SS 『出張ユキナちゃんお化け屋敷♪』
今回は三人称。
内容が内容なんで、深夜に投稿してみました。
これは雪菜が帝都冒険者ギルドのギルドマスターとの、聖女らしい慈悲と慈愛に溢れた交渉()を終えた数日後のことである。
「もうちょっと待ってほしい?」
「本当に、悪いとは思ってるんだ……」
場所はギルドマスターの部屋。
受付嬢の1人が置いていったお茶から湯気が立ち上っているが、それ以外に部屋の中で動くものは何もない。
雪菜とギルマス――ゴルガーの口元だけが微かに動く。
「そりゃあ、今のところは何とかなってるけどさ?」
数日前の交渉時、雪菜は半ば脅すような形でゴルガーに新・孤児院での必要な物(トイレ・窓・キッチンなど)の準備をお願いした。
一夜にして新たな孤児院を建築するという偉業を果たした雪菜だが、元々持っていた材料を使って作り上げただけで、私財が裕福なわけではない。雨・風・寒さを最低限凌げる外見が出来ただけで、中身は空っぽなのだ。
太陽の光は通し、雨風を防ぐ窓が無い。
安心して衛生に気を付けてできるトイレが無い。
たくさんの子供たちの食事を作るためのキッチンが無い。
以前の孤児院にもあった生活する上での大切な物品が足らない。
そして、それを揃える暇もお金もツテも雪菜たちには無い。
無い無い尽くしだった。
だからゴルガーに頼んだ。
「私たちも何もしてないわけじゃないですよ? ダンジョンの低層で食べられる魔物を狩ったり、いろんなお店に頭を下げて処分品を貰ったり」
ゴルガーというこの帝都の有力者であるギルドマスターにお願いをした以上、それ以外の事は可能な限り雪菜たち自身でしている。
朝はステラのユニークスキルによってもたらされた栄養たっぷりの成果物の収穫と、余った分の販売。
朝ご飯を作ったらそのまま食べられる昼食の用意をして、雪菜は夕方までダンジョンへ。ステラは各お店を回っていらなくなった布類や食器類をタダ、もしくは格安で手に入れる。リルは栄養失調気味でまだ安静にして体力を回復させた方がいい子たちの側につき、万一のことがないよう見守っている。
他にも思いつく限りで実践しているのだ。
「その辺りは伝え聞いている。レイブンからも涙混じりで報告を受けたりな。他の連中も子供たちに何もしなかった、出来なかった後ろめたさもあって少し考えが変わってきているんだ。半分脅しだったとはいえ、あの交渉は丁度良かった」
雪菜たちの献身により子供たちはかなり回復していっている。
毎日のように温かいお風呂(雪菜の魔法)に入り、汚れた衣服も洗ったことで綺麗になった。まだ数日しか経ってないとはいえ、食事事情が改善したことで子供らしい肌に戻ってきた。
そんな子供たちを見た帝都に住む者たちの心情が少しだけ変わることになる。
自分たちが可哀想と同情しつつも様々な理由を付けて何もしなかった子供たちの状況を、外から来たばかりのそこまで年が離れていない少女たちが変えたのである。雪菜がことあるごとに言う皮肉もあって、より強く後ろめたさを感じるようになった。
しかし、後ろめたさを感じるようになったとは言っても、だからといって普通の人ができることはほとんどない。
なので自然と自分たちの仕事先の上司、または有力者に「何かできることってない?」と相談するようになる。例えば、各ギルドマスターとか。
「商業ギルドの方じゃ、自分たちの支持率アップも視野に入れて丈夫で長持ちする物品を寄付しようって動きも聞くぞ」
「超助かりますね。支持率狙いだろうが何でもいいっす。『やらない善よりやる偽善』なんて言葉もあるくらいですし」
「本当にオメェさんの故郷は皮肉な言葉が多いな……」
ため息を吐き、頭をガシガシとかきながら「最近、胃薬の量が増えたなぁ」と口にするゴルガー。
雪菜個人としては言おうと思えば言える言葉などまだまだあるのだが、本当に言って、ゴルガーの胃に記録的な大穴が開いたらそれこそ“こと”なので自重する。王族との話し合いやパーティー程度で精神系統の耐性を得られた雪菜と違い、この世界の人間はそこまで簡単にスキルは得られないのだから。
「そんで? 何があったのさ?」
新・孤児院に取り付ける窓・トイレ・キッチンなどのものはゴルガーに直接頼んだのに「もうちょっと待ってほしい」発言だ。
話の流れから事情があってそれで遅れていることぐらいは察している。
問題はそれが雪菜に解決できるかどうかだ。
「あー、ほれ。資金はこの部屋にある無駄なものを売るって話で纏まったろ? ギルドで直接管理している金は難しいってことで」
