その森は
ピカッと光りが迸り、アレンは目を閉じていた。
「もう開いても大丈夫だぞ?」
ゼロの言葉に、アレンがゆっくりと目を開けると、そこには赤い鳥居が重苦しげに佇んでいた。
その鳥居の奥には森が見える。だが、依然としてこの空同様明るい。
その森は横に広がっていて、端の方は彼方にあり見えない。後ろは平野で、木も何もなく何だか薄気味悪い。
「これが…常闇の森なのか?」
「あぁ。まあ、入ってみれば分かる」
と言って、ゼロはスタスタとその鳥居を潜って行く。
その後に、お先と軽く声を掛けてカイルも入っていく。
「この先に…ステラの故郷があるのかもしれないんだよな?」
「あ、うん…そうだね。あるかもしれない…」
ステラの表情は酷く固い。何かに怯えているような、そんな感じだ。
「大丈夫。それに…アレンがついてるし…ね?」
ステラは笑っていた。そう言って歩き出すステラを見て、アレンは複雑な思いが膨らんだ。
__作り笑いにも程がある。けれど、それを言うのは今じゃない。
「あぁ。きっと…必ず…」
小さく、ステラには聞こえない声で強く__アレンは決心した。
必ずステラにちゃんとした笑顔を見せてもらうのだと。こんな事、本人には絶対言えない。
ステラがその鳥居に入る直前に、アレンは一歩を踏み出した。
その時__何かを背中から感じた。嫌な何かだ。
後ろを振り返っても何もいない。何も起きていない。それがかえって不気味だ。
アレンは気になったが、もう三人共中に入って居るので、置いてけぼりにされても困るので、アレンは気にはしたが取り敢えずその鳥居を潜る。
刹那__世界が揺れた。
***
グニャリとした変な感覚がアレンに目眩と頭痛を引き起こさせる。
それを何とか持ちこたえながら、この揺れてブレている世界にどうにか律しようと右往左往する。
すると__
「おいアレン!」
肩をポンと叩かれて、アレンは視界が急に視界がクリアになった。
「大丈夫か?顔色悪いぞ?そんなに結界を潜り抜けるのに負担だったか?」
「結界…?」
ふとそこで気づく。外が真っ暗なことに。
前も後ろも右も左も、全てが夜に包まれている。
まるで時間遡行したような気分だ。
「何だこれ?」
「結界を通ったからだよ。多分この鳥居に夜を維持する結界が張られてるんだ。これを通ると、あっという間に夜になるっつー簡単な話だよ」
これはアレンには理解が出来た。潜れば夜になる。理屈は簡単だ。
だが、こうも結界を通ると脳が揺れるような感覚を味わうとはアレンは思っていなかった。
「結界なんかもう二度と通りたくない…」
「まあ、帰りも通るけどな」
「聞きたくない!」
アレンは耳を塞ぎずかずかと先に進んでいく。
「子供かよ…まあ取り敢えずついていくか」
カイル達は以前耳を塞ぎ続けているアレンに追いつくため駆けた。
刹那__何かがカイルに飛び掛かろうとした。
「おらぁ!!」
その飛びつこうとしてきた何かに、カイルは即座に反応し、カウンターの如く拳を叩きつける。
「ガァウ!!」
犬のような鳴き声の“何か”は、地面に叩きつけられるが即座に起き上がり、牽制するように唸りを上げる。
「よく見えねーけど魔物だろ。俺の素手を食らって立ち上がってるんだしな。間違いねぇ」
「すげぇ反応速度だ…」
「しかも凄い自尊心だね…」
「カイルはそういう奴だ」
三人が感心しているのを他所に、カイルはその犬のような魔物とひっちゃかめっちゃかに喧嘩している。
喧嘩というよりも、カイルが一方的に飛びかかってくる魔物を殴打しているだけなのだが。
「ワウウゥ!!!!」
すると突然その魔物が遠吠えを始める。突き抜けるようなその鳴き声は、遥か彼方まで木霊し__仲間を引き寄せる。
「やっべ!逃げるぞ!」
「全く…」
カイルが大慌てで逃げるのに対し、ゼロはいつもの事のようにその後ろを静かに追いかけ、その後ろを半泣きになりながらアレンとステラがひたすら走り、そのまた後ろを何匹もの魔物が追いかけてくるという構図が出来上がっている。
「ひぃぃぃ!!食われるぅ!!」
「きゃぁぁぁぁ!!!」
アレンとステラが追いつかれそうになった時、ゼロがスッと横に動く。
「突風【ゼピューム】」
ブオン!!
