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魔王は魔王の座を目指す  作者: ぷっつぷ
外伝:ヤクモ、老人たちと話をする
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外伝第8話 とある教会にて I

 食事を終え、時間を確認したシンシアが会話を中断し席を立つと、ヤクモとツクハも席を立った。会計は全てシンシアに押し付け、高級レストランの外に出るヤクモ。

 曇天の空の下、ヤクモは片手を腰に当てて、灰色の雲と街を眺める。しばらくして、会計を終えたシンシアと、彼女の側にいたツクハがレストランから出てきて、シンシアはほんわかとした笑みを浮かべながら言った。


「美味しかったニャ~。じゃ、シンシアは帰るニャ! スーちゃんとファミリーのみんニャが待ってるニャ。ツクハさんはどうするニャ?」

「私も帰ります。楽しい引きこもり生活が待っているので」

「みんな帰っちゃうんだ。私はもう少し、街ブラブラするつもり」


 シンシアはドーニャの仕事があるため城に戻らなければならない。ツクハは今すぐにでも家に帰ろうと歩きはじめている。予定もなく城にも戻りたくないヤクモは、街を散策だ。


「ニャ! またね、ニャ!」

「気が向いたら、また会いましょう。8年後くらいでしょうけど」


 尻尾を垂直に立てたシンシアは、邪気のない笑顔で手を振り城に戻っていった。引きこもり生活を満喫する気満々のツクハは、そそくさと家に帰る。街に残されたヤクモは、高級レストランの前で突っ立ったまま。


「何しようかな……」


 そう呟いて街を眺めるヤクモは、街を行き交う人々の注目を集めた。転移した際に着用していたパーカーに、こちらの世界で用意された男物のブカブカ長ズボンという服装。これに立派な剣を携えた、背が高くスタイルの良い、癖っ毛気味の髪が特徴的なヤクモは、街の中ではよく目立つのである。

 そんなヤクモに注目された男が1人。街を歩く、革ジャンにトゲ付き肩パットという世紀末スタイルの、杖をつく、ヤクモ以上に人々の視線が突き刺さった老人だ。老人の顔を見たヤクモは、思わず叫んでしまう。


「あ!」

「おお! お嬢ちゃんじゃないか!」


 老人の正体はストレングだ。ヤクモから金を盗み(・・)、ケーレスの警備を手伝うと言いながら美人局に引っかかったあのストレングだ。目を離せばすぐに姿を消す、幼児のようなうるさいジジイ、ストレングだ。

 ストレングもヤクモの存在に気づいたらしく、杖をつき、右足を引きずりながらヤクモの側に寄ってくる。ヤクモは無愛想な表情をしたまま言い放った。


「ストレングのじいさん、早く金返してよ」

「ちょうど良いや。お嬢ちゃんにはちょっと手伝ってもらう」

「いや、それより早く金――」

「近くの教会の片付けしてんだが、爺さん婆さんしかいなくてな、作業が進まないんだよ」

「私の話聞いてる?」

「お嬢ちゃんみたいな力持ちの若いもんの力が必要だ。ついてこい!」

「…………」


 会話は一切成立せず、貸した金が返ってくる気配はない。ストレングのあまりの強引さに、ヤクモは黙って踵を返そうとも思った。だが、だからと言って他にやることもないヤクモは、仕方なくストレングの後についていくことにした。


 杖をつきながらも、常人と変わらぬ速度で大通りを進むストレング。彼の背中を追い続けるヤクモの目の前には、薄茶の土壁に簡素な塔が立つ、汚れのひどい、それほど大きくはない教会が現れた。ストレングは教会の扉をくぐり、ヤクモも教会の中に入る。

 ヤクモは驚いた。教会の中は散らかっており、ベンチは不揃いで、空いた場所には大量の木箱が置かれていたのである。まるで物置だ。


「おやおや、ストレングさんがまた若い娘を連れてるよ」

「また女の子をひっかけてきおったのか。あんたも良い歳じゃろ」


 物置と化す教会の中、ケシエバ教の神の使い、猫のミードンを模った像の前。そこに集まる老人たちは、ストレングとヤクモの顔を見るなり呆れた表情を浮かべていた。対してストレングは、年寄りとは思えぬ大声で反論する。


「勘違いすんな。このお嬢ちゃんは人間最強の力持ちだぞ。年寄りしかいない教会の片付けを手伝ってくれるそうだ」


 若い娘が手伝ってくれる、と聞いて、老人たちは一転して和やかな笑みを浮かべた。ヤクモは、困り顔をしながら、小声でストレングに言う。


「手伝うなんて一言も言ってないけど」

「勇者だろ? 手伝えよ」

「この前、私が勇者なの信じてなかったよね」

「いいから手伝え。年寄りを労われ」


 滅茶苦茶だ。ストレングの強引さに、ヤクモはため息をつくしかなかった。

 しかし、笑みを浮かべた老人たちに『やっぱり手伝えません』と言う訳にもいかない。実際、老人たちはこぞってヤクモに話しかけてくる。


「若いもんが手伝ってくれるのは助かるね」

「お嬢さん、お名前は?」

「タナクラ・ヤクモです」

「ではヤクモちゃん、このベンチをあっちに持って行ってくれないかい?」


 まるで孫を可愛がるような老人たち。こうなってしまえば、ヤクモは老人たちを手伝う他ない。


「分かった」


 ヤクモはそう言って、老人の1人である老婆に言われた通り、6人掛けのベンチを片手でひとつずつ持ち上げた。まさかの怪力を前にして、老人たちは腰を抜かす。


「なんと! こりゃ驚いた!」

「お嬢さん、魔族かなんかなのかい?」


 老人たちでは遅々として進まなかったベンチの移動。若い男でも、1人では時間のかかる作業。それをヤクモは、本を運ぶ程度の労力でこなしていく。老人たちが驚くのも当然だ。


