第八話:勘違いの強襲
第八話
街を歩いていたら知り合いに会うこともあるだろう。
「おや、少年」
「あ、ニートさん」
「誰がニートさんだっ」
「じょ、冗談ですっ……げほげほっ……すっごく小声で言ったのによく聞こえましたね」
俺の首を凄い勢いで閉めてきた天田亜子の姉、天田志枝に言うと笑っていた。
「そりゃあ、ね」
にやっと笑った表情を見て俺は志枝さんに初めて会った日の事を思い出すのだった。
――――――
亜子に案内されて家までやってきた。家の中に入るとホットパンツのチャックを全開にし、だらしないノースリーブを着た女性がいた。
「あ、お帰り」
「お、お姉ちゃんっ。ちょっとちゃんとした服装しててってメールしたじゃんっ」
「ははーん、この少年が亜子のこれか」
中指を立てられた。一体俺が何をしたと言うのか。
「そうだけどさ」
「否定しろよ」
「ふーん……んー」
舐めまわされるように見て顔を今度は近づかれる。鼻をひくつかせてから何故か後ろまで確認された。
「はい、じゃあ少年に質問です」
「は?」
「天田亜子の姉、天田志枝は貴方の目にどのように映っていますか?」
「どのようにって……」
「魅力的かってことよ」
「いえ、特には……」
俺がそう答えると満足した笑みを何故か浮かべていた。
「亜子、この少年駄目だわ。目が悪いみたいだから潰そう」
天井に向けられたVサインが気付けば俺の両目を狙っている。
「何で恐ろしい事を言ってるんですかっ」
「そうだよお姉ちゃんっ。眼つぶし喰らってまだ眼科通っている人いるんだから発言に気をつけてよねっ」
何だか今、恐ろしい事を言われた気がする。
「大学生のお姉さんなんだ? 二歳ぐらい?」
出来るだけ志枝さんを眼中に入れないようにして亜子に尋ねると近寄られていた。
「……前言撤回、君はとてもいい子だ」
「お姉ちゃんは二十五だよ」
「……そ、そうなんだ。あの、すみません」
「いやー、いいって事よ」
「じゃあ、仕事は何をされているんですか」
俺の質問にばつの悪そうな表情になる。亜子は黙った。
「マイホームガーディアン所属の天田志枝です」
「マイホームガーディアン……?」
聞いた事がない会社だろうか。警備会社っぽい響きである。
「警備のお仕事ですか」
「そうそう、自宅の警備をしてるのよん」
「へぇ、自宅の警備……」
「冷蔵庫の扉をあけたりしめたり、ネットの海を巡回したり、掃除洗濯料理に昼寝ととーっても忙しい毎日。亜子と結婚してくれたら魅力的なお姉ちゃんもついてきちゃうゾ」
しなをつくられた。見た目は悪くないだけに様にはなっていた……が。
「……あの、今日は俺、帰るよ」
「え? 何で?」
「用事を思い出したんだ。じゃあなっ」
「あ、ちょっとっ」
―――――――
「少年さぁ、君、ニートさんって言われたことあるの?」
「いや、無いです」
何故か俺はファミレスで正座させられていた。他の客が面白がってこちらを見ている。どうやら浮気した彼氏に彼女が説教をしている途中だと思っているらしい。
「すっごく、傷つくんだよ? 傷ものだよ? あんた、嫁入り前のこの身体と心を傷つけたんだよ」
「……マジすんません」
うっわ、あの男マジさいてーという声が聞こえてきた。事情を知ったら目の前の女性をサイテーと言ってくれる事だろう。
「ご注文のデュアルパフェお持ちしました」
「あ、わたしわたし」
運ばれてきたパフェをがっつきながら志枝さんは続ける。
「今回はまぁ、最初だったからこのパフェで許すけどさ」
「あ、赦してもらえるんですか、そうですか」
「ふんふん、赦すよー志枝さんは心が広いからね」
気付けば信じられない程盛られていたパフェが無くなっていた。周りの客は俺が見損ねた食い方を見たようで口を開けて固まっていた。
「じゃ、出ようか」
「あー……はい」
本当に俺が支払って外に出る。パフェを食べられたからか、志枝さんの機嫌は素晴らしいようである。
「ちゅーぐらいはしてあげようか」
「そんな恐れ多いっす」
何を要求されるかわかったもんじゃない。
「そんな遠慮しなくても……っ」
それは一瞬のうちに起こった出来事で俺を小脇に抱えたまま志枝さんは近くの屋根に飛びあがった。
「……え?」
「ったく、一般人を巻き込むなんてどういう了見だ」
「なりふり構っていられんのでな。使えるものは全部使うつもりだ」
馬鹿みたいに口を開けた俺の先に居るのは……何だろう、犬のきぐるみを来た人間だった。
「はぁ?」
「群れに戻るにはお前を倒さないといけないからな」
「正々堂々とじゃなきゃだめなんだろ」
「それはあくまでお前とやり合うときだけさ。人間相手なら別にかまわんだろう」
「人間には手出しするなって言われなかったか」
「最近耳が遠くなってな。記憶違いも多い。そいつは女子供じゃあないし、男だ」
「ちっ、爺が……」
犬人間は口を歪めて笑っていた。金色の目は俺をしっかりと見ている。
「お前が志枝の彼氏か」
「へ?」
「ふむ、なかなか人のよさそうな人間だな。なるほど、志枝の相手は務まりそうだが……可哀想に、志枝の彼氏になったばっかりにわしに狙われることになった」
「なっ……この子は違うっ」
俺より先に志枝さんが相手に宣言した。別にへこむ必要性もないので俺もしきりに頷いてみる。
「そんな嘘はわしには通じんよ」
「だーっ、糞爺めっ。この場で荼毘に付してやるっ」
どこから取り出したのか日本刀をとりだして相手に切りかかる。しかし、それをかわして笑っている。
「今日はお前の彼氏を眺めに来ただけだよ。しかし、その驚きよう……志枝、お前自分が日本吸血鬼協会の対外特別隊員だって教えていなかったのか」
「……この少年が知る必要もないだろ」
「だからお前は一人なんだよ」
「ぬかせっ」
どうやら逃げる方が有利のようで目に負えないようなスピードで居なくなってしまった。一体全体、何が起こっているのかさっぱりわからない中、志枝さんに説明を求めようとする。
「あ、あの、志枝さん?」
「あーっ、くそっ、知らない、もう知らないっ」
そういって彼女も居なくなったのだった。
「……説明責任を要求するっ!」
俺の独り言は夜の始まりが早い冬の空に消えていった。




