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志耀伝(続・ある転生から始まる三国志後記)  作者: 満月光
それぞれの道
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コンスタンティノープルの庭

それから六年後。

新しいローマ帝国の都として造営されたコンスタンティノープルの離宮(りきゅう)の庭で、初秋の涼風を受けながらテラスの卓で絵本を広げる二人の幼児の姿があった。

二人の幼児は、隣同士仲良く手元の絵本に見入っていた。

「それは(ぎょう)帝妃様(ていひさま)から贈られたものなのですよ。どうです。美しい挿絵(さしえ)でしょう。」

二人の後ろにいた女性が、そう声を掛けた。


「はい、母様。とても素晴らしい絵です。」

そう言った一人の幼児に、女性の(そば)にいた女官が言葉を(はさ)んだ。

「皇太子殿下。お言葉をきちんとなさいませ。母様などではなく、皇妃様(こうひさま)とお呼びするのですよ。」

「そうでした。でも炎珀(えんぱく)と一緒だと、つい忘れてしまうのです。炎珀は胡蝶(こちょう)様を母様と呼ぶので…。」

それを聞いた皇妃が、笑みを漏らした。


「この場だけなら、良いのですよ。しかし皇子は、本当に炎珀とは仲が良いのですね。まるで兄弟のようですね。」

「炎珀は、供回りの者達が知らぬ事を、色々と私に教えてくれるのです。前に炎珀と一緒に離宮を抜け出した時の冒険は、本当に楽しかったです。」

それを聞いた女官達が顔をこわばらせた。


皇妃は、女官達の動揺など気に留めない様子で皇子に問いかけた。

「まぁ、どんな冒険だったのです?」

「野生の(いのしし)を見に行ったのです。炎珀の父上は、野生の猪を狩ったこともあるそうです。あのような大きな(けもの)をどうやって狩るのかと、気が(たかぶ)りました。」

「それは、大変な冒険でしたね。しかし冒険をする時には、くれぐれも注意をするのですよ。女官達の顔色をいつも青ざめさせてしまっては、それも問題でしょう。」


皇妃の言葉を側で聞いていた炎珀が(うつむ)いた。

「私は、皇妃様や皆様にご心配を掛けてしまったのですね。そんな積もりはなかったのですが…。申し訳ありません。」

「何を言うのです。男の子は、少しくらいは腕白(わんぱく)な方が良いのです。炎珀。私は貴方が皇子の(そば)にいてくれる事、本当に有り難く思っているのです。これからも皇子と仲良くして下さいね。」

そう言った皇妃は、二人の(そば)に座ると交互にその頭を撫でた。


その時、庭に二人の人物が現れた。

その姿を認めた皇妃は、柔らかな笑みを浮かべながら立ち上がった。

炎翔(えんしょう)様、胡蝶(こちょう)様。ご機嫌よう。今日は爽やかで良い日ですね。」

皇妃に声を掛けられた二人は、(そろ)って頭を下げた。

「皇妃様、我らを敬称付きで呼ぶのはおやめください。何度も申し上げていますが、(おそ)れ多くて恐縮してしまいます。」


「お二人は、暁からお預かりしている大切な賓客(ひんきゃく)なのですよ。賓客に敬意を払うのは当たり前の事です。」

「しかし、炎珀に対しては、親しく呼び捨てで呼んで下さるではないですか。」

「炎珀は、皇子と同じ年にローマで産まれたローマの子です。それに皇子の兄弟のようなものですからね。私ももう一人の息子のように思えるのです。」


「有難いお言葉です。ところで皇帝陛下は、()だお見えではないのですか?」

「私もお待ちしているところです。お二人も、陛下に呼ばれたのですか?」

「久しぶりに(はり)を打ちたいと申されているそうです。朝方に伝令の方が伝えに来ました。会議続きでお疲れのご様子だとか…。」

「…という事は、マルクスとクイントスも一緒ですね。こういう時だけ陛下に付いて来て、自分達も鍼治療を受けたいと申し出るのでしょう。二人ともちゃっかりしていること。」


皇妃がそう言って笑った時、コンスタンティヌスが、マルクスとクイントスを従えて庭に入って来た。

「皇妃。今日は事のほか顔色が良いな。何よりだ。おぉ、皇子と炎珀も一緒であったか。」

コンスタンティヌスは、二人の幼児の(かたわら)に歩み寄ると、二人を交互に宙に抱え上げた。

「うむ、また重くなっているな。子供の成長とは、早いものだな。」

そう言った皇帝は、二人を地に下ろすと、腰に手を当ててぐいと背中を反らせた。


その様子を見て、胡蝶が心配そうに声をかけた。

「かなりお疲れのご様子ですね。身体のあちこちが固まっているのではないですか?」

「うむ。此処(ここ)にいるマルクスとクイントスに、日々こき使われているからな。」

それを聞いたマルクスが、心外だという顔をした。

「逆ではありませんか。陛下にこき使われているのは我々の方です。」

コンスタンティヌスは、側近の二人を見てにやりと笑った。


「だから、今日は一緒に連れてきてやったではないか。このように身体が張っている時には、熱い風呂も良いが鍼治療には到底及ばぬ。早速頼まれてくれるか?」

「承知致しました。クイントス様には先日は(きゅう)(ほどこ)しましたが、本日も受けて行かれますか?」

胡蝶にそう問われたクイントスの(ほお)が引き()った。

「あ、あれは遠慮しておく。確かに効くのだが、灸を受けている間が拷問(ごうもん)のようだった。鍼だけでお願いしたい。」

それを聞いた胡蝶が小さく笑った。


離宮の一室で、三人は肩から腰にかけて何本もの鍼を受けて、並んでうつ伏せに寝ていた。

クイントスが、マルクスに向かって首を巡らせた。

「あの二人ですが、そろそろ(ぎょう)に戻さなくて良いのですか?我らとしては、ずっとローマにいてくれた方が助かるのですが…。三ヶ月後に、暁の使節団が定例の訪問にやって来ます。暁に戻すのなら、その時が機会ですが…。」


クイントスの問いに、直ぐにマルクスが答えた。

「その件だが、陛下から命じられて、私が二人に確認した。」

それを聞いたクイントスが、ほぅと言ってマルクスに顔を向け直した。

「暁には戻らぬ…。二人はそう言ってくれた。二人の間に産まれた炎珀は、既にローマの子なのだそうだ。皇太子殿下も、炎珀を(そば)から離そうとなさらない。言葉も、今ではローマ語のほうが達者(たっしゃ)だそうだ。」


「しかしそれで良いのですか…?暁の(みかど)司馬炎(しばえん)殿が承知されないのでは…。」

「帝と司馬炎殿に、(ふみ)を送ったそうだ。ローマにはない九鍼(きゅうしん)の技術。それをこの地で広める事が、広く世の為になると書き送ったそうだ。暁の帝と司馬炎殿からは、既に承諾の返事も貰ったと言っていた。」

「その話、皇妃様もご存じなのですか?」

「お伝えしたところ、心より安堵(あんど)されていた。あの二人と炎珀を一番手放したくないと思っておられたのは、皇妃様だからな…。恐らく皇帝陛下も同じお気持ちだったであろう。」

二人は、隣でうつ伏せになっているコンスタンティヌスに眼を()った。

コンスタンティヌスは、鍼の心地良さに眼を閉じ、大きないびきをかいていた。

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