32 兄と妹 その壱
「この度はお世話になりました。猊下に大変なご無礼を申し上げてしまった事、どうかお許しいただきたいとそうお伝えください」
レーベン王国一行が教皇との会合の日程を早めに終え、出立する日。
クリストフは見送りに来た大教会の大司教に、そう教皇への伝言を頼んだ。
大司教は鷹揚に微笑み頷いた。
王子、外務大臣、ハインツの3人はそれぞれの馬車に乗り込む。
ハインツが侯爵家の馬車に乗り込むと、そこには既に人が乗っていた。
「……セリーナ……」
ハインツは驚きに目を瞬く。
「……ハインツ兄様」
パタンッ……
扉が勝手に閉まり鍵がかかる。セリーナの魔法だ。
「セリーナ。……どうしてここに? お前は猊下の所にいるのではなかったのか」
ハインツは戸惑いながら妹に問いかけた。
「実際には教皇さまの所ではないわ。時々お訪ねはしてるけど。……少し兄様とお話がしたくて」
そんな事を話す内に、馬車が走り出した。
「ッ! 何処かで止めさせよう」
ハインツは慌てて言ったが、セリーナは首を振った。
「大丈夫だから。……それよりも、ハインツ兄様は変わられたわ。なんだか、丸くなった」
肝心のセリーナが落ち着いているので、次の休憩場所で降りるのだろうととりあえずハインツも腰を落ち着けた。
「あれから、色々とあったからな……。身体は何ともないのか。ちゃんと毎日食べているのだな?」
ハインツが思わず聞くと、セリーナは一瞬きょとんとしてから少し笑った。
「……ふふ。まるでお父様みたいね。ええ、きちんと食べています。……お父様は、お元気なのですか?」
セリーナの答えにハインツはホッとしつつ、父の事を話し出す。
「……父上は、あの大災害から約一年昏睡状態であられた。今は何とか車椅子であちこち動けるようにまでなられている。今、国では高位の治療魔法師が居ない。身体の欠損や身体の奥の損傷になると治せないのだ。しかし父上は国の復興と侯爵家の立て直しに寝込んでなどいられないと言って積極的に動かれている」
「そうですか……。……あの時、私の治療魔法では表面の傷を治すのが精一杯で……。私、今でも治療魔法だけは昔のようにしか使えないの」
セリーナの言葉にハインツは思わず微笑む。……あの大災害の時、突然巨大な魔法に目覚め戸惑う中でも倒れる父に出来る限りの事をしてくれていたのかと。
「……そうか、あの時父上に治療を。そして母上にはハンカチをかけてくれたのだな」
「……はい。お母様は、私の目の前で……。そして私の目覚めた力を見て満足そうに微笑まれてから『国を離れるように』と……」
セリーナは苦しげに俯き、涙を流した。
「セリーナ。自分を責めるな。それはどうしようもない事だったのだ。母上も最期にお前のその力を見る事が出来て満足だった事だろう。誰よりもお前を案じておられたからな。……そして確かに、あのまま国にいたのならばお前を守れる者は当時は誰もおらず苦しい立場に追い込まれていたのだろう。……母上の懸念はおそらく正しい」
そう言ったハインツを、涙目のままセリーナはジッと見つめた。
「……本当に、ハインツ兄様は変わられたのですね。私てっきり兄様に散々に責められると思ってました」
ハインツは居心地悪そうに答える。
「……今まで、本当に済まなかった……。私は父上程の力を持つ兄上に対してコンプレックスを持っていた。その鬱憤を更に力の無いお前にぶつけていた。……情けない男だった」
ハインツはそう言って項垂れた。
「……ハインツ兄様は、私が凄い魔法使いになったからそんな事を言うの? 弱い者には強く出て強い人には下に出るの?」
セリーナの言葉に、思わずハインツは顔を上げた。
「……そう思われても仕方がない。私は最低だった。目に見えるものしか見えてなかった。その奥にある真実や事情を何も分かっていなかった」
兄の懺悔にセリーナは驚く。この兄は意地悪く自分は何でも出来るとやたらと自慢して当時力の無かったセリーナを散々貶めていたではないか?
「……真実や事情、分かるようになったのですか?」
「…………いや、まだまだ分かっていないと思う。しかし分かりたいと思う。最近は物事には何か別に事情や側面があるのではないかと一度考えてみることにしている。これからは決して表面的な物をそのまま信じたりはしない!」
兄の宣言に、セリーナはまた驚いた。……これは何か相当痛い目にあったのね。
だけど、今人の気持ちが分かるようになったと断言されたならこの兄はまだまだだと思っただろう。しかし今兄はまだ分かっていない、分かろうと考えるとそう言った。その気持ちでいたのなら、これからは人の気持ちを慮る事が出来るのではないだろうか?
まあ年下の私がそんな風に思うのはおかしいのかもしれないけれど。
「……いいと思いますよ。どんどん、考えていってください。むしろこうだろうなんて決めつけは良くないですからね」
セリーナが少し偉そうにそう言うと、ハインツは少し苦笑した。
そしてセリーナは涙を拭いてからハインツに向き直す。
「お兄様。今、私がこの場所に来たのは兄様にお聞きしたい事があるからです。レーベン王国は、今まだ復興には程遠いのですか?」
「……ああ。父上は先程言った状態であるし、……兄上も亡くなった」
「フォルカー兄様が……!」
いつも困ったように微笑みながらも優しく見守ってくれた兄フォルカー。
セリーナは目を閉じ、兄の冥福を祈った。
「その他にも、国ではかなりの数の魔法使いがあの大災害で亡くなった。今では高位の魔法使いは当時の半分程しか居ない。先程も言ったが治療魔法もな。欠損や身体の奥の損傷になると治す事が出来ない」
「……ッ!! そんな事になっていたなんて……」
セリーナは母が亡くなった後、屋敷から昔に行った事のある国境の都市ミッテルまで転移した。捕まる事なくすぐに移動したかったからだったが、普通に馬車などで移動したならばその惨状に気付いただろう。……とはいってもあの混乱時に乗合馬車など走っているはずもないのだが。
「それでこの一年半、少ない人数で王都付近の主要な道路だけはなんとか復旧させだのだが……。国の上半分が魔物に酷くやられている。魔法使いも少ない中、なかなか手が回らないのが現状だが……。
セリーナ」
「? はい」
ハインツが不意に名前を呼んだので、どうしたのかと首を傾げる。
「父上からの伝言だ。もしセリーナが幸せに暮らしているのならば、帰って来なくていいと。
そして教皇猊下との会談から殿下達とも話し合った。無いものねだりをせず、今ある自分たちの力を合わせ復興を成し遂げようとな」
「…………兄様」
セリは驚いてハインツを見た。
お読みいただきありがとうございます。
随分と変わった兄にセリはとても驚きました。




