前編
一、
「皆さんには、自分を信じることが足りません。いいですか、エジソンもアインシュタインも、皆さんの二倍の大きさの脳みそを持っているわけではありませんでした。彼らのIQが仮に200だったとしても、せいぜい普通の人の二倍くらいの能力に過ぎません。ではなぜ、彼らが偉人であることに対して、皆さんは凡人のままなのか?それは脳の使い方が、大きく違っているからなのです。」
心理学者の大島利信は、興奮の混じった声で、人々にそう呼びかけた。その表情には、単純な興奮だけではなく、自己陶酔の感情も読み取ることができた。都心から少し外れた地域にある、クラシックのコンサートなどにも用いられる大型のホールを埋め尽くしていた聴衆は、息をのんで彼の次の言葉を待っていた。大島が少し間を置くと、ホールは物音一つない静寂に包まれた。
「私は、皆さんに変わって頂きたいのです。私と共に、この世界の矛盾を解消するべく活動して頂くために。そう、今の世の中には、矛盾が満ち溢れています。」
彼がそう言うと、彼が立っているステージの背面にあるスクリーンに、今にも餓死せんばかりに無惨にやせこけた黒人の子供の画像が映し出された。
「私の著書を読んでくださっている皆さんならよくご存知の通り、人類はすでに、80億人の地球人口を十分に支えていけるだけの食料生産能力を有しています。つまり、未だにこのような子供たちが世界に大勢存在するということは、資源が世界中の人々に平等に分配されていないことの証拠以外の、何ものでもありません。そして、今の世界の人々の苦しみの根源を辿っていくと、それらはすべて、ある一つの組織に行き着きます。彼ら‐『名前を呼んではいけないあの人たち』と仮に呼びましょう‐は、各国の政府を影から牛耳り、戦争を引き起こし、憎しみや恐怖など、負の感情を世界中にばらまいています。まるで彼ら自身が、人々の負の感情を食い物にして生きながらえているかのように。」
スクリーンの画像はいつの間にか、先ほどの黒人の子供のものから、不思議なシンボルを描いたものへと変化していた。そのシンボルは、背の低い円錐の上に、その円錐よりも一回り小さな、人差し指を上方に突き立てた人間の手が描かれ、さらにその突き立てられた人差し指の頂点から、四方に光線が広がる様子を描いたものだった。
「皆さんは、このシンボルをよくご存知のことでしょう。『名前を呼んではいけないあの人たち』が崇拝しているシンボルです。このシンボルが描いている通り、彼らは自分たちのことを、『世界を光で照らし出す者たち』と考えているようです。しかし彼らの実態は、そんなものではありません。かつては彼らの一員だった私には、そのことがよくわかります。」
大島はそう言うと、下を向いて「フウ」とため息をついた。そして、ホールの聴衆たちに視線を向けた。まるで、裏切り者がそこにいないかを確かめるかのように。
「拙著にも書いておりますが、私の祖先は、戦国時代から続く武家の家系でした。私の五代前の先祖の泰信は、戊辰戦争で武功を立て、さらにビジネスでも成功を収めた人物でした。佐賀で大島泰信といえば、それなりに名の知られた名士でした。泰信が私の家系の繁栄の礎を築き、その後も私の家系は、多くの成功者を輩出してきました。例えば、私の曽祖父の孝信は、戦前に貴族院の議員まで勤めた人物です。そのような特別な家系に生まれ育った私は、子供のころから普通の人が見聞きしないようなことを、多く見聞してきました。『名前を呼んではいけないあの人たち』の中に混じって得た経験は、その中でも最たるものかもしれません。」
そう言いながら、大島は下を向いて落ち着かない様子でステージ上をグルグルと歩き回っていた。彼は次の瞬間、突如として歩みを止めて、
「・・・もったいぶるようで申し訳ございませんが、私が彼らの中に混じることで知った世界の秘密のすべてを、ここで皆さんにお伝えするわけにはいきません。私が主宰する『大島ラボ』では、そういった内容の講義もさせて頂いておりますが、とにかくそれは、この場ではお話しできません。私も身の安全を守らなければなりませんからね。ただ・・・」
と言葉を一旦切った。聴衆は、固唾を飲んで彼の次の言葉を待った。
