第10章4話 記念日
ダイス城での会談は、魔王とヤカモトが望んだ通りの親睦会であった。盟約に関する変更や確認などは一切ない。魔王たちと北部派閥の王たちが、狭い部屋で円卓を囲み話をし、仲を深めただけである。その会談も、1時間程度で終わりの時間がやってきた。
「北部派閥との親睦を深める、良い時間であった」
「私も同じ気持ちだよ。できるなら、もっと長く話をしていたいぐらいだね」
魔王とヤカモトはそう言って、会談の場であった部屋を出た。彼らに続き、円卓を囲んでいた者たちも部屋を出る。ラミーやシンシア、キリアンの表情は柔らかいが、ホワイトとエクスリーは苦々しい表情をして、ユースーやルッチャイは青ざめていた。
一行はパーティー本会場である大広間に戻った。しばらく主催者不在であったパーティー本会場は、熱気に包まれ大いに盛り上がっている。
「うお! すげえ! ドワーフとゴーレムに勝ちやがったぞ!」
「まだ飲めるのか!? どうなってんだ!?」
「行け行け! 潰れるには早いぞ!」
人だかりに占拠された大広間の一角。そこで、商人ギルドやマフィア、普段は紳士的な実力者など、多くの男たちが気勢を上げている。
「なんだかなんだか、騒がしいですね」
人だかりに興味を持ったラミーは、小さな体で、熱狂する男の集団をかき分けた。魔王も彼女の後を追い、圧倒的なオーラで人々を退けさせる。男の集団の中心には、数え切れぬほどの酒樽に囲まれた、顔を真っ赤にした4人の男の姿があった。
4人の男はダート、ベン、マット、義手の左腕を持つ老人だ。彼らは大酒大会を繰り広げているらしい。ダートとベンはすでに眠りこけ、マットと老人は酒を片手に、お互い唾を飛ばし合っている。
「じいさんよ、これ以上飲んだら死んじまうんじゃねえか?」
「俺様を誰だと思ってる! 弱音吐いてないで、さっさと飲め! 相手にならん!」
「ヘッヘ、元気なじいさんだぜ、ったくよ。おい! 次の酒持ってこい!」
2人は一歩も引くことなく、酒を体に流し込むと、彼らを囲んだ男たちはさらに盛り上がった。魔王は、老人を見て呟く。
「あの老人、ストレング・ビフレストであるな」
棘の付いた肩パット、義手の左腕、年寄りとは思えぬうるさい声。これほど特徴的な男を、魔王が知らぬはずがない。
「我が父を殺した65代勇者の仲間も、あのザマか」
41年前、魔界に乗り込み、ただ1人生き残った剛毅な男。今では、ケーレスで酒に酔い、顔を真っ赤にしながら喚く老人。時間の経過とは恐ろしいものだと魔王は思う。
男の集団を抜け出した魔王とラミー。しかし大広間の人だかりは、大酒大会に騒ぐ男たちだけではなかった。
「ねえねえ、あの人たち誰?」
「分かんない。でも、すごい綺麗な人たちだね」
「かっこいいなぁ。私もあの人たちみたいなスタイルならなぁ」
もうひとつの人だかりは、打って変わって女性ばかり。男もいないわけではないのだが、彼らは惚けた表情をして言葉を失っている。ラミーはやはり人だかりに興味を持ち、魔王を連れて人だかりをかき分けた。
人だかりの中心には、ヤクモとルファールの2人が立っている。ただし、いつもの2人ではない。ヤクモは赤色のドレス、髪を結んだルファールは緑色のドレスに身を包んでいるのだ。
いつもは味気ない格好の2人。だが、長身でスタイルの良い体をドレスと化粧で飾れば、凛とした美しい女性に早替わりである。そんなヤクモとルファールに、女性たちは憧れ、男性たちは魅了されていた。
「おお! やっぱりシンシアの目は確かだったニャ! ドレス姿のヤクモさんとルファールさんの組み合わせは、最強ニャ!」
「スラスラ~ヤクモさんとルファールさん~眩しい~イムイム~」
ヤクモとルファールを前に現れたシンシアは、目を輝かせ尻尾を大きく振っている。一方で、ヤクモは恥ずかしげに俯き、ヒールの高い靴に苦戦していた。
「あ……歩きにくいんだけど……」
頬を赤くし、時折よろけるヤクモ。そんな彼女を見て、魔王は可笑しそうに笑った。
「フン、着飾ればヤクモも見られるようにはなるのだな」
「ヤクモさんとルファールさんのスタイル、羨ましいです羨ましいです……」
魔王とは対照的に、ヤクモとルファールのスタイルと、自分のスタイル――特に胸――を比べ、ため息をついたラミー。
「うん?」
多くの女性たちと男性たちから注目されていたヤクモは、ある男の怪しい動きに気がつく。ヤクモはよろけながら、男に近づき、男の肩をがっしりと掴んだ。
