最終話「六辺勇者」
張り詰めた空気が震える。
そして、勇者特化の飛龍たちが、一斉に動いた。
最初に迎え撃ったのは、ジュジュさんだった。
「……くそっ」
いつもとは違い、軽快さも余裕もない声。
瞬間、鮮やかな幾何学模様が空中に浮かび上がる。
放たれた光線が空を裂き、飛龍へ突き刺さる。
だが——
光は飛龍の体表で、吸い込まれるように消えた。
「またそれか……!」
ジュジュさんが苦々しく呟く。
その直後。
ルミナさんが手を掲げた。
空中に巨大な光の障壁が展開される。
飛龍が放った黒い閃撃を受け止めるための防御壁。
しかし——「パキンッ」と、音を立てて粉砕された。
破片となった光が空中へ散る。
「……っ」
ルミナさんがわずかに目を見開いた。
閃撃はルミナさんよりわずかにずれて地面へと届き、大地を腐敗させる。
その横を、バルフェルド君が駆け抜ける。
空間を泳ぐように進み、飛龍へ突っ込む。
「ぶっ飛べぇぇ!」
雄叫びを上げ、拳を振り上げる。
しかし。
飛龍が翼をはためかせ、凄まじい辻風がバルフェルド君を襲う。
空気そのものが刃となって、進路を叩き潰す。
「うわっ?!」
その風は防御体勢を取ったバルフェルド君を弾き返した。
その瞬間。
ゼルジネさんが地面を蹴った。
空から大口を開けて襲撃する飛龍に対し、鋭い拳を顎へ叩き込む。
「ぬん!」
だが——「ゴンッ」と、鈍い音が響いた。
「……硬いのぉ」
ゼルジネさんが眉をひそめる。
鱗に弾かれた拳を素早く引き、もう一方の拳を振り上げる。
だが、その拳を振るう前に飛龍が翼を打ちつけた。
両腕で防御したゼルジネさんは、地面へ向け吹き飛ばされる。
地面に激突する直前、ふわりと体勢を整えて着地する。
その攻防が終わった刹那、ルノーさんが剣を振るう。
飛龍の身体に漆黒の影が広がった。
そして、闇が包み込む。
しかし——飛龍が咆哮した。
衝撃波が空気を震わせ、影が霧のように吹き散らされる。
「……チッ」
ルノーさんが舌打ちする。
私は、思わず息を詰めた。
全ての飛龍の身体には魔力の鎧が纏われ、リンの力も対策されている。
勇者の力を弾く、異質な防御。
相手を変えようとしても、飛龍は執拗に同じ勇者を狙う。
その時。
一体の飛龍がリンへ急降下した。
雷の鎧を纏う、時の勇者に特化した飛龍。
それを目にしたウィズさんが、即座に前へ踏み出していた。
振り抜かれた拳が、飛龍の顎へ直撃する。
だが——「バチッ」と、雷が迸った。
「ぐっ……!」
ウィズさんの拳が焼ける。
皮膚が焦げる匂いが鼻腔を衝く。
私は歯を食いしばる。
……今は他の飛龍を冒険者たちが抑え込めているが、時間の問題だ。
消耗したこの状況で、いつまでも耐えられはしない。
——このままじゃまずい。
そんな中——レファナさんが、リンの肩へ手を置いた。
そっと、リンを後ろへ遠ざける。
そして、私からも体を離した。
「おかあさん……?」
自らを見上げるリンにレファナさんは答えず、私に顔を向けた。
「ユーフィリアちゃん。リンをお願いね」
私は息を止めた。
それは、未来を託そうとする人の声だった。
「……なにか勝機があるんですか」
レファナさんが曖昧に微笑む。
その表情を見て、私は確信した。
「力があるんですよね? なにか、特別な」
レファナさんの目が見開かれる。
「ザビア公爵の記憶の一部が、不自然に歪んでいました。それが、レファナさんの力の代償……違いますか?」
私の言葉に、レファナさんが苦笑した。
「……よくわかったわね」
そして、静かに言った。
「わたしの力は、相手の時間を止めること。代償は——存在の消滅」
私は息を呑んだ。
「あの男には通用しなかったけど……でも、この飛龍なら相手にできる」
リンが、レファナさんの裾を掴む。
……「行かないで」と、そう言うように。
「……リン」
レファナさんが諭すように名前を呼ぶ。
その優しい声音にリンは俯き——
そして、ゆっくりと手を離した。
その姿を見て、胸が締め付けられる。
やっと会えたのに。
すぐお別れなんて……そんなの——
「だめです!」
思わず叫んでいた。
「あなたは、もっとリンと一緒にいなきゃいけないんです!」
必ず、方法はある……!
この危機を乗り越える力が、あるはずなんだ……!
——考えろ。
それぞれの勇者の力に特化した、飛龍。
相手を入れ替えることは叶わない。
勇者の力が、通用しない。
……でも、本当に?
