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第三十話:無理難題

第三十話

 山野千鶴が呼び出しを喰らったのは当然の出来事だ。

 千鶴にとって初めての事ではないが、初めての理由で呼び出された。

「山野さん、何で呼ばれたかわかってるかな」

 呼び出した本人である四季小春は教え子に微笑みかけた。

「……わかってる」

「そっか、それならよかった。えっと、言いたくないかもしれないけど……夢川君と付き合ってるの?」

「いいや、付き合ってない」

 むっとした表情で千鶴は小春にそう言ってそっぽを向く。

「……友達だよ。凄く、仲がいい」

「そうなの。えっと、でもこれはやりすぎだと思うよ?」

 ちらりと見せられた紙は先ほど行われたテスト用紙だ。それには冬治という名前が書き込まれている。

「……信じてくれないんだろうけどさ、ぼーっとして書いてたらそうなっちまったんだよ」

「喧嘩でもしたの? 何だかいい空気じゃなかったみたいだけど。友達何だから仲良くしなくちゃ」

「……先生が言うのかよ」

「え?」

 千鶴が睨むように小春を見ると彼女は首をかしげる。

「んだよ。冬治の頭を撫でてたじゃねぇか」

「えーと……、山野さんも撫でられたかったとか?」

「ちげーよっ。天然先生っ。誘惑みたいなことしてんなよっ。冬治が勘違いしたらどうするんだよっ」

 千鶴はそこまで言ってしまったという顔をした。

 そして、小春の方はようやく合点が言ったと微笑みだす。

「山野さんは夢川君の事が本当に好きなんだね」

「……悪いのかよ」

「ううん、悪くないよ。でもね、今のままじゃ夢川君に嫌われちゃうよ」

「え……」

 小春は三者面談して親に怒られた時もここまで青くなった表情はみた事がないなとふと思った。

「冬治君から冷たくされたら山野さんも嫌でしょう?」

「そりゃあ……まぁ。少しぐらいは。ほんの、ちょっとだけ」

 人差し指と親指がくっつくぐらいの隙間を担任に見せ、千鶴は強がってみせる。小春にとっては微笑ましかった。

「だったら、ちゃんと気持ちを伝えたほうがいいよ」

「こ、告白しろっていうのかよ? 出来るわけねぇだろっ」

「ちょっと、ここは職員室だよ?」

 顔を真っ赤にして力いっぱい叫ぶ千鶴を慌てて黙らせる。

 教師の何人かが千鶴達を見ていたので小春は場所を変えるのだった。

「告白だけじゃなくてね、ただ好きだって伝えるんだよ」

 屋上へ場所を変えて小春は言った。

「言うだけかよ」

「そうだよ。付き合って下さいとかは言わない。山野さん自身がその気持ちにちゃんと向き合って落ち着かない限りは二人とも不幸になるかもしれない」

「……わかったよ。先生の方が年上だからな。言う事は、聞く。じゃあ、今から行って来る」

「今からかぁ……若いなぁ」

「じゃーな、先生」

 千鶴はそういって走り去るのであった。

 走り去った千鶴を見て、小春はため息をついた。

「……あの子はともかく、夢川君の方も鈍そうだからなぁ」

 鞄を教室に置いたまま、千鶴は気付けば冬治の家であるぼろいアパートまで走ってきていた。

 既に数分が経過しているが、チャイムが押されることはなかった。

「べ、別にびびってるわけじゃねぇから」

 誰が聞いているわけでもないのにいいわけをしていると誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきた。

 さっさと押せばよかったと思っても後の祭りだ。

「あれ? 千鶴さん?」

「百々か……な、何だ、今帰ってきたのか?」

「はい。これから夕飯を……どうかしました?」

「い、いや、何でもない」

 頭からつま先までじっと見つめてしまう。

 同性の千鶴から見ても百々は綺麗で、優しそうで、完璧だった。

「な、なぁ、百々って……冬治の事が、好きか?」

「はい、好きですよ」

 殴られる事はしばしばあるが、目の前が一瞬だけでも真っ暗になる事はこれまで一度たりとも無かった。

「ああ、でも。安心してください。そこまで千鶴さんがショックを受ける程の好きじゃありません」

「……どーいうことだよ」

 機嫌が悪くなると誰に対しても乱暴な声に成るのはいつもの事だ。それでも、百々は気分を害したような気配を見せなかった。

「千鶴さんはお母さんの事、好きでしょう?」

「は? はぁ? 別にあんなおばさん……嫌いじゃないけどさ」

「そうですか。私は、冬治さんの事が好きです。家族ですから……私、家族がいなくって弟が出来たらあんな感じなのかなーって」

「えーと、つまり、何だ……男として冬治が好きってわけじゃないんだよな?」

 すがるように百々に尋ねると笑顔で頷かれた。

「よかったぁ……」

 その場で脱力し、お尻を冷たいアスファルトにつけてしまうがそんなことはどうでもよかった。

「千鶴さん」

「な、何だ? もしかして本当は……とか、無しだからな」

「いえ、そんなことは……ま、冬治さんに気持ちを伝えてください」

「でも、嫌いだって言われたら……どうしよう」

 人差し指をぶつけ始める千鶴を見て百々はため息をついた。

「大丈夫ですよ」

「本当かよ……」

「ほら、どうぞあがってください」

「あ、おい、押すなってばっ」

 百々に押されて中に入るとこたつにはいって何か考え事をしている冬治の姿が千鶴の目に入るのであった。


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