⑥ 専門家にも不思議な事ー1
室見川は、伸一と桃子から交互に話を聞いていた。十一月も後半になり、特に問題がなければ一回治療を終了してもよいと、室見川は思っている。
それぐらい、桃子の様子はよかった。息子の健芯ともうまくやっているようであり、三人で仲良く暮らしていると健芯からも聞いている。
「先生、実は一回だけ、急に妻が泣き出したことがありまして…。何でも妻が志恩の夢を見たことで、急に悲しくなったと言っていました。それを聞いて、思わず私も悲しくなって、私も一緒に泣きました」
伸一は室見川へそのように伝えた。室見川の驚きぶりを見て、桃子はこのことに触れなかったことがすぐに分かった。そこで伸一はその経緯をかいつまんで話す。
「その前夜にななみさん…本来なら、志恩と結婚するはずだった人が急にやって来て、志恩の遺志を受け継いで、アフリカへ行くことに決めたとあいさつに来ました」
「ああ、四十九日に来ていた娘さんですね。桃子さんとNPOの代表を除いて、女性は一人しかいなかったから、よく覚えていますよ」
室見川は四十九日の様子を思い出す。トランプ遊びで妙にハキハキとした威勢のいい女性が浮かび上がった。
「ああ、そうでしたね…。で、妻も私も、志恩の遺志を受け継いで、コンティーゴに寄付して、後方支援していこうと話しておりましたので、ななみさんが現地に行って頑張る…との申し出を喜んで受け入れたのです」
「なるほど…」
室見川はななみの行動が引き金を引いたのだろうと思った。人の苦しみや悲しみは、機械的に少しずつ減るものではない。
何かの行動をきっかけに急にあふれたり、急に底をついたりを繰り返しながら、長い目で見れば少しずつ減っていくように見えるものである。
「妻の話では、その晩に志恩の夢を見たそうです」
室見川は百道伸一の話にじっくり耳を傾ける。桃子がなぜ室見川に言わなかったのかを考えながら…。
「何でも志恩が出て来て『母さん、突然、こんなことになってごめんな…。本当にごめんなさい…。そして、コンティーゴに寄付してくれてありがとう。俺はこんなことになったけど、ななみのことは全力で守るから…。だから、ななみに安心して来てくれ…と伝えて欲しい』と言ったそうです」
「なるほど…」
「そんな夢を見れば、朝から泣きますよ。私もその話を聞いて泣きました。せめてもの救いは、その日に限って、健芯が出張で家にいなかったことですね…」
夢に出て来たか…。室見川はそのことを、どのように捉えたらいいのか考えあぐねている。
「その後、健芯君にはそのことを伝えましたか?」
「もちろんです。健芯は大層驚いていました。ななみさんにも伝えたところ、ななみさんもすごく驚いていました。そんなことってあるんですね…としみじみと言っておりました」




