⑥ 室見川の不覚−1
「先生が志恩の恩師でないことは、初めから分かっていました」
「えっ、何ですって?」
桃子は室見川に対して、悪びれることなく言う。室見川はカウンセラーとしての面目丸つぶれである。四十九日の法要が終わってから一週間後、室見川は志恩の恩師として話したいことがあるとでっち上げて、百道家に向かった。
本当はもう少し段取りをきちんとしてからカウンセリングをするべきだったが、伸一と健芯から今の内に進めて欲しいと言われたため、かなり急ごしらえでカウンセリングを進めていた。室見川も法要の様子を見て、今でしょうと思ったのだ。
「私、志恩を受け持った担任の先生の名前なら、小学一年から中学、高校、大学まで全部覚えています。その中に、室見川と言う方はいません。何なら、志恩の卒業アルバムを持ってきましょうか?」
「いや、本当に申し訳ありません。けして、騙そうとか、そう言う悪意はありませんから…」
室見川は桃子とのやり取りにタジタジだった。思わず、伸一や健芯の依頼を忘れてしまいたいと思ったほどである。
「そんなことは分かっています。そうでなかったら、法要の時に、警察を呼んでいますから…」
「それにしても、気付いていたなら、なぜ、法要の日に何も言わなかったのですか?」
ようやく、室見川は気になっていた質問を聞くことができた。それにしても、とんでもないクライエントである。
「それは、私のことを思って、室見川先生に相談しにいった夫と息子の好意を踏みにじりたくなかったからです。もともと、私は四十九日の間は、しっかりと悲しみや苦しさと向き合おうと思って、かなり極端なことをしましたからね…」
室見川は思わず、自分の立場を忘れて、目の前の女性をぶん殴りたい衝動にかられたのを必死になって押さえる。
「それを見かねた二人が先生に相談したのだろうと分かったので、あえて気付いてないふりをしていたのです」
「もし、それが事実だとしたら、百道さんのことをカウンセリングする必要は全くありません。ご主人様と息子さんには、そのことを伝えた上で、今回の一連の作業を全て終了致します」
室見川としては、本当に最大の不覚である。それに何も問題ないならさっさと切り上げて、本当にカウンセリングすべき人に労力を注ぎたいところである。
「いや、それは止めて下さい。先生、私はどうしたら、次男を長男のように愛することができるでしょうか? 志恩が亡き今、どうにかして、健芯を心から受け止め、愛してあげたいのです。健芯は、私が茶の間にこもっている間にも、野菜炒めやカレーライスなどを作って振る舞うような優しい子なんです。それなのに、私は未だに健芯のことを受け入れられずにいるのです」
室見川は、同じ日に同じクライエントから二回も不覚を味合わされた。室見川はカウンセラーでありながら、桃子のようなタイプが苦手である。
今後のことを一切考えなくていいなら、この目の前の相手に対して、投げやりな紹介状を書いて、同業他者に引き渡したい気分であった。