「うん。買取用や依頼料なんか以外にも、緊急事態が起こった時に必要になってくるお金があるって」
滅多に無いことだが、大量の魔物が押し寄せてくる現象――スタンピートや、大規模の犯罪者――魔王教団による都市全体が巻き込まれかねない事態への対処に対して“冒険者を動かすための資金”というものが各都市の冒険者ギルドにはある。
普段は死蔵されているとはいえ、万一が起こった際に必要となる金だ。
その金に手を付けることはギルドマスターでも許されない。
「でだ。売る物の選別も終わったんで、あとは一応の所持者ってことになっているオレがしかるべき場所へ売りに行くだけだったんだが……」
ここでちょっと困ったことが起きる。
「1つは城勤めの役人たちへの対応だな。オメェさんとこへ行く前に見張ってたうちの職員が何だかんだ言ってオレの所まで来させた」
「そりゃしゃーないわな」
2日前から来始めたとのことで、まだまだドタバタしている雪菜たちに面倒な話を持って行くのは早いだろうと対処しているとのこと。
コレについては雪菜も一切の文句はない。
最低限の対応を頼んだのは自分なのだから。
「それだけだったら問題なかったんだが……」
どうやら他の問題まで起こったようだ。
「ぶっちゃけると、前ギルマスが出張ってきた」
「それって、ゴルガーさんの前に冒険者ギルド帝都支部のギルドマスターをやっていた人、ってことだよね。何でここで出るの?」
「もう結構な年なんだがなぁ……元々前時代的で能力主義な面のある人だったんだが、隠居していたはずなんだ。それがどこから情報を仕入れたのか、交渉の翌日に怒鳴り込んで来てよぉ」
曰く、たかが小娘に言いくるめられるとは何事だ!
曰く、ここにはオレや先代たちが集めたギルドの象徴が並んでいるんだぞ! 1つでも売るなんてとんでもねえ!!
曰く、ガキのため? 自分でどうにか出来ねえ弱っちいソイツらが悪いだろ!
「――要約するとこれだけだが、実際はそれをながーく、何度も何度も同じこと聞かせるんだよ。ただでさえ面倒で引き継ぎの時もトラブっていたのに、隠居してから頑固さがプラスされちまった」
「あぁ、老害になったのね」
今度はお互いにため息を吐く。
すっかり温くなってしまったお茶に映るそれぞれの目は死んでいた。
ゴルガーは、雪菜が来る前にも1時間に渡って戯れ言を聞かされて。
雪菜は、異世界でも老害っているものだなと呆れてしまい。
「……あくまで前任者だし、無視すれば良い――って話でもなさそうだな」
「……なまじ、随分長い間ギルドマスターをしていたから関係各所に顔が利いてな。長期化すると不味いかもしれん」
無視するには地味に影響力があるのだ。
ゴルガーもギルドマスターとして顔は利くが、就任して10年も経っておらず、各所への影響力は極平均的であった。
このままだと新・孤児院に必要な物を設置できない。
するとどうなるか?
やると宣言した以上途中で止めれば、冒険者ギルドの沽券に関わる。
そもそも周囲を納得させるために「まだ少女と言える子たちががんばっているのに大人のオレたちは何をしてた? 何もしてない! これまで帝国で活躍してきた『集いし光』への恩を返すためにも、その遺児たちに何もしないままでいられるか! このままじゃオレはあの世にいるアイツらに顔向けできねえよ!!」と、ギルド内部ならず冒険者や噂話大好きな奥様方へ吹聴したのだ。
ここで止めたら干される――ゴルガーが。
尚、吹聴する内容は事前に雪菜が案を出した。
簡単にそれっぽいセリフを考えた雪菜にゴルガーは口元が引きつったのだが、それはまた別の話。
「呼ばれた理由は分かったよ。ようは自分じゃどうにも出来ないから、私の方で良い案がないか聞きたいんだよな?」
「面目ない話だが、な」
「う~ん……典型的な老害ジジイを黙らせる方法か、各方面に顔が利く――権力関係がダメだとすれば、直接叩くしかないか」
「え? ……まさか、殺るのか?」
「なんでやねん」
そんなやつに見えるというのか!?と、憤慨する雪菜。
人を殺すことができるのと、何か困ったらすぐに人を殺そうとするのとは全く別の問題だ。件のジジイはまだグレーなのだ。
「相手の心を折るのは武力だけじゃないよ。ようはジジイが家に引きこもって、文句言う気力が湧かないぐらい弱らせればいいんだから……」
「え? な、何をするつもりなんだ?」
「楽しみだな。フフフ、フハハハハハハハハッ!!」
「(……怖い)」
実は雪菜、前ギルマスの言ったらしい「自分でどうにか出来ねえ弱っちいソイツらが悪いだろ!」発言に内心で静かにキレていた。
