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第三十四話「今度こそは、みんなで」

 朝。


 少し前に六人の勇者とウィズさんが最上階へ向かっていくのを見送った私は、執務区画で仕事をしていた。

 机の上へ視線を落とし、ペンを走らせる。


 その時だった。

 階段の方が、にわかに騒がしくなる。


 ……なんだろう。


 私は顔を上げ、振り返る。

 ちょうどその瞬間、廊下の角から銀色の少女が姿を現した。


「リン?」


 思わず立ち上がると、私を見つけたリンと視線が交わる。


 その瞬間。

 リンは一目散にこちらへ駆け寄ると——私の胸に飛び込んできた。


「おっ、と……」


 勢いに押され、そのまま椅子に腰掛ける。


「どうした、の——」


 言葉が、途切れた。

 ——リンが、泣いていた。


「リン?!」


 突然の出来事にどうしていいかわからず、私は両腕を彷徨わせる。

 だが——


「ユフィ……ユフィ……」


 震える声で名前を呼ぶリンを、私は気づけば抱きしめていた。


「……大丈夫だよ。ここにいるよ」


 耳元で、何度も囁く。


「大丈夫……大丈夫」


 背中を、ゆっくり撫でる。

 しばらくして、リンの震えが少しずつ落ち着いていった。


 気づけば、ウィズさんと他の勇者たちが心配そうな顔で私たちの周りに立っていた。

 それを確認してから、私はリンへ声をかけた。


「どうしたの? リン」


 できるだけ穏やかに問いかける。

 リンは泣き腫れた目を伏せて、少しだけ迷うように息を吐く。


 そして、ぽつりと言った。


「……未来、から……戻って、きた……」


 その言葉に、ウィズさんたちが大きく目を見開く。


「どうして、戻ってきたの?」


 リンが、小さく息を吸う。


「……王都、が……襲われた、から……」


 その表情には、まだ怯えが残っていた。

 私は胸が締め付けられる。


 少しでも和らげてあげたくて、リンの頭を優しく撫でた。

 柔らかな銀髪を、指で梳く。


 すると、リンの肩の力がほんの少し抜けた気がした。


「信じられない……かも、しれないけど……」


 眉を寄せて言うリンに、私は微笑んで答える。


「そんなことない」

「……信じる、の?」


 リンが少し顔を上げ、私を見つめる。


「当然でしょ?」


 私は、真っ直ぐにリンを見つめ返す。


「だって、リンの言うことだもん」


 その言葉に、リンは少し目を見開いた。

 そして——嬉しそうに微笑む。


「ありがとう……ユフィ」


 リンは再び、私の胸に顔をうずめた。

 私はその頭を、優しく撫でる。


 少ししてから、私は顔を上げウィズさんを見た。


「……ウィズさん。リンは、氷高流山に向かう予定なんですよね」

「そうだ」


 ウィズさんが頷く。

 私はリンへと視線を戻した。


「リン。氷高流山に、違和感はあった?」

「……飛龍ドラゴン……いなかった」

「……なら」


 私はもう一度ウィズさんを見上げる。


「氷高流山は、罠の可能性が高いです」

「どういう意味かね」


 私はリンの頭をもう一度撫でてから、説明を始めた。


「黒幕はおそらく、勇者を二手に分けさせることを誘導しています。氷高流山に勇者を向かわせる判断は、黒幕側が示した情報から決定したものです」

「……つまり、氷高流山の異常は餌だと?」


 私は首肯する。


「リンの情報とも、整合性が取れます」

「なるほど……」


 ウィズさんが顎に手を当てる。


「……なので、黒幕の誘導を逆手に取りましょう」


 その言葉に、ウィズさんが興味深そうに眉を動かす。


「と、言うと?」


 私は視線を動かす。


 ジュジュさん。

 そして、ルノーさんへ。


「ジュジュさん、ルノーさん。ひとつ、お聞きしてもいいですか?」


◇ ◇ ◇


 私の提案を聞き、勇者たちとウィズさんはそれぞれの役割のため動き出していった。

 ここに残ったのは、リンだけ。


 リンはまだ、私の体に手を回して私の上に座っていたけれど——でも、リンにもやらなければいけないことがある。


「リン」


 小さくそう呼ぶと、リンは名残惜しそうな表情を見せつつも、ゆっくりと立ち上がった。

 その時ふと、リンの左手が目に入る。


「あれ、その手の甲……」


 リンの手の甲には、見覚えのない紋章が浮かんでいた。


 六角形の形をした、不思議な紋章。


「これ……未来、で……浮かび上がった」

「……そうなんだ」


 私は少しだけ目を細める。


 それが何なのかわからない。

 でも、未来から戻る時に現れたのなら、きっと意味がある。


「……ところでさ」


 私はリンを見る。


「時間の巻き戻しって、一回きりだよね。きっと」


 リンは少し考えてから、こくりと頷いた。


「……うん」


 仮に何度でも巻き戻せるとしたら、その大きすぎる力には必ず代償が存在してしまうだろう。

 でも、一度きりだと言うのなら、それが代償である可能性が高い。


 少し、安心した。


 そして、私は一度視線を落として逡巡する。