「ちょっとパンプキン、ポケットの中見せて」
「ヤクモさん!? い、今ちょっと、ポケットの中汚れてるんッスよ。だから――」
「見せて」
「うわっと!」
白々しいパンプキンの言葉に、ヤクモは重力魔法を使いパンプキンを振り回す。すると、パンプキンのポケットから大量の財布が散らばった。
ポケットの中身を確認したヤクモは、パンプキンを地面に落とす。同時に、ルファールが料理用のナイフを手に取ると、ヤクモはパンプキンを睨みつけ、ドスの利いた声で言った。
「あんたさ、スリは止めるって言ったよね」
「い……いやぁ、癖が抜けないんッスよ……」
「またスリをしたら、殺してくれても良いとか言ってたよね」
「言っちゃったッス! やっぱり撤回するッス!」
ヤクモの言葉にパンプキンは肝を冷やし、体を震わせる。美しい女性の荒々しい行動に、ヤクモたちを囲んでいた人だかりもドン引きだ。魔王は可笑しそうに笑ったまま。
「どれだけ着飾ろうと、中身は変わらぬか」
煌びやかなドレスを着たところで、ヤクモとルファールの本性は変わらないのである。
何はともあれ、独立記念日を祝うケーレスは賑やかだ。街が活気に溢れる中、シンシアは大広間に用意された演壇に立った。合わせて、夜空を彩る花火は鳴りを潜める。
「みんニャ! シンシアに注目ニャ! これからシンシアがお話をするニャよ!」
演壇に置かれた水晶を起動し、そう呼びかけたシンシア。彼女の言葉は大広間だけでなく、水晶を通してダイスの街にも届けられているのだ。魔王たち大広間にいる者たちはもちろん、街の人々もこの時だけは、皆が静かにシンシアに注目する。
「ニャ~緊張するニャ~」
言葉とは裏腹に、シンシアはほんわかとした笑みを浮かべていた。そして彼女は、大きく息を吸い、口を開く。
「ケーレスが共和国の直接統治から独立して122年目の記念日、おめでとニャ! 今日のパーティーには、ヒノン国王ヤカモト陛下、カレオ国王ユースー陛下、ボマディカ国王ルッチャイ陛下、共和国軍騎士団ホワイト団長、エクスリー副団長が来てくれたニャ!」
ゲスト紹介に微笑むヤカモトたち。シンシアは身振り手振り大きく、話を続ける。
「ここ数十年のパーティーで一番豪華ニャメンバーニャ~。だから今日は、ゲストのみんニャがケーレスを好きにニャってくれるよう、シンシアがケーレスの良いところを褒めて褒めて褒めまくりたいニャ!」
そう言って、人々の顔を眺め、一拍置いてから話しはじめるシンシア。
「独立から122年。殺風景ニャ砦しかニャかったダイスの街は、大きくて賑やかニャ街に発展したニャ。これは全部、ケーレスに住むみんニャのおかげニャ! ケーレスの住人がみんニャで、この街を作り上げたニャ!」
シンシアの話を聞いて、ケーレスの住人たちは感慨深げだ。
「ダイスの街の面白いところは、どこに行っても、新しい景色が楽しめるところニャ。同じ形の建物はひとつも存在しニャいんだニャ。ダイスの街は、ケーレスは、たくさんの顔を持っているから、飽きることのニャい街なんだニャ」
その通りだと、魔王も思う。ケーレスほど支離滅裂な街も珍しい。
「街が個性豊かにニャった理由は、簡単ニャ。ケーレスには、たくさんの人と魔族が住んでるニャ。誰1人として同じ人はいニャい、個性豊かニャ住人たちで、ケーレスはいっぱいニャ」
ここまで言って、シンシアは再び息を吸い込み、胸を張って言った。
「そんニャケーレスの住人が作った街ニャ。個性豊かにニャって当然ニャ!」
誇りを胸に、ヤカモトらゲストや魔王たちに向けて、シンシアは宣言する。
「いろんな個性が共存して、みんニャが自由を満喫する。だからケーレスは、122年間も繁栄が続けられたと、シンシアは思うニャ。自由が作りだした自由ニャ場所。それがケーレスという場所ニャ!」
誇りを胸に、シンシアはケーレスの住人に呼びかける。
「シンシアはケーレスが大好きニャ! シンシアはケーレスを、もっと良い場所にしたいニャ。だから、住人のみんニャにも協力してほしいニャ! これからも、自由に自由ニャ街を作っていこうニャ! そして、各国の王様に、もっとケーレスを誇ろうニャ!」
シンシアの宣言と同時に、ケーレスの住人たちは一斉に沸き立ち、街中から歓声が響き渡る。ダイス城からでも、人々の熱狂ぶりは容易に想像できた。魔王はシンシアを見て思う。シンシアは人々の心を掴むことができる、優秀な指導者なのだと。




