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第十二話:気になるあの子は無気力さん

第十二話

「ねぇ、時雨君。」

「何、亜美ちゃん」

「この前女の子と一緒に歩いてたよね? 楽しそうにさ」

「亜美ちゃん、あれは違うんだ。あれは……」

「時雨君の馬鹿っ」

「あ、ちょっと待ってよっ……あれは亜美ちゃんの誕生日プレゼントを選ぼうとっ……亜美ちゃんっ」

 まぁ、こんな感じで男女の間には勘違いが生じやすい。

 じゃあ、俺の場合はどうか?

 大方、似たようなものかもしれない。勘違いによってピンチを招いている。

「くそっ、吸血鬼に追われるのが終わったと思ったら狼人間に襲われるとか何の冗談だよっ」

 悪態をついて夜の街を疾走する。出来るだけ人が多そうな場所へ向かっているつもりだ。

 もう少しで大通りと言うところで目の前に狼が降ってきた。

「往生したほうがいいぞい。狼人間に追われて逃げ切れた人間は、いるかもしれんが……わしが追いかけた中にはおらん。あの女を好きになった事を後悔するんじゃなあ」

「だから、俺は違うっ」

 汚れた灰色の毛が月に照らされ、鈍く光る。それよりぞっとするのは混凝土だろうと何だろうと紙のように容易く裂いてしまう爪だ。

 踵を返して逃げても、圧倒的な身体能力であっという間に追い詰められる。

 夜中にコンビニに行こうとしたのが間違いだったようだ。

「人間にしては頑張ったほうかの」

「ぐあっ」

 背後からの突撃を喰らい、そのまま真正面のビルへぶつかる。目の前で火花が散ったような錯覚を覚え、立ち上がる事が困難だった。

 それでもよろけながら立ち上がると右足を掴まれ、道にたたきつけられた。

 俺の絶叫と同時に、別の絶叫が聞こえてきた。

 上半身だけを起こし、足を見る。変な方向へ曲がっていた。

 痛みもあるが、それよりも気になったのは先ほどまで狼人間がいた場所に知り合いが立っていた事だろうか。

「少年、運がよかったね」

 天田亜子の姉である志枝さんの姿を見て、安堵して俺は気を失ったのだった。

 次の日、目を覚ますと病院のベットに寝かされていた。

「あ、目を覚ましました」

「私看護師さん呼んできますね」

 百々がそう言って病室を出て行く。個室で、俺の他には大仁義人さん、志枝さんがいる。

「えーと?」

「まずはお詫びを……天田さんが大変迷惑をかけたようですね」

 凄く怖い顔で隣に居る志枝さんを睨みつけているが、彼女は素知らぬ顔で口笛を吹いている。

「どういう事ですか」

「ほーら、大仁さん。彼もああやってあたしをかばってくれてますよ」

「天田さんは夢川君を囮にしていたのです」

「囮……」

 彼女なら助けてくれるかと思っていたが、まさか囮にされているとは……。

「違うもん。もうちょっと早く助けるつもりだったんだもん」

 駄々っ子のようにそう大仁さんに言うものの、完全に無視しているようだ。

「夢川君の治療代はこちらで全部負担します。一歩間違えれば病院ではない場所に居た事でしょうね」

 じろりと睨んだら志枝さんはぺろりと舌を出して笑っていた。

「向こうも仕留める気じゃなかったみたいだし」

「でも、殺されるって本気で思ってたんですけど」

 あの時のことを考えると身震いしてしまう。犬がトラウマになりそうだ。

「本気でやってるなら今頃バラバラだって」

「呼んできました」

 百々が病室に顔を出して看護師が来た事を告げる。これで仕事は終わったとばかりに志枝さんは立ち上がり、大仁さんもため息をついて立ち上がった。

「埜崎」

「はい?」

「夢川君の身辺警護に今後はもう一人つける」

「へぇー、人数居ないってすっごく騒いでいたのにつけるだなんてこの少年を大事にしすぎじゃないの? それで、一体誰を?」

 看護士が何の話をしているのか首をかしげて俺を見る。しかし、信じてもらえないようなので黙っておいた。

「あなたですよ、あなた。タネをまいたのは、天田さんですからね」

 部外者が居ても構わないと思ったのか、それともただ単に苛立っていたからかは分からない……大仁さんは比較的大きな声で志枝さんを指名した。

「めんどくせー」

 心の底からの叫びなのは間違いなさそうだ。

 意識やその他の問診が終わって俺は入院となってしまった。

「……はぁ」

「ため息つきたいのはこっちだよ、全くっ」

 窓から志枝さんが入りこんで睨みつけられた。

「あのー、ここ三階ですよ」

「別におかしいことじゃないだろう。連中は五階ぐらいひとっとびだよ」

 ちょっとした鞄から取り出したのは携帯ゲーム機。大人の女性ニートのようだががとりだすのは珍しい方だろう。

「中々これっていうお守りがな……空き時間に掘らないと」

「そうっすか……あの、掘りながらでいいんで背景について教えてもらえますか」

「いいけど、手短に」

 BGMなんかは一切聞こえてこず、ボタンに触れる音だけが夜の病院に響いていた。

「一体、あの狼は何者なんですか」

「昔の相棒」

「相棒?」

「そう。相棒。こう見えてあたし、ワルなのよ。今はニートだけどね」

 どうでもよさげにそういって、彼女は窓の外へ視線を向けた。

「まー、ワルだから仲間も売るやつでねぇ、お金欲しさに影で色々とやってもらっていた狼人間のあいつを売ったのよ。どこに売ったのかは秘密だけれどね。この世に居ないと思っていたけれど、ストーカーになっちゃてねぇ。ざっと知りたいところはこんなところかな」

「もう一つ、いいですか」

「ん? 何かな。スリーサイズとかは駄目だぞ」

「どうでもいいです。えっと、最初襲われた時に群れに戻るには志枝さんを倒さなくてはいけないって言っていませんでしたか」

「それは向こうの都合だから、ちょっとあたしはわからないなぁ」

 携帯ゲーム機に顔を向けている志枝さんを見て俺は思う。

 この人、ちゃんと守ってくれるんだろうか。

 俺の疑問はともかく、その日の晩は特に何も起こらず朝を迎えるのであった。


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