⑤ 茶山千代子−1
「志恩君、帰ったら結婚を約束しているって、いつも、ななみさんの話をしていたんですよ」
「茶山さん、なぜ、今、その話をするんですか?」
「なぜって、さっきのフリートークの時間に話すことではないと思ったからです。それともさっき、話した方がよかったですか?」
まあ、確かにそうだろう。親睦会で、ななみは視察の旅に行ったことがあるとしか言わなかった。
今さら、結婚を約束していたなんて話しても、意味がないと思ったからだ。それにしても、茶山は何を考えているのか、ななみにはさっぱり分からない。
「志恩君って、本当に一途ですよね…。恋愛にしても、活動にしても、本当にいつも真っすぐで、曲がったことが大嫌いな人なんです」
「そうですか…」
「私、ななみさんが、うらやましかったです…」
「はあ?」
思わず、大きな声を出してしまった。さっきから、茶山の言っていることと来たら…。どう考えても、ななみをおちょくっているようにしか思えなかった。
「私、もう帰ります。さっきから、黙って聞いていれば、一体何ですか。もし、私が視察の旅に行かなかったら、志恩は死ななかったかもしれない…と、あなたも言いたいんでしょう?」
「ななみさん、私はそんなこと、一言も言ってないです。事故なんてね、どこにいようと巻き込まれる時は巻き込まれるんです。あなたは何も悪くない!」
おもわず、ななみは茶山の勢いに圧倒された。志恩もそうだったが、自分のやりたい事を真っすぐやる人間の説得力にはいつも圧倒される。ななみに口を挟ませる事無く、茶山は続ける。
「確かに日本ほど安全な国はないでしょうよ。でも、それもたまたま日本では低くて、途上国では日本よりも高いと言う…確率の問題であって、一回事故が起これば、場所なんか関係ないですから…。それこそ、今日の帰り道に事故で命を落とすことだってあるんです。絶対に安全な場所なんて、どこにもないんです!」
ななみは茶山の言葉にほんの少しだけ救われたような気がした。海外で生活すると、考える視点が幾分か大きくでもなるのだろうか。
ななみはそんな風に考えたことはない。しかし、これまでの流れから、ななみは簡単には素直にはなれなかった。




