スーパーカブ
「ハ……ハーックション!! ちくしょう風邪でもひいたか?」
眩いネオンが点滅していた。時折空には稲光が煌きゴロゴロと弾けている。生暖かい風が吹き荒れて、気だるい感情をいっそう引き出している。
まだシュウは街中を徘徊していた。その胸中焦れったくてムカムカした感情が渦巻いている。それはなにも天候の為だけではない、生まれ持った野性の勘から生じる感情だ。
なにかが起こりそうな予感がしていた……
もちろんそれは葛城誠と大野朝陽、そして湯田に対して。
不意に後方から単気筒のエキゾーストが鳴り響いた。
それは“HONDAスーパーカブ”。シュウの手前まで進むとおもむろに停車した。
運転していたのは、茶髪をリーゼントに撫で付けた銀色に輝くゴーグルの男。ジーンズにアロハシャツとラフな格好をしている。
「なんだよ蕎麦屋の原チャリって? 自慢の愛車はどうした」
訝しげに視線をくれるシュウ
「馬鹿、こいつはHONDAのカブ。Kawasakiオンリーの俺でも許す世界の名車。……だいたい誰のせいで俺のZⅡ、長期入院してると思ってんだ」
それは沖田一弥だ。
「……そいつは大変だな」
慌てて返すシュウ。一弥の冷たい視線が痛い。
「それよりどうしたんだよ。……おめーがリーゼントなんて戦闘モードバリバリだな」
改めて訊ねた。
静かに空を見上げる一弥。
「これから嵐がくるからな。夏に向かってのな」
そして意味深に答える。
「そうか」
その言葉の意味を汲み取るシュウ。聞かずとも分かっていた。それは駅前の覇権を賭けての、戦争の始まりを意味していることを。
「それとな、今日の昼間、駅前のクラブで悪さしてる小僧を締め上げたんだ」
不意に話題を変える一弥。それをシュウは黙って聞き入る。
「そいつはウチのガッコーの奴だったんだがな。宝仙なんかとつるんでる奴。そいつ妙な情報を漏らしたんだ」
「宝仙って志士の会か?」
「ああ。今夜新杉田の閉鎖してるホテルで葛城と湯田が対決するって情報だ」
愕然となるシュウ。彼の予感は当たっていた。焦れったい感情はその為だった。
しかしそんなこと、シュウには関係ない。
「なんだよ一弥? ……それが俺とどんな関係があるってんだ? 葛城と湯田がタイマンを張る、結構なことじゃんか」
覚めたように返した。
「だが現状は違うんだよ。その実態は葛城を袋にして叩き潰すこと。その為に奴ら、近隣のガッコーの生徒や名高い愚連隊を呼び集めている。その数数十人」
「なんだって? オークのてっぺん決めるのに他校の奴らの介入はご法度だべよ?」
流石に納得出来ぬシュウ。
「湯田達の目的はオークの覇権じゃない。別にあるんだ」
「どう言う意味だ?」
「奴らの目的は葛城誠の首自体。あいつをオークの覇権争いから引き摺り落とすのが目的。……その報酬としてヤクザ組織への就職を斡旋して貰う。これは別の巨大な組織の意図が絡んでいる戦争なんだよ」
一気に吐き捨てる一弥。
その意味にシュウの背筋を寒気が襲う。
「その組織ってどこか分かってんのか?」
「さあ、だがおそらくは関東貴神会の中の組織のひとつ。……奴らは最近若者を使ってあくどい商売を進めてるからな」
一弥の表情が剣を帯びる。虚しい感情がそこにはあった。
「くっ」
咄嗟に走り出すシュウ。細かいわだかまりなどどうでもいい。気持ちが身体を動かした。
その後方から一弥が併走しだす。
「なんだよ一弥、おめーは横浜西口に戻るんだろ? 別方向だべ」
「西口の戦争は“芹沢”や永倉達がいるから遅れても大丈夫だ」
「だけどよ……」
戸惑い言い放つシュウ。その歯がゆい表情を見据える一弥。
「グダグダ抜かすなよシュウ! 貴神会は駅前を中心に違法なドラッグを捌いてんだよ。湯田達が勝つ状況に陥ればその範囲を拡大する事態も予測されるんだ。なにが仁義だ奴ら自身がその仁義に刃向かってやがる。ヤクザなんてクソ食らえだ! 俺としちゃそいつだけは許す訳にはいかねーんだ!!」
熱い思いの丈をぶちまけた。
一弥は元来熱い性格の持ち主。曲がったことが大嫌いで、時には刃物を使ってヤクザにも立ち向かう。それでいて涙もろく、大切な友の為なら人前も憚らず号泣する。それこそが爆弾小僧と渾名される所以だ。
「馬鹿野郎! 送ってくれるなら素直に言えよ!」
シュウの表情が煌く。
「よし全速力で出発だ!」
勇んでその後ろに飛び乗った。
「オウ、しっかり掴まってな!」
こうして走り出すスーパーカブ。
ビカーン! ズバババー! そのすぐ傍に落雷が落ちた。
「うおっ!? なんだよいきなり?」
「……シュウ……まさか?」
次いで降り注ぐ大量の雨。
「馬鹿一弥! スリップしてんぞ!」
「ぐおーーっ! 天候の神が怒ってるーっ!!」
降り出した雨は土砂降りとなり、全ての思いを包み込んでいくのだ__




