第十三話:架空が現実を超える日
第十三話
成り行き上、仕方がなく吸血鬼と一緒に住むようになって二週間が経ち、お互いに慣れてきた。
「血を下さい」
「朝だけって約束だろ」
思えば、最初からこんなノリだった気もするなぁ。
吸血鬼なので興味本位で彼女をずっと見ていたわけだけれども……いまいちどこが吸血鬼なのかよくわからなかった。
確かに、毎朝俺の首に歯をつきたてたり、血を注射器でとられたりする。しかし、それ以外では俺の吸血鬼イメージ図と微妙にかけ離れていたりする。
普通にお昼も外へ出るし、十字架が嫌いってわけでもないし、ニンニクだって普通に食べていた。
ただまぁ、やっぱり人と違うと思わせるには十分で車を放り投げたりする力、空を飛んだり、ねずみや犬といった動物の言葉も何となくわかるらしい。
こういう疑問を放置していても悶々としそうなので俺はある日、吸血鬼のホラー映画を借りてきて百々と一緒に見ることにしたのだった。
「ホラーとか見るんですね」
「ああ、大好きなんだ」
実際は特別好きと言うわけではないが、嫌いと言うわけでもない。
「吸血鬼ものですか?」
「百々が好きかなーって」
「普通ですね。でも、見た事はありません」
「ホラーとか大丈夫そうだな」
「ええ、見たことないですけど本物ですからね」
にこやかな感じで話をしながら俺はDVDをセットしてから飲み物の準備をする。
「とーじさん」
「ん」
「血、くれませんか?」
「……いいよ」
「ありがとうございます」
俺を押し倒すようにして自分の上半身をくっつける飲み方も今では慣れてしまった。最初はどぎまぎしていたのに、今ではピクリとも心が動かない。
「お、始まったぞ。血ばっかり吸ってないでちゃんと見ろよ」
「はい」
痛みは最初だけで、それ以降はマヒするようだ。血を吸われる時に何度体験してもこれは不思議だった。
それと同時に吸血鬼の映像も流れている。最初のシーンは美女があられもない恰好で寝ていた。そこへ、吸血鬼と言うよりは何かウィルスに感染したような見た目の化け物が三人で襲いかかった。美女の叫び声が闇夜を切り裂いている。
「ひっ」
「あ?」
血を吸いながら見ていた百々がいきなり俺を押し倒してきた。ぼーっとしながら見ていただけに後頭部が床に強打されて何が起こったのかわからない
「いててて……何だよ、一体っ」
「はわわっ……あわわわっ……ひゃっ」
あっという間に女性が干からびているシーンを見て顔は真っ青、身体は震えていた。密着している状態で、低い彼女の体温は更に低くなってしまっている。
「な、なぁ、本当はホラー、駄目なのか?」
もしかしてさっき聞いた時は強がっていたのではないかと思ったので聞いてみると首を振っている。
「ま、前に見たときは全然平気だったんですけれど」
「題名は?」
名前を聞いて俺は何となく想像がついた。
「多分、それはサイコホラーってやつだろ。しかも、あまり怖くない部類だし。パニックホラーは嫌いなのか」
映像は止めていないのでどんどん進んでいて吸血鬼が廃れた村にやってきたキャンプの一団を襲い始めていた。
「うう……恐ろしいです」
吸血鬼がくじけていていいのだろうか。確かに、テレビの中で暴挙の限りを尽くしている連中よりも今俺の胸に顔を押し当てて震えている吸血鬼の方が怖くはない。
そりゃあ、最初会った時は今の百々状態だった。しかし、今現在となると話は別でこういうことはしない吸血鬼だと俺は考えている。
最後まで震えながらみた百々は顔が真っ青になっていた。
「や、やっと終わりましたね」
「ああ、お疲れ……何だか悪いことしたな」
「いいです。見てしまったのは私の責任ですから」
「もう風呂入って寝ちゃえよ」
「そうですね、そうします」
吸血鬼について色々と気候と思っていた。今の百々に聞くのはちょっとかわいそうだ……おそらく、さっきみた吸血鬼を思い出すだろう。
着替えをもって脱衣所へと向かった百々を見送り、ニュースでも見ようかと思っていると背後に気配を感じた。
「ん?」
「あのー、冬治さん」
「風呂はちゃんと沸いてただろ?」
「はいー……そうなんですけれど、あのー、お願いしていいですか」
人差し指を突いて上目遣いで俺の首を辺りを見る百々に先に言うことにした。
「何だよ。血は駄目だぞ。さっき飲ませただろう」
「いえ、血ではないんです。そのー……私がお風呂に入っている間、脱衣所に居てくれませんか」
――――――
「いますかー?」
「いるよ」
曇りガラスに時折映る中々のボディに興奮を抑えるため、色即是空と心の中で唱えまくる。
意識を逸らすため、そちらへ視線が向かないように脱衣所の洗濯機あたりへ目を向けると……。