後に、ギルドマスターであったゴルガーの手記にはこう記されていた。
――あの爺さんは、この世で最も怒らせちゃならねえヤツを怒らせた――
――後日、嬢ちゃんからしたことを聞いてオレは夜に眠れなくなった――
と。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帝都に存在する高級住宅が集まった場所。
その1つで、酒をラッパ飲みする音だけが鳴る。
「クソ! あの若造めが!」
ドンッ!と、空になったビンをテーブルに叩き付ける老人の姿がそこにあった。
老人――冒険者ギルド帝都支部の前ギルマスであったジンジャーは、ここ数日ずっと荒れていた。
「全く、ギルド長室にある物品にどれ程の価値があると思ってる? 初代が狩ったドラゴンの角! 三代目が手に入れた伝説級の剣! そして、ワシが倒したA級魔物の首から上の剥製! どれもこれも売るなどもっての外だ!」
ジンジャーの中で、ゴルガーは金の欲に目が眩んだ犯罪者のようになっていた。
丁度よく可哀想なガキがいるから、金を作る口実にしようと。
実際には半分以上を自分の懐に入れて、ガキにやるのは1割分もあればマシな方だろうと。何て嘆かわしいんだと。
もちろん誤解であるし、ツッコミどころも満載だ。
第一に、ゴルガーはギルド長室にある歴代が集めた数々のお宝とも言える物品を全て売るつもりはない。
初代ギルドマスターだったSランク冒険者が倒したとされるドラゴンの角は、歴史の教科書に載るほど本当に権威あるお宝である。三代目が見つけた剣も正真正銘の業物であり、有事の際はギルドマスター本人もしくは使うに足ると認めた人物に使わせることになっている。ゴルガーも最初から売る候補から外している。
なら何を売るかといえば……ジンジャーの狩った魔物の剥製とかの「冷静に考えると別にいらなくないか? つーか邪魔だな」と、お宝を売ることに葛藤していたはずのゴルガーが1周回って普通の感性になった結果、売ることを決定した無くてもいい物品ばかりだ。
……ゴルガーから言わせれば、前任のジンジャーが飾っていたものが地味に多く、そのことごとくが邪魔なモノばかりだった。
一応ジンジャーが訪れた際に、自分の手に入れたモノであればどうぞと剥製を含め引き取って貰おうとしたが――
「バカモノ! ギルド長室にあるから意味があるのだ!!」
――と、取り合ってもらえなかった。
第二に、丁度良いからと理由を付けて出させた金を懐にしまったのは他でもないジンジャーである。
そもそもジンジャーが長年冒険者ギルド帝都支部のギルドマスターをやってこれたのは、適任者がゴルガーの時までいなかったからだ。
正確にいえば、適任者はゴルガーの前にもいた――が、本当に運悪く魔物との戦闘や病気で死んでしまったためにジンジャーはそのままズルズルとギルドマスターの地位に居座り続けた。性格に難はあったが、仕事自体はできたため。
そうやって長い間ギルドマスターの地位で仕事をしていたものだから、お金の管理などの業務に関わることも多くなり――ある日、魔が差してお金の一部を懐に入れた。だが、誰もそれに気付かなかった。
そうなると、「もう少しぐらい……」となるもので――何度もお金を自分のものにした。仕事ができた分、どの金からどのくらいの金額なら抜き取ってもバレないか分かってしまったのだからタチが悪い。
ジンジャーという老人が最悪なのは、それら自分のしたことを都合良く忘れ、棚に上げて、自分が正しく他者が悪いと一方的に決めつけていることだ。
こんなんだから老害認定されるのである。
「――っち、オレからもゴルガーには毎日のように言ってるが、金に目が眩んだアイツがどこまで自重するか分かんねえな」
何度も言うが、ジンジャーという老人は世間一般からすれば老害だ。
自分の飲んでいる酒や周囲の調度品が、ギルドマスター時代の横領した金を少しずつ貯めて手に入れたモノだということを都合良く忘れている。
「こうなったら顔なじみ連中に話して圧力を掛けるか?」
なまじ、今まで幸運にも悪事がバレなかったために傲慢になった。
運の良いことが続くと、ドンドン己を縛る鎖が外れていったから。
「いっそのこと、オレが直々に孤児院まで出向いてやるのもおもしろそうだ」
だからこそ、ジンジャーは忘れていた。
「ちょいとオレが怒鳴ってやれば恐れおののいて――」
永遠に続く幸運など存在しないことに。
――ジ、ジジッ、ジーーーーージッ!
