3-5.共犯者と執行者
リュウの背中に、刺すような殺意が突き刺さった。
ゆっくりと振り返ると、アーカイブの入り口の薄暗がりに、見慣れたシルエットが立っていた。一等執行官の制服を完璧に着こなし、その手には管理局の制式銃——「ディサイダー」が正確にリュウの眉間を捉えている。
「……カイン」
「バイブルの演算によれば、貴様の生存確率は既に零だ。データ上、貴様はこの世界のどこにも存在しないはずの『ノイズ』に過ぎない」
カインの声は冷たく、感情の起伏が不自然なほど削ぎ落とされていた。彼が歩み寄るたびに、軍靴が古いタイルの上で硬い音を立てる。その音は、まるでリュウの余命を刻む秒針のように響いた。
「……なら、なぜここにいる。バイブルが俺を見失ったなら、お前だって俺を見つけられないはずだ」
「ああ。バイブルのスキャナーは、今の貴様をただの空気の揺れとして処理している。貴様に知恵を貸した協力者が、よほど巧妙にログを書き換えたらしい」
カインは銃口を微塵も揺らさず、冷徹な瞳でリュウを射抜いた。
「だが、論理の穴を埋めるのが一等執行官の役目だ。システムが貴様を見失っても、俺と貴様が費やした任務の記憶までは消去されていない。貴様が窮地に陥ったとき、どこへ逃げ、何を考え、最後にどの扉を叩くか……。その『生存の本能』を辿れば、バイブルの計算を待つまでもなく、ここに辿り着くのは容易かった」
カインの言葉は、リュウの胸を鋭いえぐった。バイブルの高度な演算ではなく、かつて隣に立たされ、互いの手癖まで知り尽くした生々しい記憶が、最悪の形でリュウを追い詰めたのだ。
「……お前は、知っていたのか。このアーカイブにある真実を。俺の左脇腹にあるこの『痣』が、異世界から引きずり出された犠牲者の成れの果てだってことを」
「それがどうした」
カインは一歩、踏み出した。
「作られた正義だろうと、偽りの記憶だろうと、バイブルがこの世界の平穏を保証しているのは事実だ。……貴様はその『痣』という力を与えられ、俺はそれを管理し、逸脱すれば排除する役割を与えられた。それだけのことだ」
「平穏だと? 誰かの魂を削り取って化け物に変え、それを鎖で繋いで維持する平和に、どんな価値がある!」
「価値を決めるのは貴様ではない、バイブルだ。……貴様は、知りすぎてしまった。いや、知ろうとしてしまったことが、最大のバグだ」
カインの指が、引き金にかかる。リュウの脳内で、ジンが狂ったように笑い声を上げた。
『……ケケッ! 聞いたかよ、リュウ。あいつ、本気でお前を消す気だぜ? 俺に身を任せろ! 俺を深く入れれば、あいつの脳ミソごとバイブルの回路を焼き切ってやれるぞ!』
ジンの誘惑に呼応するように、リュウの左脇腹にある「痣」が焼けるような熱を放った。精神の防壁が崩れ、漆黒の浸食が左脇腹から胸、そして肩へと急速に這い上がっていく。暴力的な衝動が血管を逆流し、視界の左半分が赤く染まった。
「……撃てよ、カイン。俺を消しても、この真実は消えないぞ」
「……さらばだ」
銃口が、眩い閃光を放った。
放たれたエネルギー弾が、リュウの視界を白く染め上げる——。




