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春は逝く  作者: 春咲美命
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第1話

 山の稜線上に深い緑が並び、はっきりと青い空との輪郭が浮かび上がる。

 ここ数日は雨と曇り空が続いていたからか、久々の日光に少し背伸びをしてみる。

「うん、今日も大丈夫」

 少しだけ錆びたチェーンの軋む音を強めながら、私は自転車のペダルを強く踏み込む。

 体を前へと押し出す推進力が、下半身に強く感じられた。

 どれだけ強くペダルを踏みこんでも、気持ちだけは前に進まないまま。


 私立青松高等学校と書かれた学校の正門をくぐると、隣の桜は少し緑がかっているのが見えた。脇を通り抜けた先にある裏門近くの桜はまだ綺麗な純白のままだ。表側とは違って日が入らない裏手は、咲き始めるのも遅かった。裏門近くの裏玄関から靴を履き替える。

『3年1組 青崎和奏』

 端の靴箱に書かれたクラス名にまだ見慣れない中、一つひとつ確かめながら教室に入った。

「わかなー、おはよー!」

 教室の奥から聞き馴染みのある友達の声が聞こえた。

「おはよう、絵理……何か言いたそうな顔をしてるよ?」

「さすがです和奏さん! 今日古典の範囲がどうしてもわかんなくて!!」

 吉川絵里は小学生の頃からの幼馴染で、私と絵理はことあるごとに一緒に居た。格別友達が少ない私にとっては心が許せる相手だった。

「ざんねん、私もできてないから一緒にしよ」

 高校に進学する際に、無理言って少しレベルの高い高校にしようと思ったのに、絵理はさらに無理して私と同じ志望校にした。二人で夜遅くまで図書室に残って勉強した日々は苦しい気持ちと、そのあとの合格した時のうれしい気持ちが織り交ざった複雑な思い出だ。結局高校に入ってから無理しすぎたと二人で笑いあいながら、必死で授業に追いつこうとしている日々になっているけれど、それさえ二人で乗り越えられる気でいた。


「ホームルーム始めるよー、みんな席について」

 担任が教室に入ってくるなり、私は自分の席についた。


(うん、やっぱり大丈夫)


 先生の顔を見ながら、一息つく。

 絵理の表情を見ると気持ちが落ち着いた。

 最近、私は体調に違和感があった。高校3年に上がって、将来を見据えるようになり、周辺があわただしく動き始めた中で、私だけが取り残される虚無感と、体だけが焦って動悸が激しくなることが多くなった。

「というわけで、みんな今日も頑張っていこう。来週末、模試があるからしっかりそれに向けて勉強していくように」

 担任の短い話が終わると、みんなざわざわと一限の準備を始める。

 今日も、今日もやっぱり少し不安だ。


 詰め込まれた7つの授業をすべて消化したころには、外はすでに夕焼けを少し帯びていた。

 私は授業の道具を鞄にしまい込み、すぐに教室を出た。

「わかなー、今日も部活かー」

「そーだよー。明日は部活ないから一緒に帰ろうねー」

 後ろから抱き着いてゆく手を停めようとする絵理を振り払って、私は階段を駆け下りる。

 急いで部活に行くのにはごく単純な理由があった。それは———


「お疲れ様です、青崎さん」

「あ、お、お疲れ、坂内くん」

 少し埃のかぶった社会準備室には、整った顔立ちの青年が熱心に本を読んでいた。急いで来た割に、彼はすでに準備を整えていた。

 坂内優斗は私が所属する写真部の優秀な後輩だった。成績は優秀、顔もイケメンだし、背も高い、写真の才能だって非凡で、昨年には1年生ながら県で表彰された実績もある。運動が苦手というが、そういうところもまた人間味があって良い。羨ましいを通り越して、いつしか私は———。

「待ってて、すぐ準備するから」

 私は鞄を置いて、鍵のかかった戸棚の奥から自分のカメラを取り出す。

 趣味のない私が初めて魅了されたのが、この一眼レフだった。

 頑張って溜めたお小遣いで買ったデジタルカメラを大切に使っていた私に、2つ上の先輩が引退する際に譲ってくれたものだ。

 当時の写真部は、はっきりと苦境だった。所属する部員はただ一人。宮下香織。当時から変わり者と噂されていた宮下先輩は、たった一人で他を寄せ付けることはなく、それでも学生コンテストで実績を残し続けた。

『学校の部活だから、学校のイベントを撮らないといけないと誰が決めた』

 私は部活動紹介の宮下先輩になぜか惹かれた。

『写真は、全員が同じ条件で、同じカメラで、同じ瞬間にシャッターを押せば、同じ写真が撮れる。それなのにコンテストで写真の優劣をつけるのだから、努力も運も関係ない。そこにあるのはただの才能だけだ』

 それでも自分にセンスと才能があると思うやつは社会準備室に来い、そういって発表の場を去った宮下先輩に賛同する人は当然いなかった。私を除いて。いつも私と一緒に居る絵理でさえ、一緒に入部することはしなかった。

『青崎、君には才能がある』

 その言葉を信じ続けた私は、賞こそとれなかったものの、たったひとりだけだが後輩を入部させ、その後輩を入賞させることまでできた。

「さあ行こうか」

 かつて私が大切に使っていたデジタルカメラは今、彼が持っている。

 私たちは町の日常を撮影するために、外に繰り出した。


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