 ……聞くべきか、迷う。


 でも、結局私は口を開いた。


「……リン」


 リンが私を見る。


「もしかして、未来の私は……死んじゃったの?」


 その瞬間、リンの目が大きく見開かれた。

 言葉が出ないかのように、唇がわずかに震える。


 そして——

 苦しそうに、ゆっくりと頷いた。


 私は小さく息を吐く。


「……そっか」


 胸の奥が、少しだけ重くなる。

 表情が、自然と沈んでしまった。


 リンの顔が、強く歪む。


「悲しませちゃったよね。ごめん……」


 その言葉に、リンがまた目を見開く。

 そして、少しの間だけ固まった後——ゆっくりと目を細め、ほんのわずかに口元を緩めた。


「今度こそは、みんなで生き残ろう!」

「うん……!」


◇ ◇ ◇


 それから少しして。


 冒険者ギルドから、一台の馬車が走り出した。

 御者は顔を深く隠し、荷台には三つの人影。

 馬車は氷高流山の方角へと進み、やがて小さくなっていった。


 私はギルドの入口前でそれを見送る。

 そして踵を返し、ギルドの中へ戻った。


 執務区画に入り、自分の机の上に書類を広げた。


 そして——時間が過ぎる。


 やがて、昼前。

 ギルドの入り口から二人の人物が入ってきた。


 髭面の男性と、可愛らしい女性。

 二人はまっすぐにウィズさんの元へ向かう。


「お久しぶりです、ウィズさん」


 そう言って挨拶をする。


 ——その直後。

 「パキッ」と何かが割れるような音が幾度も響いた。


 職員たちが窓を、その先の空を見上げる。

 そこでは、無数の裂け目が空を覆っていた。


 窓の外を見上げたウィズさんは、だが——

 慌てる様子もなく、堂々とした足取りでロビーの方へと歩を進める。


 その途中、ちらりと私に視線を投げた。

 私は、一つ頷く。


「行ってくるね」

「……はい。ご武運を」


 隣のメイに声をかけ、ウィズさんの後を追う。


 ウィズさんはロビーに足を踏み入れると、声を張り上げた。


「総員、戦闘準備!」


 その声が、ギルド中に響く。


「さて、やったるかの」

「ご加護が在らんことを」


 まず、ゼルジネさんとルミナさんが動いた。

 二人は真っ先に外へ出る。


 続いて、招集に応じていた冒険者たちが次々にギルドを飛び出していく。


 そして——ロビーに人影がなくなった頃。

 その場所に、ぼんやりと四つの影が落ちた。


 次の瞬間、そこに現れたのは——

 ルノーさん。

 ジュジュさん。

 バルフェルド君。

 そして、リン。


「作戦大成功?!」


 ジュジュさんが私を見てにやりと笑う。


 氷高流山へ向かった馬車は、フェイク。

 そしてルノーさんとジュジュさんが、隠密のスキルを自分たちとバルフェルド君、リンにかけて、襲撃のこの瞬間まで完全に身を潜めていたのだ。


 これで、黒幕の監視を潜り抜けた。

 勇者を分散させず、全員で迎え撃つ。


 それが、私の提案した作戦だった。


 四人の勇者が、私を見てそれぞれ頷く。

 ジュジュさんはぐっと親指を立てながら。

 ルノーさんは静かに。

 バルフェルド君は笑って。

 そしてリンも、力強く。


 四人は、ギルドの外へと向かう。


「総力戦だ」


 それを見届けたウィズさんがそう呟くと、私を見た。


「ユーフィリア君。君の頭脳が、必要だ」

「……はい!」


 私は強く頷く。


「護衛には、私がつこう」


 そう言って、ウィズさんが歩き出す。

 私も、ギルドの外へ出た。


 ——そして。

 その光景を見た瞬間、息が止まりそうになった。


 数多くの飛龍が、地面を、そして空を支配していた。


 異様な光景の圧力に、思わず足が止まりそうになる。

 私は無意識に、右手のブレスレットに触れていた。


 銀色の金属のひんやりとした感触が、心を落ち着かせてくれる。


 飛龍たちはこちらをじっと見ている。

 まるで、命令を待っているかのように。


「……不気味だな」


 ウィズさんが小さく呟く。

 だが、すぐに表情を引き締めると、再度声を張り上げた。


「これは、未来を救う聖戦である!」


 その声は風に乗り、戦う者たちへ届く。


「我々は立ち向かわなければならない! この地に住む人々のため——ひいては、自らと自らの守るべきもののために!」


 みなの胸に、確かな火が灯る。


「総員、戦闘——」


 その瞬間——「パキッ」と、また空間が割れる音が響いた。

 新たな裂け目が、上空に出現する。


 その裂け目から——一つの人影が現れた。


「そんな……」


 その見覚えのある人物に、私は思わず声を漏らす。


 煌めく銀色の髪。

 鋭い瑠璃色の瞳。

 ただ一つ違うのは、胸元に浮かぶ赤い刻印。


 その人物は、音もなく地面に降り立つ。

 そして、感情の読めない目でただ一点——リンだけを、真っ直ぐに見据えた。


「……おかあ、さん」


 リンが、ぽつりと呟いた。


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