「あん?」
突然、部屋が暗くなる。
見れば、先程まで部屋を明るくしていたはずの魔道具の照明がほとんど点いておらず、かろうじて周囲が見えるほどに視界が悪くなった。
「――っち! そろそろ寝ようとしてたが、故障か」
グイッと酒を飲み干すジンジャー。
苛立ちながらも「修理は明日頼むか」とベッドへ向かう。
薄暗い中を突き進み、
部屋を出ようとして、
――ギイイィ……
自分がドアへ辿り着く前に、ドアが勝手に開いた。
ゆっくりと、普段は気にしないような音を立てて。
「………………は?」
酒を飲んで火照っていた顔から熱が引く。
どうしてドアがひとりでに開くのか、と。
「……誰かいるのか?」
返事はない。
そもそも人の気配を感じない。
ジンジャーは探知系や直感系のスキルと相性が悪く、この年になっても覚えることができなかったが、仮にも冒険者ギルドのギルドマスターになった身だ。スキルが無くても周囲数メートル程度なら誰かいれば分かる。
神経を尖らせた今でも気配は感じない。
なのに、なぜ勝手にドアが開いたのか。
「『明かり』」
魔法で指先を光らせて明かりとする。
ジンジャーの使える数少ない光系魔法だ。
光で照らされたのは見慣れた廊下だけ。
廊下の先、天井、少し離れた二階へ上がる階段、どこも異常はない。ジンジャーの『明かり』は古い懐中電灯程度の光量だが、おかしな点は見当たらなかった。
「気のせい……か?」
きっと気のせいだ。酒を飲み過ぎたのだ。
ドアも、最初から開いていたんだ。
ジンジャーはそう、自分自身に言い聞かせる。
早く寝なければと、階段を登り始める。
たまには健康診断を受けるべきかもしれんと、気持ちを切り替えるように。
――異常が、それだけで終わるはずもないのに……
ぬるり、と。
階段の手すりに掴まっていたジンジャーの手に何かが付いた。
「――っ!? な、何だ一体?」
水にしてはサラサラとせず、むしろ手がべたつく“ソレ”は、
鉄のような臭いがし、
心なしか……生暖かった。
「」
ジンジャーの記憶から呼び起こされるもの。
それは冒険者時代は何度も見慣れ、嗅ぎ慣れたもの。
そんなバカなと、『明かり』を再び灯し――見た。
二階から手すりを伝って流れる赤い物体と、自分の手に付着したソレを。
ソレは、紛れもなく、“血”であった。
「ひ、や、ぁ、あ、ひゃあああああああああああああっ!!」
久しく見なかった大量の血に驚き、階段から転げ落ちるジンジャー。
幸いにも登ったのが数段だけだったためにケガは負わなかったが、本人はそれどころの騒ぎではない程に混乱していた。
(何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ! 何が起こってる!?)
それなりの期間、隠居し続けてきたジンジャーは突発的な出来事かつ、生涯で体験したことのない未知の恐怖で頭がいっぱいになっていた。
(とにかく、洗い流さねば!)
今はただ手に付いた謎の血を洗い流したい。
ただその思いで洗面台へと向かう――が、
――ピチョン…… ――ピチョン……
しっかり閉まっていたはずの蛇口の魔道具は中途半端に開き、水が一滴、また一滴と落ちていく音がやけに響いていた。
その有様が、まるで見えない存在が家の中にいるようで――
「~~~~~!!」
頭に思い浮かんだ何かを必死に振り払い、蛇口から大量の水を勢いよく出して必死に手を洗う。
この時、ジンジャーはまだ魔法を解いていなかった。
指先には光が灯ったままだ。
そして、急いでいたことと視野が狭くなっていたことで気付いていなかったことが1つあった。
必要以上に手を洗い終え、顔を上げる。
正面には鏡があり、
魔法の光でジンジャーの姿が映っており、
いくつもの血の付いた手の跡がハッキリとあった。
「あ、ああああああああああああああああ!!」
その場で腰を抜かす。
心臓はバクバクと激しく鼓動し、空気を上手く吸えない。
手足は震え、目の前がチカチカと点滅するような錯覚すら覚える。
この家で何が起きているのか?
自分の身に何が起こっているのか?
