13. 私を愛する努力をして下さい
白いドレスをまとったバルバラは、赤い髪を結い上げられ、真珠を編み込んだヴェールを頭に被る。
ドレスの上にさらに金糸で刺繍された赤いマントを羽織った。
すでに用意をして待っていたドルガン王の手を取り、バルバラは王妃になるための儀式に臨んだ。
「バルバラ・ギースは王家への忠誠心が厚く、国王と先の王妃に真心を持って尽くした」
「その功をもって、バルバラ・ギースをドルガン・サヴィルの正妃に任じる」
バルバラの頭に王妃の冠が載せられる。
別に愛されなくてもいい第四側妃だったはずなのに……。
とうとう王妃になってしまった。
二年前のあのそっけない結婚の儀式が嘘だったように、厳かで豪華な結婚式を挙げ直してしまった。
ああ、ぐーたら生活が遠ざかっていく。
もう老後に懸けるしかないかな……。
冠を被ったバルバラがドルガン王と共にバルコニーから顔を出すと、王都の民がわっと沸いた。
バルバラは民に向かって手を振る。
割れんばかりの歓声が王都中に響き渡った。
新しい王妃を彼らは好意的に受け入れてくれている。
それでも貴族の中ではバルバラが王妃になることに反対意見も出るかと思っていたのだが、ドルガン王が何をどうしたのか、議会から許可をもぎ取ってしまった。
バルバラは後宮でのヘタレなドルガン王しか知らないが、意外と優秀だったようだ。
「浮かない顔だな」
ドルガン王に声を掛けられ、バルバラは苦笑する。
「いえ、ぐーたら安穏と生きるつもりだったのに、とんでもないところに来てしまったと思いまして……」
「やはり私との結婚は不満か?」
拗ねたように言うドルガン王に呆れる。
「……不満も何も、もう結婚してましたけど」
「そうではなく、本当はフェリクスと結婚したかったのではないのか?」
どうやらバルバラがまだフェリクスに心を残していると思っているらしい。
ちなみにだが、そのフェリクスは無事に祖国に戻り、実家が用意した令嬢と結婚が決まったと先日手紙で連絡があった。どういう心境で結婚を決めたのかは分からないが、手紙を見る限りはやけになったとかではなく、彼なりに前に進もうとしている意志が感じられたのでほっとしている。
ふとバルバラは会ったばかりのフェリクスを思い出す。
いけ好かない奴だったなー。
「まあ、確かに不思議ですよね。美形なのに空気が読めなくて、頭がいいのに馬鹿で、死ぬほど失礼で不器用でおだてに乗りやすくて騙されやすいのに……でもそんな男と結婚してもいいかな、と思えるほど好きになってたんですから。人生分かりませんね」
「……さすがに言い過ぎじゃないか?」
笑顔で民に手を振りながら一気に過去のフェリクスの不満を言い切ったバルバラに、ドルガン王が少し引いている。
これくらいで引かないでいただきたい。
バルバラの真骨頂だぞ。
「だからですね。フェリクス卿のことは初対面ではヒールで踏みつけてやりたいと思うほど大嫌いでした……あ、実際やりましたけど。本当に嫌いでした」
「あ、ああ」
「でも色々な条件が重なってお見合いをして、お互いに好きになる努力をしました。エヴァンジェリン様がお亡くなりにならなければ、普通に結婚してたでしょう。そこそこ仲のいい夫婦になれたと思います」
バルバラは頑張った。もちろんフェリクスもちょびっとだけ頑張ったと思うけど。……ほんとにちょびっとな。
マイナスに振り切った奴への好感度を、時間をかけてプラスにしたバルバラの努力は認められるべきだと思う。いや本当、誰か褒めてください。
「それは私達にも言えることですよ、ドルガン様」
「……」
「私はドルガン様を愛する努力をします。ドルガン様はどうなさるんですか?」
「……私は、君をもう愛しているよ」
「それだけじゃ駄目です。愛しているのなら想いを下さい。言葉を与えてください。そうすればもっと私のことを好きになりますよ」
「君も私に与えてくれるのか?」
「もちろんです。私は愛でも喧嘩でも、貰ったものは倍にして返す女です」
「それは怖い。君を怒らせるのはやめておこう」
ドルガン王はバルバラを抱き寄せて、深く口づけをする。
ひときわ大きい民の歓声が轟いた。
バルバラがその後、本当にドルガン王を愛することができたのかどうか。
彼女がドルガン王との子を四人も授かったことがその答えになるだろう。
バルバラは自分の子はもちろん、先の王妃の遺児アーサーを愛情を持って育てたと言われている。
そして彼女が求めていたぐーたら老後ライフはどうか。
子供が増えれば当然周囲は賑やかになる。
やがて年頃になった子供たちが国内外で騒動を起こしたり、ドルガン王に懸想する自称聖女が現れたり、義父のギース公爵がまた問題作を発表しようとしたり、まさかのデニス(元婚約者)が復縁要請をしてきたり、実は生きてた異母妹ダーラがシックスパックのムキムキボディビルダーになって帰ってきたり、アーサー王子が魔王にさらわれて魔王妃(!!)にされそうになったのをバルバラがパーティーを組んで救い出したり……。
残念ながら記録を確認する限り、バルバラはとても彼女が望んだ老後は送れなかったようである。
お付き合いありがとうございました。