25 誕生祝いと報告
「おお……。これは……!」
教皇の手元には、神の化身と呼ばれる鳳凰の刺繍がされたハンカチがあった。
「昔から刺繍は魔法が使えない私の唯一得意なものだったんです。……明日は教皇さまのお誕生日でしょう? だから久し振りに刺してみました。一日早いですが、お誕生日おめでとうございます」
セリはそう言って教皇に笑顔を見せた。
「なんと……、なんと嬉しい贈り物じゃ……! セリ様……、私はこれを一生の宝物にいたしますぞ! おおそれになんと美しい……。これは額に入れて飾っておかねば!」
そう言って側近に額を用意するように言おうとしている教皇をセリは止める。
「教皇さま! これは普段使っていただく為に刺したのです。それに額で飾るほどの物ではございません!」
「教皇様。セリは糸の色合いとか随分悩んで選んだんです。教皇様に使ってもらえたらって。出来れば普段から持っててやってください」
ライナーはセリが教皇をまるで祖父のように慕っていると分かるので、持っていて貰えたら喜ぶだろうと思って言った。
「ライナー。……うむ、そうか。セリ様。それではこれは肌身離さず持つようにいたします」
セリはハンカチなのだから使ったら洗わなければいけないので『肌身離さず』は少し違う気もしたが、また飾ると言われても困るので黙っておいた。
「教皇さま。それと……、お話、というか、ご報告が、あります」
セリは少しドキドキしながら、チラッとライナーを見る。ライナーも少し緊張気味にセリに頷いてから教皇を見た。
「教皇様。今日は俺とセリが結婚を前提にお付き合いするとご報告に参りました」
セリとライナーは真っ直ぐに教皇を見た。
教皇も2人を暫く黙って見ていた。
暫く3人は黙っていたが……。
「……そうでございますか……。セリ様、ライナー殿。おめでとうございます。私にこうして報告していただけた事、誠に嬉しく存じます」
そう言って教皇は静かな微笑みを浮かべた。
「教皇様。俺はセリを思う気持ちだけは誰よりも優ってると思います。そしてセリを必ず幸せにします」
「……私も、ライナーを幸せにするつもりです!」
「ふふ。……そうですな。お互いを幸せに出来るのは素晴らしい事です。……ライナー殿。私も色々と申し上げましたが、貴方が真剣にセリ様を思っていらっしゃるのはよく分かっておりました。……何卒、セリ様をよろしく御頼もうしますぞ」
「……はい!」
そして教皇とライナーはしっかりと握手を交わした。
セリは少しホッとしながらそれを見ていたのだった。
そんなセリに教皇は微笑んでから、座り直し真剣な表情になった。
「……セリ様。私はセリ様のお力のことでお話ししたい事がございます」
教皇の雰囲気がガラリと変わりしかもその話の内容に2人は目を見合わせた。そして改めてきちんと教皇に向き合った。
「……それはセリの力が封じられていた件、ですか?」
ライナーがそう問うと、「そうです」と教皇は頷いた。
「時にセリ様は『封印』という能力を、ご存知でいらっしゃるかな?」
……『封印』?
セリはレーベン王国にいた時に読んだ魔法の本で、それを見た事があった。
「……はい。王国の本で読みました。確か国の重要な箇所を封じたり場合によっては王宮などの場所そのものを封じて人々を守る事も可能とか。しかしその能力は稀少で国に1人いるかどうかだと聞いた事があります」
セリの答えを聞いた教皇は満足そうに頷いた。
「その通りです。そしてレーベン王国でも国に1人とまで言われているのです。他国ではなかなかみることの出来ない特殊な能力、それが『封印』なのでございます」
セリは純粋に新たな知識を得られた喜びで頷いた。教皇はそんなセリを微笑ましく思いながら話を続けた。
「あれから私は色々な文献などを紐解きましてな。……その中の一つに載っておったのです。その昔に『封印』という特殊な能力を持った者が、強力な敵の子が幼くまだ魔法を使えない内にその力を封じたという話が」
「「……ッ!!」」
セリとライナーは一瞬言葉を失う。そしてライナーはハッと何かに気付いた。
「教皇様。……それって魔王退治の勇者の話に出てくるヤツじゃないですか? 敵国の魔女が勇者である王子の子供の頃にその力を封じたけど、紆余曲折の後覚醒したその勇者が魔王を倒すっていう世界中の子供が大好きな話ですよね」
教皇は頷く。
「……そうじゃ。この世界の殆どの子供達が読む『魔王と勇者』の物語。あの話の元になった事は本当にあった。私は昔その文献を見て事実そのような事があるのかと驚いたので覚えておったのです」
セリは、震えつつ呟いた。
「……じゃあ……。私が魔法が使えなかったのは、私の努力が足りなかったとか能力がなかったとかじゃなくて……?」
「そのような事があるはずありますまい。……セリ様は魔力が目覚めてすぐに魔法を使いこなされたのでしょう? それは今までのセリ様の努力と勉強と研鑽があったればこそ!」
「そうだぞ、セリ! そもそもセリは凝り性だからなんでも突き詰めちまうだろ? 刺繍だって鳳凰の赤なんていいとこ3色位で表現するって手芸屋は言ってたのに10色も細かく使ってすげぇ綺麗だってダリルもアレンも大絶賛だったじゃねーか。そんなセリの努力が足りないとかそんな事ある訳ねぇ!」
それを聞いた教皇は改めて先程セリからもらったハンカチを見る。
「……おお、セリ様! 本当じゃ、この鳳凰の見事な色使い……! これはセリ様のそれ程の技と努力で作られたもの……。おおやはりこれは是非額に飾って……」
「ダメですよ、教皇さま! せっかく作ったのですから是非普通に使ってくださいっ! もう! ライナー余計なこと言わないでよ~!」
するとライナーは少し不満そうな顔をした。
「だってアイツらから家の中では絶対セリと2人きりになるな近付くなって言われてるってのに、セリはせっかくの休みに刺繍を作るって家に籠るし……。外でも結局2人になれねーし……」
それを聞いたセリは首を傾げる。
「? いつも2人でいるじゃない? 今だって一緒だし……」
微妙に2人の意見が食い違っている事に気付いた教皇は少しライナーに同情もしつつ間に入る。
「まあまあ、それはお2人の時によく話し合いなされ。……今はセリ様の力を封じた能力の話ですぞ」
2人はハッとして、「そうでした……」と反省しつつ元の話に戻った。
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