② 感情は抑制できないー2
いつからだろうか? ななみは父・雅彦から母・かえでの話を聞くたびに、ほのぼのした気持ちを通り越して、いつも心がヒリヒリしていた。
それは自分の娘の前で、さらりと母を愛していたと言える父の愛情の深さゆえだろう。いや、愛情の深さなんて生易しいものではない。
どうしたら、愛する人を失ってから三十年近くも経つのに、ずっと連れ添った仲のよい夫婦のように愛せるのか。全く理解できない。三十年もひたすら一方通行の愛である。
共に愛を深め合える連れ添った夫婦のように愛したからと言って、愛される見返りも全くない。それでも、父はただ一途に愛し続ける。
母が亡くなってから十年経った頃、ななみは中学生だった。父方の祖父が亡くなり、親戚が集まった際にこんなことがあった。
「もう充分、かえでさんの供養をしたじゃないか。いつまで自分を縛り付けているんだ。ななみちゃんがいるから、大変かもしれないけど、そろそろ自分の幸せを求めてもいいんじゃないか?」
と、親戚は口々に言っていた。しかし、父はそれを全て断っている。それも、事あるごとに全て…。あの頃は、ななみは何も知らなかったし、亡くなってなお一人の人を深く愛することを変に美化する年頃だから、一途で素敵だな…と思っていた。
しかし、今思えばとんでもない話である。多くの場合、人は大切な人を失った後、再びそれに変わるものを見つけると言うのに、父は一切それをしなかった。
今のななみには十年後も今と変わらず、この世界にいない志恩を愛し続けているかどうか、確信は持てない。
「気が済むまで、志恩君を供養してあげるといい。何も、百道家の人々と一緒にお寺へ行く必要もあるまい。気が向いた時に、一人で行けばいいんだよ…」
ななみがぼんやりと思いふけっていると、伸一は思い出したかのように、なな
みに話かけて来た。父はテレビでも見ていたのか、ぼんやりと考えていたのかよく分からない。そんなことは、おかまいなくテレビからお笑い芸人の笑い声が響く。
「父さん、どうして、そんなことを言うの…」
「だって、つらそうだったじゃないか。健芯君が結婚して、家族が増えたのを見て、ななみがつらそうにしていたから…。だから、あの日はさっさとあいさつして帰って来たんじゃないか。まあ、仕方ないさ。時が経てば、何でも変わっていく。残酷なぐらいに…」