「ただ、一つ皆さんに知っていただきたいことは、私が身の危険を犯してまでこのような活動をしている理由は、すでに申し上げました通り、私が皆さん一人一人に変わって欲しいと、強く願っているからだということです。この世界は矛盾に満ち満ちています。そして、その歪んだ仕組みの中で道に迷ってしまう人が増える方が好ましいと考える集団もいるのです。では、この混沌とした世界の中で、皆さんは一体どのように生きれば良いのでしょうか?」
そこまで言って大島は、またわざとらしく間を置いた。まるで、聴衆たちに考える時間を与えているかのようだった。
「一番大切なことは、お金よりも大切なものがあるということを知り、愛に満ちた人生を歩んでいくことです。お金、より具体的に言うと現在の資本主義のシステムこそ、『名前を呼んではいけないあの人たち』が人々を隷従させることができているカラクリなのです。詳しくは、拙著の『あなたはなぜ経済的に束縛されているのか?』をお読み頂ければと思います。目先の金銭に囚われて、資本主義のシステムに乗っている人々が大勢いる限りは、この世の中が変わることはありません。でも、よく考えてください。皆さんが大切に思っている一万円札も、皆さんが『一万円札には、一万円札の価値がある』と思い込んでいるから価値を持っているに過ぎません。そうでなければ、こんなものはただの紙切れなのです。いいですか・・・」
大島はそう言いながら、着ていたスーツのポケットから、徐に一万円札を取り出した。そして、その一万円札を地面に向かって放り投げると、「ドン」と右脚に目いっぱいの力をこめて踏みつけた。それを見た聴衆は、彼が大切な一万円札を踏みつけたことに対する驚きからなのか、彼が一万円札を踏みつける勢いが凄まじかったことに対する驚きからなのか、いずれにせよ、一瞬ざわめいた。
「驚かせてすみません。これは先ほどご紹介した本にも書いたワークなのですが、江戸時代の隠れキリシタンに課された『踏み絵』のように、私たちが日頃から大切に思っている一万円札を踏みつけることにより、お金による心理的な束縛から、私たちの精神を解放するためのものです。もしよろしければ、皆さんもその場でお立ちになって、このワークを実際におやりになってください。今、一万円札がお手元にないならば、千円札でも五千円札でも構いません。これらのお札をお金だとは思わずに、ただの紙切れだと思って、思い切りよく踏みつけることが大事です。」
大島がそう言い終えるや否や、聴衆はほとんど一斉に立ち上がり、会場には次々に地面を踏みつける音が鳴り響いた。その足音は、まるで草原を通り過ぎるバッファローの群れが立てる足音のように、様々な角度から時間差を伴って鳴り響き、それが十秒ほど続いた。その後もまだ、まばらに「ドン」という音が聞こえていたが、大島はそれを意に介さない様子で、
「どうですか?すっきりとしたでしょう。このワークは、お金による束縛から解放されるための、第一歩です。大島ラボでは、このような、皆さんを『名前を呼んではいけないあの人たち』による刷り込みから解放するためのワークを、数多く取り入れています。それらは最終的には、この世界を真によくしていくことができる、目覚めた人、私の言葉で言う『覚者』を一人でも多く作りだしていくことを目的にしています。本日は講演をお聞きいただき、誠にありがとうございました。この講演だけでも、皆さんには多くの、私の本からだけでは得られない気づきがあったことと思います。私の理念に共感し、より学びを深めていきたいという方は、大島ラボのパンフレットを出口でお渡ししますので、そちらへの入会もご検討頂くようにお願いします。」
と、講演を締めくくった。聴衆は、ちょうど立ち上がっていたこともあり、ステージからはけていく大島を、スタンディングオベーションのような形で見送った。
二、
