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第三十一話「ご褒美」

 翌日。

 よく晴れた昼前の空の下。


 出かける準備を終えた私とリンは、商業区画へ向かって歩いていた。


 私は、以前メイとユウに手伝ってもらって選んだ淡い色のシャツとすらっとしたパンツに身を包んでいる。

 普段よりも少しだけ整えた格好だ。


 そして、隣を歩くリン。

 今日は珍しく、可愛いというよりも——綺麗、という印象だった。


 白に近い淡い灰色のシャツ。

 細身の黒いパンツ。

 足元は、動きやすそうな短めのブーツ。


 全体的にすっきりとした服装だ。

 長い銀髪も今日は軽くまとめていて、いつもより少し大人びて見える。


 初めて見る服だけど、相変わらず何を着ても様になる。


 ……でも。

 勘違いかもしれないけれど。


「……ねえ、リン」

「なに?」


 リンが私を見て、小首を傾げた。


「その服装、さ……もしかして、私に合わせてくれた?」


 遠慮がちに尋ねると、リンは少し頬を染めて、こくりと頷いた。


「……うん。せっかく、の……デートだし」


 そう言うと、リンはわずかに私を見上げる。


「昨日……帰り道、に……買ってみた、けど……似合って、ない……?」


 不安そうに聞くリンに、私は勢いよく首を横に振った。


「そんなことない! すっごく似合ってるよ!」


 としか言えない、語彙力のない自分に腹が立つくらいだ。

 本当は、もっと色々言いたいのに。


 私の反応に、リンは安心したように表情を和らげた。


「よかった……ユフィ、も……綺麗だよ」


 リンがふわりと笑う。

 その姿に、私の心臓がどくんと強く鳴った。


「……ありがとう」


 でも、もう慌てたりしない。

 気取らず、飾らず、ありのままでいいことを、私はもう知っているから。


「リンは、今日どこか行きたいところはある?」


 そう聞くと、リンは考えるように視線を上げた。

 そして——


「……考えて、なかった」


 私はくすりと笑ってしまう。

 だって、それはつまり。

 私と一緒にいることを、一番に考えてくれていたってことだから。


「じゃあ、お昼には少し早いけど屋台の方行ってみよっか」


 リンがこくりと頷く。

 その瞬間、私はリンの手を取った。


 リンの目が、ぱちりと大きく見開かれる。

 でも——リンは何も言わず、そっと握り返してくれた。


 手のひらから、体温が伝わってくる。

 顔は、少し熱い。

 けれど——それが、なんだかとても心地よかった。


◇ ◇ ◇


「色んな、もの……売ってる」


 リンがきょろきょろと周囲を見渡す。


 私たちが歩いているのは、商業区画の中でも特に賑やかな通り。

 通称「屋台通り」。


 通りの両脇には小さな屋台がずらりと並び、甘い匂いや香ばしい匂いがあちこちから漂ってきている。


「何か食べたいものある?」


 そう聞くと、リンはわずかに逡巡した後、


「……甘い、もの」


 そう答えた。

 私は少し考えてから、ある屋台へと向かう。


 ギルドで働いていた時に、よく通ってたクレープ屋だ。


 お店に近づくと、屋台の奥にいた女店主がこちらを見てぱっと顔を明るくした。


「おや、ユーフィリアちゃんじゃないかい!」

「お久しぶりです」


 私は軽く頭を下げる。


「めっきり来てくれなくなったから、寂しかったんだよ!」


 腕を組んで大げさに言う店主に、私は苦笑する。


「少し王都を離れてて。最近戻ってきたんです」

「そうだったのかい。どおりでね」


 店主は何度か頷くと、ふとリンの方へと視線を向けた。


「ところで、そちらのお嬢ちゃんは……もしかして、時の勇者さまかい?」


 リンは少しだけ目を瞬かせて、それからぺこりと頭を下げる。


「はじめ、まして……リン、です」


 その答えを聞き、店主は笑顔を大きく浮かべる。


「聞いたよ! 夢幻洞窟の異変を、取り除いてくれたんだろ?」


 店主は嬉しそうに続ける。