轟音が鳴り響き、アレンとステラの斜め前から、後ろにいる魔物達に空気砲のような突風を放ち、魔物達を一気に吹っ飛ばした。
「何で最初からやってくれないのよ!?」
「面白そうだったからだ」
「自己満足の為に殺す気か!?」
「そんな事はしない。現にギリギリで助けただろう?」
と、悪びれる様子もなくいつものゼロの口調で、アレンとステラはもう返す言葉もなく、溜め息を吐くのだった。
「それにしても、随分適当に走ってきたが、こっちで合ってるのか?ゼロ、何か分かるか?」
「いや、この森には魔物の気配以外は全く存在していない」
「そうか…となると、自力で探すしかねーんだもんな」
カイルは眉をひそめながら周りを見渡すが、只々ぶきみなは暗い森が続いているだけで、道のようなものはない。
「確か、頼りになるのは木々のざわめきじゃなかったっけ?」
「木々のざわめきねぇ…こいつら喋りでもすんのか?」
アレンが思い出すかのように言い、カイルは少し小馬鹿にしながら木を触ってみる。
「……ここは喋れよ!」
「いや、木に空気を読ませようとするなよ!?」
まあ、確かにここは口を開いてもいいところだが、こればかりはしょうがない。
「ふむ…こうなったら、4手に分かれよう!!」
「え!?二手じゃないの!?て事は一人でここらへん歩くの!?」
いかにも不気味な所に、一人でうろちょろ何て考えただけでも恐ろしい事なのだが、カイルは楽しげだ。
「まあ、確かに怖いだろうが、大丈夫だ。いざとなったらゼロか俺を呼べばすっ飛んで行ってやるよ」
「あぁ…任せろ」
カイルのいきなりの提案にも全く動じないゼロは、普通に了承した。
「まあ、助けてくれるなら良いけど…ステラは大丈夫か?」
「うん、大丈夫。任せて」
ニコリと笑うステラだが、少し表情は固い。最初に比べれば大分解れた気はするが。
「なら各自東西南北に分かれて捜査開始ぃぃ!!!」
「楽しそうだなおい!!」
ある意味それはそれで羨ましい気もするが、とにかくこの森を一人で歩かなければいけない事に変わりはない。
アレンは東、西はステラ、北はカイルで南はゼロ。各自この方位でそれぞれ歩いていく。
「取り敢えず直進して、ある程度行ったらくるっと回って逆向きに直進な!そんじゃまた後で!」
カイルは軽快に、ピクニックでも来たように歩いていく。それと同時にゼロも普段通りに歩いていく。
「また後でなステラ…」
「お互い頑張ろうねアレン…」
こうして二人も進んでいくのだった。
***
__最後に戻ってきたのはカイルだった。
何故か全身が血に染まっているのを見てアレンとステラは驚愕した。
どうやら、変な大柄の熊のような魔物と対峙し、素手で追っ払ったらしい。
一方ゼロはアレンとステラが魔物に襲われそうになると、瞬時に駆けつけ、瞬時に魔法で吹き飛ばし、直ぐに帰るというのを繰り返し、息一つ乱れず最初に帰ってくるという偉業を成し遂げていた。
「二人って…一体何者…?」
「まあ、その話は置いとくとして、何か収穫はあったか?俺は熊だ」
「そうだな。俺は一メートル程の巨大なカブトムシを見つけたぞ」
「なに!?それはでかいな!!今から捕まえに行こう!!」
「いやいや趣旨ズレてるから!!しかもまだ俺達報告すらしてないし!!」
アレンのツッコミによって取り敢えず逸れたレールが戻り、ステラの番になった。
「私の所は特になにも無かったなぁ…何回か魔物に襲われる位で…それ以外は不気味な程静かだった」
「俺の所もそんな感じ。魔物に襲われる位で、後は特に何も見当たらなかったな」
