大丈夫なんじゃないですか?ほんのちょっと、欲張りになる程度ですよ。若者の特権でしょう。欲張りなのは、ね?」
信長はそう言いながら、右の眼をしばたたせる。天照は、はあああと深いため息をつき、次には【秤】を観察する。【秤】は見事に【円満解決】状態になっており、なんでこんなに器用にこなすものかと、もう一度、はあああと深いため息をつく。
天照がため息をし終わったあとには、吉祥は眩暈から回復しており、信長に向かって一言
「なんかとんでもない体験をさせられたわ。信長さま、あなたとの【対話】を2度と味わいたくないわ。でも、ありがとうございます。おかげで、何かを掴めたような気がしますわ」
「いえいえ。とんでもない。先生も有意義な情報を手に入れましたし。では、吉祥くん。天照くん。【対話】はここで終了です。先生がこれ以上、要らぬことを言わないうちに、この桃色の気色の悪い空間をどうにかしてください」
あっ。意外だわ。信長さまもこの桃色の空間は嫌だったんだわ。と吉祥は想う。
「ふむっ。わかったのじゃ。【見届け神】が宣言する。この【対話】は【円満解決】にて終了なのじゃ」
その天照の宣言通り、光り輝く円筒状の桃色の空間がうっすらと薄くなっていき、やがて消えていくのであった。
「あの空間って一体、誰が設計したものなんですか?先生、すっごく疑問に想うのですが?」
「ふむっ。何柱かが昔、神力を合わせて設計したものなのじゃ。その中の誰かの趣味でも反映されたのかも知れんのじゃ。わらわは、承認はしたものの、実際に使用してみるまで、あんなことになっているとは想ってもいなかったのじゃ」
承認する前に確認しとけよと3柱はツッコミを入れたくなったが、黙っておくことにする。
そんなことよりもと、万福丸は吉祥に近づき、その左手を自分の両手でさすりながら
「おい。大丈夫か?吉祥。信長のおっさんの神力なんか受け取っちまって。嫌なら、俺が喰ってやるからな?」
「うーん。さっきは眩暈がしたけど、今はもう大丈夫よ。ごめんね?心配かけて」
「良いってことよ!でも、気分が悪いとかあったら、すぐに言ってくれよ?俺がなんとかするからな?」
万福丸の真剣なまなざしを受けて、吉祥はなんだかくすぐったい気持ちになるのである。
「若いって良いですねえ?先生にも、あなたたちのような若さが欲しいですよ」
信長がそう、吉祥たちに声をかけてくる。
「あなたは【欲望】を司る大神なんでしょ?自分の肉体年齢くらい、自分でなんとかできるでしょうが」
そう吉祥が言う。
「肉体年齢は変えれますが、それだとオリジナルの年齢と齟齬をきたすのですよ。そうなると、結構、面倒なことになるのですよねえ」
信長はそう言いながら、うんうんと頷く。
強大な神力を持つ大神と言えども、年月が経てば、肉体は老いてく。人間のそれと比べれば、比較にならないほどの長寿と言えども、やはり大神にも寿命があるのだ。それが世界の【理】なのである。
「世界に命を持つモノはなんであれ、産まれ、育ち、老い、やがて死に至るのです。まあ、病気や事故で死んじゃうひともいますけどね?でも、覚えておいてください。吉祥くん、万福丸まるくん。命がある限り、それを使い尽くすのです。それこそ、先生の【望み】です」
「なーんか、おっさんらしい台詞だよなあ。まあ、実際?俺と吉祥は前途ある若者だしな。おっさんみたいにしめっぽいことなんて言ってる時間があったら、俺、その時間を使って、自分を鍛え上げてやるぜ!」
「こーら、万福丸丸。いくら、おっさんくさいのが本当だからって、そんなこと言っちゃだめよ?年長者を敬うことも忘れてはいけませんわ?」
うーん?タメになることを言っているつもりなのですがねえ?と想う信長であるが、つい、はははっと笑ってしまうのであった。
「ところで、信長さま。先ほど、いただいた神力の使い方を教えてほしいのですわ?僕、他神から神力を授かるなんて初めてのことだから」
「ふむ。そうですねえ?先生もそんなこと体験したことないんで、なんとも言えませんが、多分、自分の神気を神力へと変換する時と大差はないと思いますよ?試しに【紅茶】と唱えてみたら、どうです?」
やったこともないことをひとに試すな!とツッコミを入れたくなる吉祥だが、それは心の中にしまい、信長の言われた通りにする。
吉祥は眼を閉じ、心を落ち着ける。そして、肉体の中から神気を発し、神力へと変換する。そして、一言
【紅茶】
その一言を口から出した瞬間、吉祥は左手の中に西洋製の湯飲みと、その中でタユタユと揺れる紅い液体がホカホカと湯気を立てて具現化したのである。
「うわっ!気持ち悪い!なんで、一発で出来ているんですか?このひと!ちょっと、天手力男神くんに文句を言わないとダメですね。やっぱり、あなたの指導は間違っていたと!」
信長がそう叫んでいるのを、何言ってんだコイツと言う顔で見る3柱である。
そんな発狂している信長を放って置いて、吉祥は西洋製の湯飲みに口をつけて、その中身の紅い液体をズズズッとひと口、飲むのであった。
口に広がる液体の味に、想わず、吉祥は驚くことになる。
「うわあああ。本当に、紅茶だあ。しかも、これ、僕が昔、お父さんに堺に連れて行ってもらったときに飲んだ、あの時の紅茶と同じ味だよお。これ、とんでもない神力だよ。ねえ?他のことも出来ないの?この神力を使って!」
吉祥が、紅茶の味に満足したのか、ぱあああと明るい表情で信長に問うのであった。
「えっ?できないと想いますよ?だって、吉祥くん、【紅茶】が飲みたいって言っていたじゃないですか?だから、先生、【紅茶】を具現化できる分しか、神力を分け与えていませんよ?」
信長がそう告げたあと、周りの空間にしらけた空気が充満するのであった。