「北の都はアタシのふるさとでね。大規模調査の話を聞いた時は、怖かったもんさ。なんせ、国が関わるほどのことだろう?」


 少しだけ、店主は眉を寄せた。

 でもすぐに、にかっと笑う。


「でも、あんたらのお陰でもう安心さ。ありがとうね」


 屈託なく告げられたお礼に、リンは少し恥ずかしそうに視線を下げる。

 でも、その口元は嬉しそうに緩んでいた。

 そして、小さく頷く。


「よっし!」


 店主が、ぱんと手を叩く。


「故郷を助けてくれた勇者さまと、連れてきてくれた常連さんにはとんとサービスしてあげないとね。ほら、何頼むんだい?」


 そう言って腕をまくる店主に注文を告げる。


「私は、いつものいちごクリームを」

「わたし、も……同じの」

「はいよ!」


 店主がくるりと振り返る。


 生地を広げ、焼き、クリームを乗せて、苺を並べる。

 その手際は、まるで魔法のように早かった。


「はい! 完成したよ」


 差し出されたクレープを受け取る。


「おっきい……」


 リンがぽつりと呟く。


 両手で持たないといけないくらいのサイズだ。

 こんなに大きいのは初めて見た。


「ありがとうございます」

「いいのさ、お礼なんてね」


 お代を渡して、私たちは近くのベンチに座った。


 リンが、精一杯大きな口を開けて一口かじる。

 そして——ぱっと、目を輝かせた。


「おいしい……!」


 そのままの勢いで、リンは目を細めてもう一口頬張る。

 その姿に、私は思わず笑ってしまう。


「口、ついてるよ」


 リンの口元に、クリームが少し付いていた。

 私は指でそれを取って、そのまま自分の口に運ぶ。

 ……甘い。


「……ありがと」


 リンが少し恥ずかしそうに呟く。

 私は小さく微笑んだ。


 それから、自分のクレープも一口頬張る。

 ……それにしても、苺の量すごいな。


◇ ◇ ◇


 クレープを食べ終え、私たちは屋台通りから一本外れた道を歩いていた。

 さっきまでの賑やかな通りとは違い、こちらは少し落ち着いた雰囲気だ。


 特にあてがあるわけでもなく、食後の運動もかねて歩いていると、不意に声をかけられる。


「すみません。今こんなキャンペーンをやっているんですが、ご興味ありませんか?」


 声の方を向くと、きちんとした身なりの店員さんが立っていた。

 差し出された紙には、大きくこう書かれている。


 ——気持ちを込めた贈り合いを。


「大切な方へアクセサリーを贈り合っていただいて、身につけたお姿を写真に収めていただくものとなっております」


 私は、ちらりとリンを見る。

 リンは——目をきらきらさせていた。


 ……これはもう、聞くまでもないな。


「ご案内お願いしてもいいですか?」

「ありがとうございます!」


 店員さんは嬉しそうに頭を下げ、私たちの少し先を歩き出す。


 そうして案内されたのは、通り沿いにあるジュエリーショップだった。

 中に入ると、ガラスケースの中に様々なアクセサリーが並べられている。


「アクセサリーのご希望はございますか?」


 そう問われ、私は少し考える。


 リンのことを考えると、戦闘の時に邪魔になりにくいピアスとかがいいのかな。


 そう思いながら、リンの方を見る。


「何がいい?」


 リンは少しだけ考えて、それから答えた。


「……ブレスレット」


 その答えに、少し目を見開く。


「戦う時、邪魔にならない?」


 そう聞くと、リンは小さく首を振る。


「……うん。それ、よりも」


 そして、私を見上げた。


「戦ってる、時……見える方が、いい」

「……そっか」


 私は思わず微笑んだ。


「ブレスレットをお願いします」

「かしこまりました」


 店員さんに案内され、ブレスレットのコーナーへ向かう。

 そこには、たくさんの種類と色のものが並んでいた。


「冒険者の方でしたら、やはりバングルがおすすめですね」


 細くて軽く、しかも頑丈な素材が使われているらしい。

 なるほど。


「これが……いい」