アレンも個人的な感想を纏め上げて、カイルは溜め息を吐いた。要は収穫なしだ。
「それにしても不気味な位静かだよなここ。魔物の動くときのざわつきしかねぇよ」
「そうだな。俺の所も同じだった」
「あぁ。俺も風がビュービュー吹くくらいでそれは同じだよ。もしかしてそれが木々のざわめき何じゃねーの?」
「うーんそんな気もするけど…っておい!?」
ここでアレンの口から驚きの言葉が飛び出していた。
「お前今何て言った?」
「うん?もしかしてそれが木々のざわめき何じゃねーのって…もしかしてそれ当たってる!?」
「ちげーよ!その前だよ前!」
「うん?あぁ…風が吹いてたとか言ったけど、それが?」
「アレン以外に聞こう。風、吹いてたか?」
「いや、全然…」
「吹いてないな」
どうやらここで一つの結論が導き出されたようだ。
「つまり、木々のざわめきってのは風が木々を揺らす音だ。多分それに沿って行けばいい」
「なるほど!そういうことか!俺ってナイス!!」
「いや、アレン以外ならもう少しやり取り無く話が進んだけどな!」
「え〜…」
喜ぶアレンを説き伏せ、さっそくアレンが通った道を探索する事に。
すると、少し歩くと風が吹き始める場所に辿り着いた。
「ここだ。多分、この風を頼りにして進めば大丈夫だ」
そこからは風邪を頼りに歩き続けるだけだった。
この風はある一定の距離離れてしまうと急に止んでしまう。
なので見失わぬように慎重に、止んだら少しずつ戻り、風が吹く道と止んでしまう道の境界を見極めながらひたすら歩く。
すると__遠くに門らしきが見えた。
「おいあれ!!」
カイルが風と睨めっこしてる時、アレンは気がつき前を指差した。
「あれか!!」
それを見てカイルも喜んだが、ゼロの顔は少し怖い。
「おいカイル。何か来る」
「何かって?」
すると突然__突風が吹き荒れた。
体を吹き飛ばすような突風に、アレンの体が浮き始める。
「うわぁ!?」
「ちぃ…【突風】“ゼピューム”」
向かい風と追い風をぶつけさせ、威力を弱めさせ、体が浮くのを抑える。
だが、ゼロの魔法の方が弱いのか、以前向かい風は消えない。
「ゼハハハハハハ!!俺様の突風を食らい立ち上がったままとは、素晴らしいな!」
突如として上から野太い声が聞こえてくる。
バサバサと何かが羽ばたくような音も一緒に聞こえ、四人は上に目を向ける。
それは__俗に言う天狗の姿だった。
赤い顔に赤い伸びた鼻、片手には緑の大きな葉っぱを持ち、背中には両肩から生えたこれまた大きな葉っぱをバサバサと羽ばたかせ、宙に浮いている。
葉で作られた緑を基調とした腰巻に、茶色の体毛。中年親父のような膨れた腹に、体格のいい体つき。
腹以外はバランスの取れた大柄の熊をイメージして貰いたいが、腹が異様に出ているので変にバランスが悪い。
「この腹はあれだ。飛び過ぎて運動不足で太ってしもうた!!ゼハハハハハハ!!」
「天狗もそんな人間みたいな太り方するのかよ!?」
これは今からでも背についた二対の葉を引きちぎった方が良さそうだが、また生えてきそうで怖い。
「というか、俺たちに何の用だ?お喋りに来たってわけじゃないんだろ?」
「ゼハハハハハハ!!そうだともそうだとも!!取り敢えず一旦降りるかのう!」
ズドンと急直下に、まるで大砲のように落ちてくるそれは、正しく隕石だ。
「ゼハハハハハハ!!地面が抉れてしもうた!!まあいいわ!!」
土煙から出て来たその天狗は、お腹をポンポン叩きつつ、此方に歩み寄ってきた。
遠目から見ると狸のようだ。
「さてさてお前ら、何しにここに来た?それ次第では、生きて帰すつもりはない」
