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春は逝く  作者: 春咲美命
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第2話

 夕方の陽の光は対象物の側面から照らし出す代わりに、その反対側には大きな影を宿す。その姿は専ら哀愁を漂わせる効果を持つ。

 私たちは夕方の町の春の風景を写真に収めていた。春という季節が、花々が咲き乱れることから夕方とミスマッチであることには重々承知の上だった。

 私はカメラを下ろし、町の花々や風景を眺めながらぼんやりと歩いていた。写真部たるもの、写真を撮ることこそが本分ではあるが、私には大事な役割がもう一つあった。

「青崎さん、30度だけ左向いてください」

 私は花や風景、自然の様子を撮影するのが得意だ。日常のふとした瞬間を画面に収めることがフレームに収めるべき瞬間だと思っている。一方で、坂下くんは違った。繊細な動きをこなせる人間の動きこそが写真に撮りたいものだと主張する。そのためには必然としてカメラに映す対象が必要であり、その相手には私が最適になる。

 私たちの日課は、私が自分の撮影が終わると、次は私がモデルとして坂内くんの撮影に付き合うものだった。

「今日はこの辺にしましょうか」

 坂内くんに後ろから声をかけられて、私は足を止めた。

 私自身は特段に容姿が優れているわけでもないし、写真への写りが良いわけでもない。けれど、昨年の秋のコンテストで、彼は日常の私を写した写真で最優秀賞を受賞した。孤高の天才だった宮下香織以来の快挙に、全写真部員(といってもほとんど私が)歓喜に包まれた。それからというものの、私は写真部部長の役割とは別で、坂内優斗専属のモデルになっていたのだ。

「うん、わかった。今日もいいのが撮れた?」

 カメラの画面にのぞき込むと、自然体の私が綺麗な角度で撮影されていた。そのほとんどがほかの人には見せられない恥ずかしい顔をしているが、その中でもひときわ美しい一枚が見つかった。

「はい。これはとても良さそうです」

 夕日に照らされながら桜を見つめる私の姿。自分でも感心するような美しい姿だった。

「……そうね」

 私は複雑な気持ちだった。せっかくの綺麗な桜はあと一週間もしないうちに散ってしまう。部活の時間は夕方に限られるため、どうしても郷愁が残る時間帯にしか撮影ができない。絶好の写真を撮るには日中になんとか撮ってしまいたいが……

「青崎さん、今週末の土日ってご予定とか、ありますか?」

「ああ、その日はね……」

 私も高校3年生に進学した。今週末には模試が控え、しばらくすると私自身の部の引退の時期も近づいてくる。そうすると写真部は坂内くん一人だけになり、私もモデルとしての役割も終えてしまう。

 そうなる前に、私はやらなきゃいけないことが。

 坂内くんに私がモデルとして過ごす最高の一枚を撮ってもらう。

 そして、私が———

 彼に想いを持っていることを伝える—————

「その日は模試があるの。どうしても落ち合えるのは夕方になるかな」

「ああ、そうですよね。お忙しいのにすみません」

 そんなに悲しい顔をしないで。できることなら、私はずっと君に写真を撮ってほしいの。言葉にすることはできず、私は彼の顔をただ真剣に見つめることしかできなかった。


 翌日は気味の悪い天気だった。

 日中から雨が降ったりやんだりを繰り返していたが、夕方になると日差しが顔を出すようになった。そうかと思いきや、それなのに陽が出ている中で雨がまた降りだす。

 用心のために大きい傘を持ってきてよかったと安心しながら私は帰路につこうとすると、聞きなれた声で後ろから声をかけられた。

「和奏、ちょっと図書室に来てくれる?」

 いつもテンションだけは高い絵理は、この時は普段見せない顔をしていた。

「うん、いいよ」

 私はなるだけ優しく微笑みながら応える。私はこの後彼女から切り出される話を察して、胃が切り裂かれるような痛みに襲われていたのを、ぐっとこらえていた。

 図書室の中は静寂に包まれていた。勉強のために残る真面目な生徒も、読書好きな生徒もこの日はみんな出払っていた。

「実は昨日ね、親とけんかしちゃったの」

 絵理は落ち着いた声で話し始めた。少しうつむいたまま、私は彼女の隣の席で前を見つめる。

「……そうなんだ」

「うん、やっぱり志望校変えろって」

 私の心臓の鼓動が早くなるのを感じる。目の前が歪み始める。少し吐き気もする———。

 将来に対してやりたいことが何もなかった私は、好きな文学が学べるのと、学費が抑えられるからという理由で、少し遠くの国立大学の文学部を第一志望にしていた。就職するつもりは毛頭なく、というより働く自分を想像できなかったから、ただ漠然と志望校を設定していた。

 当然、というより容易に想像できるように、絵理も私に続いて同じ大学を志望していた。

「やっぱり、専門に行くの?」

 絵理には夢があるのをずっと聞いていた。

母のような立派な看護師になる。芯の強い彼女を形作る大きな要素である彼女の母親の姿を重ねた彼女らしい夢だった。

 看護師になるためには2つの選択肢があった。

 4年制の看護学部のある大学を卒業し資格を取る方法と、3年間の専門学校を卒業して資格を取る方法。

 絵理は私と進学先を揃えるために、大学に進学することを目標にしていた。けれど、地元の専門学校に進学できれば、就職までの期間が短くなり、学費が抑えられ、なにより彼女の母親の伝手で就職は間違いないものだった。

「じゃないと、親が学費だしてくれなさそうでさ……」

 絵理の頬には一筋の光るものが見えた。

 いつかそうなると思っていた。想像よりも早かったな。

 頭がジンジンと痛み始める。だんだん眩暈に近いものになっていく。

「そうか……うん、そうだよね」

 

 私たちはずっと一緒だった。

 苦しい時も、悲しい時も、うれしい時も、楽しい時も。

(和奏!)

 彼女から声をかけられるだけで心が弾んだ。いまだって、彼女と一緒だから何でも許せると思っていた。

 これからもずっとずっと一緒に居られると思っていた。

「……ごめん、ね……」

 絵理の目には大粒の涙があふれていた。顔をくしゃくしゃにしながら、悔しそうにぐっと涙をこらえようとしている。

 それを見て、私も耐えられなくなった。

 その日、私たちは二人の図書室で日が暮れるまで泣き明かした。


作者からのひとこと!


絵理の母親は決して毒親ではないと思います。

絵理には絵理なりの信念があって、看護師になりたいという明確な夢を持っている以上、それに一番近い道を指し示してあげるのは親の使命だと思いますからね。「友達がいるから」という簡単な理由で若いキャリア1年を無駄にするよりは、きちんとした伝手がある方が、就職した後に間違いなく良い方向に向かうと思います。


さて、少しずつ和奏さんにメンブレの気配がしてますね!

私も胃が痛いです。次回もお楽しみにしてください。

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