大島の話を引き込まれるようにして聞いていた僕も、立ち上がったまま拍手を続けていた。人生で、こんなに興奮した瞬間はなかったかもしれない。憧れの存在と言っても過言ではない大島から直に話を聞けたという事実と、この場にいない世間の多くの人々が決して共有することがないであろう、この世の真理についての情報に触れることができたという感激に、僕は胸の高鳴りを抑えることができなかった。ひょっとすると、それはドラッグ中毒者が覚える依存性の興奮に近かったのかもしれなかった。僕は、頭の片隅ではうっすらとそのことに気付いてはいたが、努めてその気付きには意識を向けないようにしていた。
「トッシーの話は、本当に人を惹きつけますよね。ひょっとしてあなたは、トッシーの講演に来られたのは初めてですか?」
満面の笑顔で観衆に手を振りながらステージを後にする大島に見入っていた僕は、不意に、右隣りに座っていた若い女性から話しかけられたらしいことに気が付いた。シトラス系の爽やかな香水の香りの方向に顔を向けると、茶髪の前髪を真ん中で分けた、小柄な(身長は150センチそこそこだろうか)女性と目が合った。彼女は小柄ではあったがそのぶん顔も小さく、均整の取れた体形をしていた。小柄であるということが、彼女の醸し出す魅力を打ち消すことはなく、率直に言って美しい部類に、十分に入る容姿だった。
きょとんとした表情の僕を前に、彼女は口元に笑みを浮かべて、
「あっ、驚かせてすみません。私は坂本ゆうと申します。はじめまして。トッシーというのは、大島先生のあだ名なんです。私は大島ラボのメンバーなんですが、そこでは皆、先生のことをこう呼んでいます。親しみを込めて。」
と、弁解するかのように言った。そのときの僕は、大島にそんなあだ名があることを知らなかったし、僕にとっての大島は、本の向こう側の神様のような存在だったから、彼女が笑いながら大島を「トッシー」などと呼んでいることを、素直に受け入れがたかった。が、それと同時に「考えてみれば、本を読んで彼のことを知った気になっていたけれども、ひょっとすると僕は大島利信という人間を、まるで知らなかったのかもしれない」と改めて気が付いた。もしかすると彼も、僕が考えているような完璧な超人、あるいは僕とは身分が違う、天上人のような存在ではなくて、親しみやすい側面を持った、一人の人間なのかもしれない・・・。
僕は、そのとき社会人二年目で、24歳だった。地方で公務員をしていた。自分で言うのも何だが、僕は子供のころから勉強が(ずば抜けて、ではないにせよ)それなりにできた。普通の公立中学の中で、ではあったが、中学生の頃は学年で十番以内の成績を取ったことも、何度かある。高校は地元の進学校に進学し、高校でもそれほど一生懸命に勉強しなくても、まずまずの成績を取ることができていた。大学受験もすんなりと地元の中堅国立大学に合格し、公務員試験も無事に一発で合格することができた。こういうわけだから、そのときの僕は、これといった情熱や個性を持ち合わせていたわけでもないし、何か大きな成果を上げたことがあるわけでもなかった。「あなたはどんな人間ですか?」と聞かれれば、「平凡ではあるが、これといった傷のない人生を生きてきた人間です」と答えたことだろう。
社会人になってからも、他の人より仕事ができないとか、人間関係が上手くいかないとかいう感覚を持つこともなかった。自分でも、自分のことをつまらない人間だと感じることはしばしばあったが、こんな人生も二十年以上にもなると、ある種、開き直りのような境地になっていた。
ちなみに今時は珍しい話ではないのかもしれないが、僕にはそれまでの人生で、女性と付き合った経験が一切なかった。女性に興味がなかったわけではない。人並みに性欲はあったし、将来的には結婚して家庭を持ちたいという感情もなかったわけではなかったのだが、やはり女性に対しても、強引につかみ取りに行く情熱が、湧かなかったのである。
こんな僕が大島の本に引き寄せられるようにハマっていったのは、この講演よりも、さらに一年程前のことだった。社会人一年目で、同じような毎日の繰り返しに辟易していたときに、たまたま本屋にあった「あなたはなぜ、平凡な人生から抜け出せないのか?」という、目につくタイトルの本を手に取ったことがきっかけだった。
