31 王子の心
……あの日王宮での茶会で何が起きたのか。
この2人はその場には居なかったもののハインツは母と姉から、ヒルバート外務大臣は妻と娘から詳しく聞いて知っていた。
「……殿下。あの茶会で我が妹セリーナが貴方様に好意を持つ事など、あるはずがありません」
「……そうですな。私も話は聞き及んでおります。アレは酷かったと、むしろ王子はセリーナ嬢を貶める為にわざと声を掛けたのではと、そう申して憤っておりました。私も娘を持つ身といたしまして何やら心苦しい気持ちになりました」
2人の冷たい態度と言葉に思わずクリストフは怯んだ。
「なに……? 何故だ? 私はあの時純粋にセリーナ嬢に惹かれて……。あの後の事は、悪い事をしたとそう思ってはいるが……。私が彼女を貶めるなど、そのようなことは決して……」
クリストフはそう言い訳をしたが、それは2人には理解出来ない事だった。
ヒルバートはつい口調がキツくなる。
「あの当時ラングレー侯爵家のセリーナ嬢といえば、魔法を使えないと殆どの周りの者は知っておりました。当然王家でも把握していたはず。そして殿下に選ばれたなら魔法を披露する事も我が国の作法としては当然のこと。……殿下はあの時『選んではならない者』の名を聞いてはいらっしゃらなかったのですか?」
クリストフはグッと言葉に詰まったが……。
「いや……、私はあの時はセリーナ嬢の事は知らなかったのだ。それに母上からは誰を選んでも良い、と言われていた。それによっては楽しい余興になるからとそう言われて……」
当時の事を思い出しつつそう言うと、何やらそれに違和感を覚えた。『楽しい余興』……? まさか。
何か嫌な感じがして顔を上げると、ハインツとヒルバートは冷ややかな目でクリストフを見ていた。思わず冷や汗が流れる。
「……つまりは、そういうことだったのですね。王妃殿下は我がラングレー侯爵家を貶める為に、敢えてあの場を用意した。殿下にもわざとセリーナの事を教えずそちらに行くように誘導したのかも……。殿下の好みの女性もご存知だったのかもしれませんね」
「……そういう事でしょうな。全く、嘆かわしい事です。……だから陛下の『真実の愛』などという熱病に浮かされたご結婚には反対だったのですよ。この件は国に持ち帰り議題に挙げさせていただきますぞ」
クリストフは旗色が悪いことに気付き青くなる。
しかし、どうしてもセリーナの事は諦めきれない。
「だが私は、本当にセリーナ嬢に心惹かれたのだ。あの時彼女の清廉で温かい雰囲気に……」
尚もセリーナへの想いを語るクリストフにハインツとヒルバートは言った。
「殿下。貴方様は既にあの時、セリーナの手を取る資格を失くしているのです。……もし本当にセリーナを愛したのならば、あの時他の何からも彼女を守るべきだったのです」
「……私はそれ以上に殿下の情報収集能力と先を読むお力がなかった事が問題と考えます。ご自分の婚約者を見つける会ならば、ある程度の出席者の情報は先に把握して然るべきです。そして分からぬならば、その時はすぐに声は掛けず黙っておかれるべきでした。茶会後に彼女の事をきちんと調べ上げ、それから使者をたて声を掛けても遅くはなかったはず」
2人からの正論に、クリストフは何も言い返せなかった。
そこでトドメを刺すようにハインツが言った。
「そして……。どういう経緯があったかは分かりませんが、今のセリーナは世界の教皇猊下の保護下に入っております。今の我が国の状況で教皇猊下を敵に回す事は得策ではありません。
……セリーナの事は諦め、我ら残された者で我が栄光あるレーベン王国を懸命に復興して参りましょう」
「……そうでございますな。世界を敵に回す危険を犯すくらいならば、皆で力を合わせ少しずつ進んで参るのが現実的に一番の復興への近道かと」
そう言ったハインツとヒルバート外務大臣に、クリストフに他にもう道はないのだと悟る。
……クリストフは大きく息を吐いて頷いた。
「…………そうだな。無いものねだりをしても仕方がない、か……。我らは前に進むしか無いのだしな。
……そしてもうセリーナ嬢は次に、進んでいるのだな……」
そう言ってクリストフは一年半前の茶会での自らの大きな過ちを悔やみながらも、セリーナを諦める決心をしたのだった。