『世界が危機に瀕すると、新たな勇者が生まれる』
『勇者は、世界の盾。人々を助けるために生まれ、人々を守るために戦う存在』
頭の中に、情報が浮かぶ。
リンは、時間を巻き戻した。
”時の勇者”の力は、時間を止めること。
その力だけでは、時間遡行はできないはず。
ジュジュさんは、ルノーさんの技だけは模倣して使える。
他の勇者の力は模倣できないのに、”影”の力だけは使うことができる。
孤児院で読んだ絵本。
”炎の勇者は空を舞い敵を焦がし”
”癒の勇者は人々を護り病を癒した”
そして——
六辺勇者という名前と、リンの手の甲に浮かぶ六角形の紋章。
”六点”じゃない。
”六角”でもない。
——”六辺”である理由。
頂点をつなぐ、『辺』である理由。
——私は、叫ぶ。
「六辺勇者のみなさん!」
全員の視線が集まる。
「あなたたちの力は一つじゃない!」
喉に痛みが走るほど、強く、大きく叫ぶ。
「六角形の頂点にある、隣り合う力を引き出せる!」
段々と、勇者達の顔に理解の色が浮かぶ。
「力は時を! 巧は影を! ——時は空を!」
ゼルジネさんが、にやりと笑った。
「……なるほど」
呟いて、拳を握る。
「じゃからわしらは『辺』なのか」
その瞬間——ドクン、と地脈が波打つ。
それに呼応するように、勇者たちの手の甲に六角形の紋章が浮かび上がった。
「すげぇ……力が湧いてくる!」
バルフェルド君が目を見開き、自らの体を見下ろしてそう言った。
他の勇者たちも、同じように目を見開いている。
そして、それぞれの紋章の一辺が、光り輝く。
今度初めに動いたのは、ゼルジネさんだった。
力強く飛龍へ踏み込んだゼルジネさんは、拳を飛龍の体へ叩き込む。
それは一撃でとどまらず——二撃、三撃、四撃と続く。
一瞬の間もなく、同一点へ叩き込まれた瞬間——
飛龍の身体が弾け飛び、血飛沫の雨を降らせた。
ルミナさんが手を掲げる。
正面にいる飛龍の身体が、淡く光に包まれた後——飛龍が内側から崩壊した。
体内から光が漏れ出し、その身体が砂のように崩れ落ちる。
ルノーさんの影が空中に広がる。
飛龍はルノーさんに対し、白い閃撃を放った。
だが、空中に展開された影はその攻撃を丸ごと飲み込んだ。
ジュジュさんがスキルを発動する。
色鮮やかな光の中に、漆黒の闇が混ざる。
先ほどは吸い込まれた光だが、一筋の闇が飛龍の体を貫いた。
バルフェルド君が突っ込む。
飛龍が生み出した辻風は——しかし。
バルフェルド君が発動したスキルに切り裂かれた。
止まることなく直進し、飛龍を殴り飛ばした。
勇者特化の飛龍が、次々に堕ちていく。
残るは、リンに特化した——おそらく、停止世界に存在できる飛龍。
でも——
「リンとレファナさん……二人なら、勝てますよね」
停止世界に存在するのなら——レファナさんも攻撃できるということ。
にやりと笑った私に、二人も笑って答えた。
「……そうね」
「任せて……ユフィ」
二人が雷を纏う飛龍を見据え、剣を構えた。
そして——二人の姿が、かき消える。
直後、銀色の一閃が二本。
寸分違わぬタイミングで、飛龍の体を迸った。
音もなく、飛龍の身体がずれ落ちる。
そして——地面に斃れた。
その光景に、冒険者たちが武器を握り直す。
ウィズさんが、叫んだ。
「続けぇぇええ!!」
その声に。
戦場が、雄叫びで満ちた。
◆ ◆ ◆
遠く離れた場所。
光の届かない、静かな部屋。
そこには、一人の男が座っていた。
隣には空の硝子筒。
目の前には、大きな鏡。
そこに映っていたのは——王都の戦場。
飛龍が堕ちていく光景。
勇者たちの力。
そして、六角形に輝く紋章。
やがて映像は、ふっと消えた。
男は背もたれに体を預ける。
そして——わずかに口元を歪めた。
「ふむ……」
静かな声が、部屋に響く。
「今代も、到達できなかったか」
指先で、机を軽く叩く。
カツ、カツ、と乾いた音が鳴る。
「まさか、六辺勇者の力にもう一段上があったとは」
男は呟き、目を細める。
その瞳には、苛立ちも悔しさもない。
——ただ純粋な興味だけが浮かんでいた。
「面白い」
口元を、大きく不気味に歪ませる。
「やはりゲームとはこうでなくては」
男は椅子をゆっくりと回し、背後の壁を見た。
そこには、無数の魔法陣が刻まれていた。
幾層にも重なる、複雑な構造。
長い年月をかけて組み上げられたもの。
「さて……」
男は目を閉じる。
そして仰ぐように顔を上に向け、指を組み、静かに呟く。
「次代に向け、プランを組み直すとしよう」
——男は、心底楽しそうに笑っていた。