そこに書かれていたことは、まさに「目から鱗」、僕の人生観を根本から揺さぶることばかりだった。彼が「名前を呼んではいけないあの人たち」と呼んでいた組織の過去の歴史から、彼らがどのようにして世界に影響を与えているのかということ、さらにはその彼らの影響により、日本の学校ですらも不毛な暗記教育を人々に強要し、そのような教育のシステムにより、人々は創造性や疑いを持つ力を奪われ、学校はいわば「奴隷製造装置」として機能していること、などが非常にわかりやすく、説得力のある文章で書かれていた。
先に述べた通り、僕は出来が悪い方ではなかったにせよ、何事に対しても強い情熱を持つことができずにいた。そして開き直っていたとはいえ、そのことを恥じる気持ちも、ないでもなかった。「でも、これでもとりあえず生きていけているのだから、良いんじゃないだろうか?」そうやって、情熱を持てずに不完全燃焼のままに生きてきた自分に言い訳をしながら、生きてきた。
大島の本には、「私たちに残された時間は多くはないのだ」と繰り返し書かれていた。単純に、生命時間が限られているということもある。しかしそれ以上に、今こうしている間にも、世界には戦争や飢餓で苦しんでいる人たちが大勢いて、彼らを救うために、時間を無駄にしている場合ではないのだ、と書かれていた。実際に、大島はすでに飢餓から一人でも多くの人々を救うために、日本のコンビニで売られているシリアル食品の中で、賞味期限が近づいて店頭に置けなくなったものを大量に安価で買い取り、それを彼が所有しているプライベート・ジェットでアフリカやインドに空輸する、というプロジェクトも立ち上げていたということで、本には問い合わせ先のメールアドレスまで記載されていた。
そのときの僕は、「こんな人が本当に世の中にいたのか」と深く感動した。世の中の多くの人々は、結局自分の人生を生きることで精いっぱいで、大局を見て他人を救うことはまるで頭にないらしい、とは、それまでもずっと感じ続けていたのである。僕の親も、「良い大学を出て、安定した仕事に就くことが一番良いのだ」と信じて疑っていなかったようだったし、他人の苦しみにも、社会の矛盾にも、まったく関心を払っていないようだった。彼らのもとに生まれ落ちた僕も、他に選択肢が与えられてこなかったからそういう価値観に染まった人生を歩んできたのだが、それは同時に「籠の中に飼われた小鳥」のような人生であったことに、疑いの余地はなかった。そして僕は、(そもそもそれほど高い目標を持っていなかったこともあるが)与えられたノルマを、まるで籠に飼われた小鳥が、与えられたエサを滞りなく平らげるかのように、忠実にこなしてきた。
もちろん僕もまったく勉強をしなかったわけではなかったし、多分、世の中には僕よりも努力をしてこなかった人々もいたことだろう。しかしそれでも、自分で「完全燃焼できた」などと思えたことは人生で一度もなかったし、そういうつまらない人生をそこまで歩むことを強要されたという、親を含めた周囲の大人たちや、社会に対する疑念(それは怒りと言っても良かったかもしれない)は、年を経るにつれて膨らむばかりであった。
大島の本には、自分が日頃から感じていた社会に対する疑念に対する答えが、書かれていたように思えた。だからこそ、決して安くない金を払って、こうして講演にまで参加していたのだ。
僕は、坂本ゆうと名乗る女性を、じっと見据えた。彼女の存在は、僕がどこか知らない遠い世界へ行くための手がかりのように思えた。直接的になのか、間接的になのかはわからないにが、少なくとも彼女は、大島利信という人間に係わる「生の」情報を持っていることには、違いないらしいのだ。
「会ったばかりの人間をそう簡単に信用してはいけません」とは誰しもが子供の頃から言われることだが、そのときの僕は、すでにこの場の熱狂を共有し、同じ大島利信というカリスマに魅了された存在として、彼女のことをただの他人とは思えない心境になっていた。それはひょっとすると、有名な「吊り橋効果」のようなものだったのかもしれない。そのときの僕には、彼女の突然の出現は、「渡りに舟」のように思えたのである。
「坂本さんは、大島ラボのメンバーなんですね。実は僕も、大島先生がおっしゃることに共感していて、ラボへの入会を、真剣に考えていたところでした。良かったら、詳しくお話しを聞かせて頂けませんか?」