その答えを教えてくれる者は、ここにいない。
「ひぃ、ひぃ、ひぃぃ……!」
息も切れ切れになり、後ずさることしかできずにいたところ、
――ピンポーーーン!
家のチャイムが、鳴った。
誰かがジンジャーを尋ねてやって来た。
普段ならば「こんな夜中にどこのバカだ!!」と怒鳴っていたであろうチャイムの音は、今の状況では救いの音色にさえ聞こえる。
「だ、誰でも、いい! 誰か……!」
とにかく、この家から出なければならない。
やって来た誰かと一緒に離れなければ。
腰が抜け、廊下を這いつくばるような無様な姿をさらし、玄関まで辿り着く。
未だ鳴るチャイム。しかし、モタモタしていれば帰ってしまうかもしれない。
「今開ける。今開けるから!」
ついに玄関のドアへ手を掛け、勢いよく開いた。
……開いた扉の向こうには、誰も、いなかった。
「え」
見えるのは暗闇のみ。
道にある街灯の光で微かに家の門が確認できる程度。
チャイムを鳴らしていたはずの誰かは、見当たらない。
「………………」
幻聴だったのだろうか?
チャイムなど鳴らず、誰も来ていなかったのだろうか?
それとも、目に見えない何かは外にもいるのか……
(どうすればいい? どうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすれば!)
家の中も恐ろしいが、ほとんど光のない外も恐ろしい。
虫の鳴き声1つしない夜の中を出歩く勇気もない。
様々な要因で精神的に追い詰められたジンジャーは、
――ギシィ
すぐ後ろから響く音を聞いてしまった。
「」
“振り向いてはいけない”。
頭の中で警告するように何度もその言葉が現れる。
ジンジャー自身も、振り向きたくなどなかった。
だが、意志に反して体は動いてしまう。
そして、後ろを振り返ってしまった。
病的に白い肌で、
白髪の女が、
乱れた髪の奥から、
血の涙を流しながら、
自分を、睨み付けていた。
言葉も出なかった。
ジンジャーの意識は、ここで1度完全に途切れてしまう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ゴルガーさんから前ギルマスの情報を聞いて思ったんだよね。あれ? これって上手くいけば日本流のホラー展開なお化け屋敷できるんじゃね?って」
「あとは翌日のゴルガーさんへの苦情を言いに家を空けた時間帯、王国の時に取得したスキルとか、時空系魔法とか使って侵入して、細工を施したり、その細工を隠すために幻術で見えないようにしたりって作業をず~~~っと家の外でやってたんだ。魔力によるゴリ押しだな」
「ここまできて、前ギルマスの帰宅時にバレなかったらこっちのもんよ。深夜になったら事前の細工やサイキックで不安を煽って、二階からコッソリ侵入してた私が仕掛けたり、幻術を意図したタイミングで解いたり」
「あのジジイの行動パターンは正確には分からないってことで、いくつか他にも用意してたんだけど……無駄になっちゃったな。赤ん坊の泣き声を録音した魔道具まで持ってきたのに」
「最後にちょっとメイクした私が最高のタイミングで出れば成功よ。クレームつける気力さえ削げばどうとでもなったし」
「まあ、ちょっと効果がありすぎたらしいけど……」
「ジジイの心臓の弱さと、ジャパニーズホラーの怖さを舐めてたわ」
「まさか、心臓麻痺でポックリ逝くとは……」
「えぇ、急いで心臓マッサージしましたよ。魔法で微弱な電気流して『1、2、3! 1、2、3!』って。いやー焦った焦った」
「ジジイのその後? あの家と調度品を売っぱらって、衛兵の詰め所に近い場所にあった普通の家に移ったらしいよ。護衛の屈強な男たちをわざわざ雇ってまで」
「この世界でも地球の外国でもそうだったけど、恐怖を抱かせる手段っていうと化け物みたいなのを出して『わっ!』って驚かせるのが一般なんだ」
「でも、日本のそれは大分違うんだよね」
「ねちっこいと言うか、時間を掛けて追い詰めていくと言うか……」
「アレってようは“目に見えない何かがいる”――かもしれない、って恐怖を自分の中で加速させちゃうんだよな」
「人間の想像力は豊かすぎるから、いくつか条件が重なると本当は何でもないことでも余計に怖がるんだよ。もしもそれが想像でも妄想でもなく、追い詰めて、追い詰められて、追い詰めた先で、現実として目の前に現れたら……どうする?」
「うーん……よく分かんない! とりあえず、こうげきする!」
「うん。リルにこの話題は意味ねえな」




