② 七隈ななみの正社員への道−1
「七隈さん、小笹課長がお呼びです」
ななみは若手の女性社員に呼ばれたので、課長室へと向かう。十月も中旬に入り、すっかり秋らしくなった。ここでは課長以外は全て契約社員であり、ななみは残りの十九人をまとめる課長補佐である。
しかし、誰もななみのことを役職名では呼ばない。それはななみが正社員でなく、他のみんなと同じ契約社員だからだ。
名ばかり管理職でやることと言ったら、せいぜい課長からの伝達を他の契約社員に伝えたり、コールオペレーターの不満や要望をまとめて、上に伝達したりする程度である。
所詮は、コールセンター内におけるただのまとめ役に過ぎない。今日は何を伝達されるのだろうか…。ななみは重い腰を上げて、課長室へ向かう。
「七隈君、忙しい所、すまないね…。まあ、そこに腰かけて」
「はい」
「七隈君、本社の正社員として、働く気はないですか?」
「えっ、何ですって!」
まさに青天の霹靂である。腰かけるように言われたので、今日の伝達事項は長引くなあ、面倒だな、と思っていただけに、本当に驚いた。
「七隈君、確か先月、事情が変わったので、どうにかして荒江化粧品の正社員として残れないか…と私の所へ相談に来ましたよね」
「はい…」
確かに相談した。しかし、その時点でもうすでに本社から、ななみの後任の正社員が来ることが決定しており、契約社員としてならコールセンターに残れるかもしれないと小笹は言った。
「先週、本社に出張した際、たまたま人事部長と会う機会があったから、ダメ元で七隈君のことを伝えました。そしたら、偶然にも本社で欠員が出ているから、即戦力を探している…と言われた」
「そうなんですね…」
「正式には本日、人事部長からの一斉通達がありました。全国の支社や支店、コールセンターなどで四年以上働いていて、正社員と同等、もしくはそれ以上の働きをしている契約社員に対して、社内選考を行うと…」
「それはありがたいです。でも、社内選考をクリアしないとダメですよね?」
小笹は小さく頷いた。ななみはがっかりした。前回のように自動的に正社員へなれる話ではないらしい。それだけに、前回の話を蹴ってしまったことを、ななみは激しく後悔する。