「言ったろ! あのお嬢ちゃんは人間界一の力持ちなんだ!」


 ストレングが大声でそんなことを言う頃には、ヤクモはすべてのベンチを綺麗に並べてしまっていた。老婆は震えた声で、さらにヤクモにお願いする。


「こ……これの片付けも頼めるかい?」

「任せて」


 教会内に乱雑に置かれた大量の木箱。ヤクモは積み木でもするかのように、それらを教会の外に運んだ。

 ヤクモが教会にやってきてから約30分。教会内部は見違えるように片付いた。


「あら、もう終わっちまったよ……」

「わしが若い頃を思い出すわい」

「何言ってんだい? 若い頃のお前さんはヒョロヒョロじゃったろ」


 各々好き勝手な感想を述べる老人たち。彼らは素直に、ヤクモを褒めているのだ。ヤクモはベンチに座り、空が少し晴れたのだろう、ステンドグラスから射し込む太陽の光に当てられていた。


「ヤクモちゃんはすごいねぇ。ほれ、ミートパイ食べるかい?」

「あ、ありがとうございます」


 一息つくヤクモの隣に座った老婆の差し入れ。ヤクモはミートパイを手に取り、大口を開けてミートパイを頬張る。


「随分と美味しそうに食べるんだね。嬉しいよ」

「みなさん、お友達ですか?」

「ああ、そうだよ。ババアやジジイは若い者に煙たがられてるからね。こうして年寄りで集まってるのさ」

「ふ~ん、なんだか、楽しそうですね」

「まあね。口を開けば、あそこが痛いのいつ死ぬだのって話ばかりだけど、楽しいよ。でも今日はいつもより楽しいさね。ヤクモちゃんが来てくれたんだから」


 老婆はヤクモと会話ができて、随分と嬉しそうだ。ヤクモもまた、老婆の優しさに安心し、2人は和やかな時間を過ごす。だが、教会の外を眺めていたストレングの大声によって、会話は中断せざるを得なくなってしまう。


「うん? おい! お客さんだ! 爺さん婆さんは帰った帰った!」


 教会に響き渡るストレングの声。老人たちは彼の言葉を聞くなり、教会の外に出て行く。


「あらあら残念。ヤクモちゃん、あとでもう少しお話ししてくれるかい?」

「もちろん」

「ありがとう。それじゃ、あとでね」


 ヤクモと約束した老婆は、残念そうな表情をしながらも笑みは絶やさず、ヤクモに手を振って教会を後にした。教会に残されたヤクモは、同じく教会に残ったストレングに聞く。


「お客さんって?」

「いいから黙ってろ」


 柄にもなく真面目な顔をしたストレング。訳の分からぬ状況に、ヤクモは言われた通り黙るしかない。

 

 しばらくすると、白銀の鎧に身を包み、ケシエバ教のシンボルである星の模様が特徴的な白いマントをはためかせた、整えられた金髪に切れ長の目を持つ、眉目秀麗の1人の男が教会にやってくる。

 男の端正な顔立ちには、ヤクモですら顔を赤くしてしまうほど。ただ、男がストレングとヤクモの顔を見た途端、大きなため息をつき、何やら頭を抱えて薬を服用した時点で、ヤクモの機嫌は斜めってしまった。男は神経質そうな口調でストレングに話しかける。


「指示通り、教会の片付けは終わったようですね。しかしストレング様、なぜあなたがここに、96代勇者と共にいらっしゃるのです。団長が探しておられましたよ」

「出かけると言っただろ」

「目的地ぐらいは教えてくださらないと、困ります。96代勇者と共にいるでしたら、なおさら――」

「エクスリーはうるさいなぁ」


 神経質な男の神経質な口調に、ストレングはざっくばらんに答えていた。男はどうやら、ヤクモが勇者であることを知っているようだ。ストレングと男は友人なのか。男は何者なのか。ヤクモはストレングに質問した。


「誰? 知り合い?」

「ああ。あいつはエクスリーだ。共和国騎士団副団長」

「共和国騎士団副団長……副団長!? え!? な、なんでストレングのじいさん、そんなお偉いさんと普通に話してんの?」


 理解ができない。ダイスの街をうろつく、借りた金も返さない、いつも酒に酔った、ゴロツキのような老人が、共和国軍騎士団副団長エクスリーと知り合いなど、理解のしようがない。

 混乱するヤクモ。そんな彼女を見て、エクスリーが再びため息をついて、ストレングの正体を口にする。


「そのご老人は、戦士ストレング・ビフレスト。65代勇者と共に戦った仲間の、最後の生き残りですよ」


 あまりの衝撃に、ヤクモの脳みそは機能停止寸前であった。

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