「ストライプのブラジャーと、パンツか」
ああ、これ間違いなくさっき脱いでたやつだな。
「っと、いかんいかん」
桃色煩悩を退散させ、俺は何とかこの危険なミッションをクリアすることに成功した。
だが、話はこれで終わりではなかった。
「あのー、冬治さん」
「何だ」
パジャマに着替えた俺は体を温める為、こたつに入っていた。先ほどの下着が脳裏をよぎるが、単なる布であると言いくるめて退け続けている。
「ひじょーに頼みにくい事なんですけど」
「血は駄目だぞ」
「はい、わかってます。血は飲みませんから一緒に寝てくれませんか」
普段よく口にする私の体を味わってみませんかとか、大人の階段昇りませんかとは全く違ったニュアンスを含んでいた。
小さい子が怖くて眠れない……それと全く同じ感じなのだ。
「絶対に、血は飲みません。誓いますからお願いしますっ」
枕をぎゅっと抱きしめてそう言われたら断れない。
「べ、別にいいぞ」
「ありがとうございますっ。あの、今日はもう寝ましょう?」
風が強くて、たまに窓が鳴る。その度に百々は身体を震えさせていた。
「そうだな、そうしよう」
起きていても悶々とするだけだろう……俺は百々の考えに従って自室へと戻ることにしたのだった。
一緒に寝るとは言っても一つの布団で寝るわけではない。布団を横にして寝るだけだ。
「起きてますか」
「起きてるよ」
横になってこのやり取り、何回したのだろう。
「怖いのは駄目か」
少しでも怖さを緩和させようと思い、俺は話を振ることにした。どうせ、眠れないのだから吸血鬼の話にもっていってみよう。
「そうみたいです」
「子どもの頃もそうだったのかよ」
「えーっと。すみません。私、子どもの頃の記憶が無いんですよ。中学の時に大仁さんの親戚に引き取ってもらっちゃって。記憶はないと言っても常識的な事はわかってました」
「あ……そうなのか。すまん」
「気にしないで下さい」
とはいっても、地雷を踏んでしまったなーと後悔する。まだよく彼女の事を知らない俺が踏み込んでいい領域ではないだろう。
それから数分後、またもや起きてますかと聞かれたが俺は黙って寝た振りをしていた。
「……起きてないんですか。今、あの吸血鬼が来たらどうしよう」
俺を誘うための餌ではないようで声が震えていた。余程怖かったのだろう。
本物の吸血鬼が架空の吸血鬼に恐れをなすのは何だか凄くおかしなことで改めて考えてみたら笑いがこみあげてきた。勿論、百々には聞こえないよう心の中で笑っている。
「ばれない、よね。朝に戻ればいい事ですし」
外にでも出るのかな……そう思っていたら布のこすれる音が聞こえ、俺の背中に何かが当たる。
それは百々だった。百々が俺の布団の中に入ってきて首筋に自分のおでこを当てていた。口が首筋に押し当てられていたのなら俺は立ち上がって部屋から逃げ出していた事だろう。
「ふーっ……落ちつく」
たったそれだけ言って数分後、百々は寝てしまったらしい。安心感を周囲に伝えるような寝息を立てて寝てしまっていた。
その代わり、今度は俺が寝れなくなってしまい、またもや悶々とした状態になってしまったのだ。
そんな俺も気付けば寝ていたようで目が覚めたら百々の布団は片付けられていた。
俺が上半身を起こすと同時に扉が開けられ、エプロン姿の百々が部屋の中へと入ってくる。
「冬治さんおはようございます」
「……おはよう」
「血、いいですか?」
「ああ」
「それじゃあ失礼しますね」
俺の首筋へ顔を近づける。歯が突き立てられる瞬間が来ると覚悟していたが、今日は一向に来なかったので目を開けると百々が顔を真っ赤にしていた。
「どうかしたのか」
「あ、いえ……何でもないんです。あの、今日はこっちにしますね。左側に」
「好きにしろよ」
「あ、ありがとうございます。では……」
いつもだったら時間をかけて血を吸っていくのに、今日は妙に慌ただしく吸っている。そのせいか、これまで汚した事のない俺のパジャマに血をつけてしきりに謝り、部屋から出て行ってしまった。
「何なんだ?」
朝食も急いで食べて先に理由をつけて行ってしまい、俺は千鶴たんが迎えに来るまで待っていた。
千鶴たんといっしょに学園へ向かっていると彼女は俺の首を指差して言った。
「冬治、お前あの部屋蚊がいるんじゃないのか?」
「え?」
「ここ、吸われてるぜ」
手鏡を貸してもらったので首筋を写すと確かに赤くなった所があった。しかし、別にかゆいわけではない。
血を吸う奴は別にいるが、こういう吸い方はしないだろう。そもそも、今日は反対側を吸われたわけだし。
そのまま学園へ行くと俺は何故だか男子からやらしい奴だと罵られて蹴られたのであった。一体、何でだろうか。




