1-2.管理官
執行局の最上階。そこは『バイブル』が生成する偽りの青空に最も近い場所だ。
管理官は、巨大なホログラムディスプレイを背に、冷徹な眼差しをリュウに向けていた。
「リュウ二等執行官。個体番号01(ゼロワン)の監視報告を」
その呼び方は、まるで使い古された備品の状態を確認するかのような、無機質な響きだった。
「……バイタル、精神安定度ともに昨日の閾値を維持。スーツの抑制フィールドは正常です」
リュウが事務的に答えると、管理官は手元の端末を操作し、緑色の波形が表示されたモニターを指し示した。
「昨夜、01(ゼロワン)の出力が一時的に跳ね上がっている。スーツの『角』の露出強度がコンマ二秒、規定値を超えた。これはどういうことだ?」
「一時的な共鳴です。即座にリ・コードを流し込み、沈静化させました。実戦に支障はありません」
「…共鳴…か」
管理官は椅子に深く背を預け、組んだ指の上からリュウを観察するように見つめた。
「忘れるな。お前があの日、死の淵から戻ってこれたのは、我が局の最新医療があったからだ。バイブルの修復プログラムがお前の肉体を繋ぎ止めなければ、お前は今頃、ただの塵になっていた。……そうだろ?」
その言葉が鼓膜に触れた瞬間、リュウの右脇腹が、焼鉄を押し当てられたように激しく疼いた。
服の下にある、古びた巨木の皮が無理やり剥ぎ取られた跡のような、あの歪な痣。
(……ああ、分かっている)
リュウは、疼きを抑え込むように拳を握った。
あの日、死を覚悟した自分を強引に引き戻した、バイブルによる超高精度な修復作業。この痣はその際の「治療痕」なのだと説明されている。あまりに高度すぎる処置は、時として肉体に異物感を残す――。そう自分に言い聞かせ、彼はこの三年間、執行官としての役割を全うしてきた。
「……感謝しています、管理官」
リュウは感情を殺して答えた。だが、彼がそう口にするたびに、脇腹の痣はまるで心拍に合わせるかのように、鈍い痛みを刻むのだった。
「ならば、行動で示せ。特異点の発生頻度は加速している。もし次、個体番号01のスーツが内側からの圧力に耐えきれず、完全に逸脱する兆候が見えたなら……」
管理官は冷淡な声で告げた。
「お前の手で、01をデリート(完全消去)しろ。……いいな?」
「……承知しました」
リュウは短く答え、敬礼して部屋を去った。
背中に突き刺さる管理官の視線が、刃物のように冷たい。
リュウはそのままエレベーターに乗り込み、一般職員には公開されていない特別階層コードを入力した。
行き先は、施設で最も深く、最も暗い場所――
『エリア・ゼロ』。
上層階の光り輝くオフィス街を通り抜け、エレベーターは重い金属音を響かせながら降下していく。
地下深くへ向かうにつれ、不思議なことに、あれほど激しかった脇腹の疼きが引いていった。
刺すような痛みは静まり、代わりに冷え切った地下の空気が、熱を持った痣を心地よく冷やしてくれる。
眩しすぎるバイブルの光から遠ざかるほど、リュウは強張っていた自分の呼吸が、わずかに深くなっていくのを感じた。
重厚なハッチがゆっくりと左右に分かれる。
そこには、冷たい闇と、リュウの訪れを静かに待つ巨大な影が横たわっていた。




