2-12.冷酷な眼差し
防壁の上に、乾いたローター音が響き渡る。
異形が消滅して数分後、増援として現れたのは救護班ではなく、防護服に身を包んだ管理局の特殊回収部隊だった。
「対象を隔離しろ。バイタルが消失していないことを確認次第、レベル5拘束プロトコルを適用する」
無機質な命令とともに、意識を失ったリュウの手首と足首に、円筒状のデバイス――**電脳物理釘**が押し当てられた。
青白いスパークが走り、透過したボルトがリュウの神経系に直接「楔」を打ち込む。物理的な束縛を超え、脳からの信号を強制的に偽装する電脳的な自由の剥奪。彼の身体は、管理局の管理下にある「動かない部品」へと変えられた。
その光景を数メートル離れた位置から眺めていたカインは、自身の震える右手を必死に抑えつけていた。
「……報告を、カイン一等執行官。本件は『機材トラブルによる過負荷爆発』、および『それによる標的の偶然の消滅』と処理される。相違ないな?」
回収部隊のリーダーが、感情の欠片もない声で問いかける。それは確認ではなく、「それ以外の事実は口にするな」という無言の圧力だった。カインは砕けた強化ブレードの柄を握りしめたまま、足元に広がる黒い煤を見つめた。
「……あぁ、相違ない。リュウ二等執行官が機材の制止を無視し、過負荷を引き起こした結果だ。……奴の、独断だ」
カインの脳裏には、先ほどまで戦場を支配していた「黄金の瞳」と、腕に浮かび上がった禍々しい紋様が焼き付いて離れない。彼を守ったはずのその力は、カインにとって救いではなく、生理的な嫌悪と恐怖を呼び起こす「異物」でしかなかった。
ふと、周囲にいた他の隊員たちに目を向けると、皆一様に顔を背け、沈黙を守っている。サカキは汚染の疑いがあるとして、既に別の車両へ押し込められていた。
彼らが恐れているのは、先ほどまで戦っていた異形ではない。今、無機質なボルトで固定され運ばれていく「かつての仲間」だ。
「……あんなの、もう人間じゃない」
誰かが低く、吐き捨てるように呟いた。その言葉は、冷たい風に乗ってリュウの耳に届くことはなかったが、その場にいた全員の共通認識として重く沈殿した。
――数時間後、管理局の地下、最深部隔離室。
「……う、あ……」
リュウが薄く目を開けた時、最初に感じたのは、肺を焼くような薬液の臭いと、身体を縛り付ける冷たい感触だった。
バイザーは剥ぎ取られ、剥き出しの天井から不自然に明るいライトが彼を照らしている。神経に打ち込まれたボルトが、呼吸をするたびに鋭い警告音を脳内に響かせていた。
『……よぉ、お目覚めか? 「英雄」様よ』
脳内でジンの声が、今まで以上に鮮明に、楽しげに響いた。
リュウは左脇腹に意識を向ける。そこにあるはずの「痣」は、静かに、しかし力強く拍動していた。あの戦いを経て、ジンの意識との境界線がより曖昧になり、侵食が深まったことを本能が理解した。
「……みんなは、無事なのか?」
枯れた声で問いかけるが、部屋のモニターから返ってきたのは、管理局の監視 AI の合成音声だった。
『執行官カイン以下、生存者 12 名。現在は検疫プロトコル下にあり、貴殿との接触は一切禁じられている。……また、今回の戦闘データは「存在しなかったもの」として全消去された』
勝利の証さえ、バイブルによって抹消された。
リュウは静かに目を閉じる。四肢を縛るボルトの痛みが、今の自分と「人間」の世界を繋ぎ止める、唯一の感触だった。