僕は、自分でも驚くくらいに自然な流れで、このような言葉を発していた。
三、
その日、僕は坂本から大島ラボへの入会の条件や、手続きについて話を聞いた後、連絡先を交換して別れた。坂本から聞いた大島ラボについての話は、なんというか、色々な意味で想像を超えていた。まず面食らったのは、その高額な入会料である。普通のサラリーマンなら全財産をはたかなければ払わないような金額だった。最初にその価格を聞いたときは、「桁を一つ間違えたのではないか?」と思ったくらいだった。
だが、坂本によると、大島には多数の、有名人の友人や知人がいて、大島に付いていくと、そういう彼の友人や知人と直接に話をする機会が得られたり、華やかな世界の裏側(彼女がどういう意図でこの表現を用いたのかは釈然としなかったが)を垣間見れたりするということで、お金を払う価値は十分にある、という話だった。ただ、坂本が知る限りでは、大島ラボの会員といえども、大島から直接に講義や指導を受ける機会はほとんどなく、大島の高弟のような人たちが、多くの会員の指導に当たっているという話だった。
僕は家に帰ってからもう一度、坂本との別れ際に手渡された、大島ラボについてのパンフレットをゆっくりと見返した。やはり、桁を一つ間違えたんじゃないかと思うくらいの、ゼロがたくさん並んだ入会料が、最後のページに記載されていた。
「とてもじゃないが、こんな金額は払えないよな。」
僕は独り言のようにそう呟いた。そして、自室のベッドに横になって天井を見つめながら、「そう言えば坂本も大島ラボの会員だと言うことは、彼女もこの入会料を支払ったということになるな」ということに、ふと思いを馳せた。
件の講演会場でのやり取りで聞いた限りでは、彼女は大学院で臨床心理学を専攻しているという話で、僕と同い年らしかった。ということは、彼女には社会経験がないということになるし、なぜそんな高額な入会料を支払うことができたのか、そこが謎だった。何か、特別な入会料の免除制度でもあるのだろうか?少なくとも坂本は、知性を感じさせる女性だったし、魅力的でもあった。しがない公務員の僕に比べれば、彼女の将来は可能性に満ちていることだろう。ひょっとすると、大学で研究員になるような道も、あるのかもしれない。
僕は目を閉じて、彼女の姿かたちをイメージした。僕の方を真っすぐに見据える、知性があふれる視線や、小柄でありながらも均整の取れた体形や、彼女がその上にまとっていた皺一つない紺のスーツと共に、鼻孔を柔らかく刺激した彼女の香水の匂いまでもがリアルに蘇ってきた。間違いなく、彼女は魅力的だった。
悪徳な商売をしている業者が、若い女性を使って男性に声をかけさせる、という話を聞いたことがあったが、彼女が僕にいきなり声をかけてきたのも、似たような理由によるものだったのではないか?という疑念が、脳裏に浮かんだ。しかし、僕は即座にその考えをかき消した。
僕は自分の意志で会場に行ったわけだし、僕が心を惹かれているのは、坂本ではなく、あくまで大島利信なのだ。僕は自分にそう言い聞かせ、意を決してスマホをつかみ取り、坂本にメッセージを打った。
「やはり、大島ラボに入会させて頂きたいと思います。例の、田中さんという方に会わせてください。」
三日後、僕は指定された都内の高級ホテルのラウンジへと向かっていた。地方に住んでいた僕にとっては、小旅行のようなものだった。摩天楼のジャングルの中をジグザグに歩きながら、僕は田中という人物について、思いを巡らせていた。
坂本によると、その人物は大島ラボのヘッド・カウンセラーの一人であり、坂本にとっては、大島ラボでの直属の上司のようなものだという話だった。ここでいうカウンセラーというのは、大島利信が独自に開発した「大島メソッド」の一つの「夢実現カウンセリング」を一般人に行う資格を持つ人材を指し、ヘッド・カウンセラーは、そういうカウンセラーの中でも数人しかいない、指導者的立場にある人材である。夢実現カウンセリングは、西洋的なカウンセリング理論と、東洋的な瞑想法や哲学を融合したメソッドだそうで、クライアントの深層意識に秘められた本当の願望を導きだし、それをクライアント本人が実現するための援助をしていく、というものらしかった。大島の著書の中でもたびたび言及されていた。