 リンが指差したのは、シンプルな細いバングルだった。


「色はどうする?」


 そう聞くと、リンは迷わず答えた。


「紺色……に、する」


 それは、前に言っていたリンが好きな色。

 ——私の、瞳の色。


「……じゃあ、私は——」


 瑠璃色で。


 そう言いかけて、私は口を閉じた。


 その色は……ダメだ。

 理由はわからないけれど、なぜかそう思った。


「ユフィ?」


 リンに呼ばれて、私はハッと我に返る。


「……私は……」


 そう言って、銀色のバングルを手に取った。


「それに……するの?」

「……うん。やっぱり、リンといえばこの色だから」


 店員さんにそれぞれの色を伝える。


 リンは銀色を。

 私は紺色を。


 そして、互いにそれを贈り合った。


 私は、リンの左腕に。

 リンは、私の右腕に。


 順番に、そっと手首にはめ合うと——カチリと小さな音が鳴った。


 腕に収まった銀色のブレスレットが、光を受けてきらきらと淡く反射する。

 それを見ていると、胸の奥がぽかぽかと温かくなった。


 リンも自分の腕を見つめて、小さく微笑んでいる。


「お二人とも、とてもよくお似合いです!」


 店員さんがにこやかに言う。


「ありがとうございます」


 私たちは店員さんに案内され、店の前へ出た。


「撮りますよー。笑ってください!」


 カメラを構えた店員さんが言う。


 私とリンは一度視線を交わすと、カメラに向き直って微笑んだ。


◇ ◇ ◇


 それからは商業区画をゆっくり歩いて回った。


 服を見たり、小物を見たり。

 リンの装備も少し見て回ったりしているうちに、気づけば日がすっかり傾いていた。


 石畳の通りが、夕焼けの色に染まり始めている。

 

 その光景を見て、私はふと思い出した。


「……リン」


 隣を歩くリンに声をかける。


「前に教えてくれたあの場所、また連れて行ってくれない?」


 リンは少しだけ目を瞬かせて、それからこくりと頷いた。


「……手、掴んでも……いい?」

「もちろん」


 そう答えると、リンは私の手をそっと取った。

 そのまま手を引かれて、私たちは商業区画を抜けていく。


 石造りの階段を上り、細い坂道を進む。


 少し息が上がる頃。

 視界が、ふっと開ける。


 あの場所だ。


 以前、リンが連れてきてくれたところ。

 王都を一望できる、小高い場所。


「……わぁ」


 つい、声が漏れた。


 相変わらず、そこから見える景色は息を呑むほど綺麗だった。

 茜色の光が王都全体を染め上げている。


 屋根も、塔も、通りも。

 すべてが同じ色に包まれて、まるで一つの大きな景色のようになっていた。


「綺麗だね」


 私は景色を眺めながら、隣のリンへ呟く。


 でも——

 リンは、何も言わなかった。


「……どうしたの?」


 不思議に思って、私はリンの方へと顔を向ける。

 私と目が合ったリンは、ハッとしたように何度か瞬きをした。


「……なんでも、ない」

「……そう?」


 ブレスレットを触りながらそう答えたリンに、私は小さく首を傾げながらも、それ以上は聞かなかった。


 再び、景色へ視線を戻す。

 沈みゆく太陽が、最後の光を街へと落としていた。


◆ ◆ ◆


 翌日。

 ウィズさんから、一通の知らせが届いた。


 内容は、簡潔だった。


 『新たな地点で、事象が発生しないという異常が確認された』


 場所は——氷高流山。

 そこはかつて、レファナさんが飛龍ドラゴンをソロ討伐した場所。

 そして現在も、飛龍の生息が確認されている山。


 この状況から、一つの可能性が浮上した。


 ——黒幕が、飛龍を操る可能性。


 もしそれが可能なら、黒幕に利用される前に討伐する必要がある。

 そのため、冒険者ギルドは討伐隊の編成を決定した。


 その中には——当然、リンの名前が挙げられていた。


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