表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/40

第二十三話「覚悟」

 公爵邸へ、私は地面を蹴って駆ける。

 息は上がり、肺が焼けるように熱い。


 ——リン。


 顔を見て、ちゃんと話したい。

 傷つけてごめんって。

 本心じゃなかったって。

 ——リンと一緒にいたいって……会って、そう伝えたい。


「リン……!」


 その時、私はふと通信石に手をかけた。


 リンが今、それを身につけているかはわからない。

 それでも——早く、リンの声が聞きたくて。


「リン!」


 わずかな沈黙。

 ……それから、掠れた声が返る。


『……ユフィ?』


 胸が、跳ねた。

 それと同時、前方に三人の人影が目に入った。


 リン。

 そして、グラス公爵夫妻。


 通信石越しに、はっきりと老婦人の声が聞こえた。


『冒険者なんて野蛮で危険なことはやめて。我が家に帰ることが、リンちゃんにとって一番幸せなんだから』


 甘く、包み込むような声音。


『もう、無理しなくていいんだよ』


 その言葉に、私の中で何かが弾けた。


 勝手な憶測で、勝手に憐れんで……

 ふざけるな……!


「あの!」


 声が、思ったより大きく出た。

 三人が同時に振り返る。


 私は膝に手をつき、肩で息をしていた。

 それでも、顔だけは下を向かない。


 真っ直ぐ、三人を見据える。


「冒険者になることは……リンが、選んだことです。勝手な同情で……リンのこれまでを、否定しないでください」


 息を整えながら、私は言葉を伝える。


 空気が、ぴんと張った。


 でも、視線は逸らさない。

 言葉も——止めない。


「それと、将来のことは心配せずとも大丈夫です」


 そう言いながら、私は数歩、前に出て——


 ぐいっと、リンを抱き寄せた。


「リンのことは、私が必ず幸せにするので」


 セイナ夫人が、呆気にとられたように目を見開く。


 リンが、腕の中から私を見上げる。


「……ユフィ?」


 奥が揺れているリンの瞳に、私の胸が痛む。


「……リン。酷いこと言って、ごめん。逃げてごめん……傷つけて、ごめん」


 リンは、私の言葉に首を横に振ってくれる。

 それでも——私は続ける。


「私は、もう逃げない。もう迷わない」


 自然と、腕に力が込もる。


「私は——リンと、一緒にいたい」


 目を逸らさずに、問いかける。


「リン……私と、一緒にいてくれる?」


 リンが、唇を震わせる。


 その時、セイナ夫人が口を開いた。


「あなた、何を——」

「セイナ」


 だが、低い声が遮った。


「これは、我らが決めることではない」


 ——ザビア・グラス公爵。

 威厳が宿るその瞳が、リンを射抜く。

 そして、問いかける。


「リン。お前は、どうしたい」


 抱き寄せた腕の中で、リンの身体がわずかに震える。

 私の服を掴む指が、ぎゅっと強くなる。

 それでも——リンは、顔を上げた。


「……わたし、は……ユフィと……一緒に、いたい」


 その場に、静かな風が吹いた。

 公爵は目を閉じ——


「……そうか」


 ひとつ、そう呟いた。

 そして、ゆっくりと目を開く。


「その道は、こちらの道よりも険しい部分も多いだろう。命の危険も、多分にある」


 その視線は、心の奥を見透かすような強さを孕んでいた。


「それでも、覚悟があるのだな?」


 リンは視線を逸らさずに、確かに頷いた。


「はい」


 それを確認すると、公爵は次に私へ顔を向けた。


「それと、そちらのお嬢さん」


 鋭い視線が、私を射抜く。


「名は?」

「ユーフィリアです」


 私は背筋を伸ばし、逃げずに視線を返す。


 公爵は、ゆっくりと口を開く。


「ユーフィリア君。君もそこまで言うのなら、当然覚悟があるのだな?」

「もちろんです」


 その答えに、公爵が静かに私の瞳の奥を覗く。

 すると——口元がわずかに緩んだ。


 そして、次の瞬間——

 公爵が、深く、最敬礼を行なった。


「Aランク冒険者リン殿。並びに、ユーフィリア殿」


 公爵は威容に満ちた姿で続ける。


「グラス公爵の名において依頼する。我が領地を脅かさんとする、不届き者を排除せよ」


 体の奥底を震わせるその声に、私とリンは同時に頷く。


「はい!」

「うん!」


 公爵は一度だけ笑みを深めると、静かに身を翻した。

 セイナ夫人は一度口を開きかけ、だが、何も言わず公爵の後に続いた。


 去っていく背中に、リンが小さく呟く。


「……ありがとう、おじいちゃん。おばあちゃん」


 私は、その言葉を胸に刻む。


「……覚悟」


 公爵に問われたものを、口に出してみる。


 ……重い。

 けれど、もう逃げたりしない。


「……ユフィ」

「なに?」

「来て、くれて……嬉しかった」


 リンが、深く微笑んだ。

 その顔に、胸がきゅっと締め付けられる。


 ——もう二度と、手放したくない。


 私は、リンを強く抱きしめた。


「遅くなってごめん」


 リンは驚いたように目を見開き——

 それから、おずおずと私の背中に手を回した。


 リンの高い体温が、私の体にじわりと広がる。


 しばらくそうしてから、どちらからともなく身体を離した。


「……戻ろっか」


 リンがこくりと頷いて、私たちは並んで歩き出す。


「示さないとね」

「……うん」


 私たちの背中を押すように、柔らかな風が吹き抜けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