なんでも、夢実現カウンセラーの資格を取るためには、大島ラボの入会料とは別に、それに匹敵する額の認定料を支払わなければならないという話だったが、夢実現カウンセラーの育成は、大島利信本人が行うということだった。それはつまり、夢実現カウンセラーたちは、大島の直弟子ということになる。ヘッド・カウンセラーともなると、高弟と呼んでもよいかもしれない。ちなみに坂本も、田中という人物から夢実現カウンセリングのトレーニングを受けているらしかったが、まだ大島本人からのトレーニングは受けていないとかで、「準カウンセラー」という肩書だということだった。
大島が著書に書いていたカウンセリング技術の中の一つに、クライアントの目線を誘導することで、相手の心を読むというものがあった。例えば、誰しもが考え事をするときに、上を向くことだろう。「目は口ほどにものをいう」とか、「目は心の窓」とかいう言葉まであるように、人間の目の動きは、多くの情報を含んでいる。大島によると、熟達したカウンセラーならば、いくつかの特定の質問を投げかけたときに目線がどのように動くかを観察することで、相手の心理状況を読めるらしかった。
ところですでに述べたように、考え事をするとき人の目線は上を向くようだが、それが左上なのか、右上なのかは個人差があるらしい。一説によると、左上を向く人は右脳優位で直感的に物事を考える人、右上を向く人は左脳優位で論理的に物事を考える人、ということらしい。ちなみに僕は、左上を向く。僕は前述のように「傷がない人生」を送ってきた人間だから、周囲からは堅実で論理的な人間像をイメージされることが多かったのだが、実はかなり直感で生きていた(そう生きることを望んでいた、というべきかもしれない)ところがあった。そうでなかったら、大島の本にのめり込むこともなかっただろう。多分、直感型の人間は、年を取って人生経験のストックが豊富になるまでは、間違えた決断を下してしまうことも多いのだと思う。もっとも、このときの僕は、そんなことを知る由もなかったのだが。
さて、一人物思いにふけりながら、このような機会がなければ決して来ることがないであろう高級ホテルに無事にたどり着いた僕は、やたら広い一階のフロアの人混みの中を抜けて(その日は休日だったこともあってか、ホテルは混雑していた)、目的地のラウンジがある30階まで行く手段を、模索していた。エレベーターが複数あり、どれに乗ればよいか迷ったが、たまたま乗り込んだエレベーターには30階のボタンが付いており、それを見た僕は胸をなでおろした。どうにか十分前には到着できそうだ。
エレベーターの、ドアと向かい合った壁はガラス張りになっており、そこから外の景色を一望することができた。エレベーターが上に上るにつれて小さくなっていく下界の景色を眺めながら、自分が高所恐怖症ではなくて良かった、と思った。高所恐怖症の人は、こんな景観に一秒も耐えられないのではないか。超高層のオフィスビルなど、このホテルのエレベーターと似たような作りになっているエベレーターは世の中に多いと思うが、そういうビルの設計者は、高所恐怖症の人たちの存在を忘れているのではないかと思う。
そのようなことを考えながら、地面を歩く人たちが豆粒ほどにしか見えなくなってきたときに、ふとドアの上方に目をやると、いよいよ目的地の30階が迫っているらしかった。エレベーターを出て左に曲がると、少し距離を隔てた右手側に、多数のテーブルと、それに向かい合うように置かれたソファが置かれたスペースがあった。少し遠方には、バーも見える。どうもこれが、坂本が指定したラウンジらしかった。
前述のようにこの日のホテルは混みあっていたから、このラウンジも、人で埋め尽くされていた。ラウンジの奥の壁は、エレベーターと同じく一面ガラス張りになっていて、そこから心地よい春の日差しが差し込んでいた。そのガラスの壁に面した一角の席に、坂本とサングラスをかけた角刈りの男性が向い合せに座っているのが見えた。坂本は僕と目が合うと、溢れんばかりの笑顔を浮かべて手を振った。