野太い声を更に野太くさせ、天狗はそう言った。脅しにも近いそれは、アレンの心臓を縮み上がらせた。
「や、やばいんじゃないの…カイル…」
「生きて帰すつもりはない?上等だぁ!!喧嘩なら負けねぇぞぉ!!」
何だかよくわからないが、カイルの闘争心に火が点いたらしく、両目が燃えている。
「ほぅ、小僧。其方は俺様と勝負したいのか?」
「おうよ。人間様の力を舐めんじゃねーぜ?」
「ゼハハハハハハ!!面白いな小僧!!名は?」
「カイル。お前は…名前あんのか?」
「…そうだなぁ。オハダケとでも名乗っておくかなぁ」
「オハダケ?何だその辺鄙な名前は?」
「ふん。知らん。俺様には関係ない」
「うん?名前を名乗ってそれは関係ないって…どういうこった?」
「もういいだろう?それより早速始めよう…ううん!!??」
いきなり、その天狗もといオハダケは、目をいきなり引ん剝いた。まるで何か恐ろしいものでも見たかのように。
「お前さんは…もしや!?」
「え…?」
オハダケの驚愕の瞳の先には__ステラがいた。
「…覚えてないのか?」
「…うん。私、記憶を無くしていて…」
その言葉に、また瞳をぎょっとさせたが、少しして合点したように、なるほど、と呟いた。
「そうか。ならば__」
そこから先は、オハダケは続けなかった。悲しそうな瞳に、ステラを映したまま、暫し固まった。
「なぁ…良ければ話してくれないか?そのあと、スッキリついでにバッチバチに勝負しようぜ?」
「ふん…今はそういう気分でも無くなったわい。それに__俺様からは何も言えん」
「何でだ?」
「俺様はこの扉の番人を今はしとってな。中の事を、何も知らないからだよ」
悲しそうに、オハダケは後ろに控えられた蔦で覆われた古い扉を見た。
「言うならば、俺様が話して得になることは何もない。言っても意味はない」
そして、オハダケはステラの方に首を振った。
「お前さんが見つけてこい。ここの真実を。それが一番良いことだ」
「天狗さん…」
「オハダケでいい。さあ、行け。お前らもとっとと行け!」
「…なるほどな。何となく分かったよ」
カイルは納得したようにオハダケを見上げてこう言った。
「じゃあ俺達が帰ってきた時、今度こそ勝負しようぜ?」
「ふん。好きにせい」
オハダケは鼻を鳴らして、扉の横で胡座で座り始めた。
そして、後ろの腰巻から木で作られた瓢箪を取り上げ、蓋を取った。
そして、それを一気に飲み干し、赤い顔を更に赤らめた。
「いやぁ、酒はやはり美味いのう!」
「くくく…さあて、行きますか!」
カイルが扉の前に立つと、それはゴゴゴゴゴと音を立てて開いていく。
「んじゃな」
カイルは短く挨拶し、中に入っていく。
その次にゼロ、アレンと入っていく。
そしてステラが扉に入る一歩手前で足を止めた。
「ねぇ…オハダケって名前、誰につけて貰ったの?」
「____」
オハダケは何も言わない。否__何も言えないのかもしれない。
「…そっか。言えないのか。しょうがないね。じゃあ、バイバイオハダケ」
「__!!」
その言葉に少し、彼は体を震わせたと__ステラは思った。
ステラはそれに嬉しさを感じて、一歩中に足を踏み入れた。
「__お前さん…大きくなったのぉ」
「__!!」
今度は、ステラが体を震わされた。熱い何かが、ステラの内から溢れてくる。
ステラは何も言わずに中に入っていった。
ゴゴゴゴゴ、と扉が閉まっていく。
その扉が閉まりきった刹那__
「さあて、仕事に行こうかのう」
彼の目は一頻り険しく__奥の暗闇を見つめていた。




