③ 百道健芯の驚きー1
健芯は、朝の冷え込みに耐えきれず、たまらずコートの襟を立てる。十一月も中旬にさしかかり、日に日に朝の冷え込みが強くなる。
冬は嫌いだな…と健芯は毎年思う。市役所に通勤する車の中で、もうすぐ兄が亡くなってから三ヶ月が経とうとしていることに思いをはせる。
一時期、母・桃子は兄の死が受け入れられずに、一日のほとんどを兄の仏壇がある茶の間で過ごしていた時期もあった。父もその現実を受け入れられずに、家から逃げていた時期もあった。
健診は母が目の前の自分を受け入れずに、違う世界に行った兄貴のことばかり見ていたので、兄貴の代わりに自分がいなくなっていたらよかったのかな…と思い詰めた時もあった。
しかし、カウンセラーの室見川のおかげで、四十九日を過ぎた頃から、母は少しずつ現実を見るようになってきた。
また、父・伸一が九月末で定年を迎え、常に母と一緒に行動するようになったこともプラスに働いたようである。最近では兄の所属していたコンティーゴの親睦会に二人で行って来た。
何でも、志半ばで亡くなった兄のために、日本から寄付をすることに決めたらしい。健芯は父母の二人が年金をどう使おうが、二人の自由だと考えているので特に何も言わなかった。
また、健芯が休みの日に、父が三人でドライブして近場を巡ろう…なんて言うので、珍しく三人でドライブした時のことだった。母が薮から棒に尋ねてきた。
「健芯、あなた、今、市役所でどんな仕事をしているの?」
「今? 四月から国民健康保険課に移ってから、保険料の徴収業務を担当しているかな…。不景気続きで、滞納者が多くて大変なんだよね…」
「そうなの…。よく頑張っているのね。健芯は…」
今まで、母にこのようなことを言われたことがなかったので、健芯はどうしていいか分からなかった。思わず、斜め右前で運転している父を見たが、父は何も言うことなく運転するだけである。母は続ける。
「今まで、母さん、志恩のことばっかり見て、ほとんど健芯のことを見てこなかったでしょう? そのことを室見川先生に怒られてね…。これからは、健芯のことも、しっかり見ていくから…。今さら遅いかもしれないけど…。健芯は誰にも頼ることなく、自分の力でここまで来たんだから、本当にすごいよ!」
健芯にとっては、まさに青天の霹靂である。今さら、何を言っているんだ…と全く思わなかったと言うと嘘になるが、それでもようやく認められたと言う気持ちが勝る。
「全然、遅くないから…。気付いた時から始めれば、それでいいと思う…」




