⑥ 室見川の不覚−2
「そうですか…。それなら、その件に関してのカウンセリングを次回から始めていきましょう。その前に、今回の治療方針と私なりの見立てについて、お話したいと思います」
「はい」
意図的ではないとしても、さっきまで室見川をさんざん振り回した桃子が、素直に『はい』なんて返事するから、室見川はますます調子が狂いそうであった。それでも何とか気を取り直して、説明を進める。
「実は既に、ご主人様と息子さんにも、事前のカウンセリングをしております。百道さんが、どうして健芯さんを受け入れらないか仮説ではありますが、既に目星はつけてあります」
「えっ!」
桃子が驚くのも気にすることなく、室見川は淡々と、これまで伸一と健芯から聞いた話を元に見立てた仮説を一気に話した。室見川は桃子に合わせると調子が狂って仕方ないので、ひたすら自分のペースで説明する。
そもそも、出世をあきらめた伸一が原因である。そのことに失望した桃子は、野心的な素質がもともとあった志恩をより野心的に育てようと全精力を傾け、それにより自然と健芯を冷遇するようになった。そのことが今の健芯を受け入れられないことにつながっていると伝えた。
桃子の顔はみるみるうちに白くなった。室見川はようやくカウンセラーとしての面目を取り戻すことができた。どうやら、志恩の死はきっかけにすぎず、百道家はずっと昔から家庭内冷戦の状態であったという室見川の見立てが正しかったらしい。
「確かに、夫が出世をあきらめてからは、志恩と健芯を野心的な男に育てようとしていました。しかし、志恩がそのような力をメキメキとつける反面、健芯にはそのような力がなかった。私はだんだん志恩にのめり込むようになり、健芯は夫がマイペースに育てるようになりました」
「なるほど…」
「私達はそれでいいと…ずっと思っていました。ところが、志恩が違う世界へ行ってから、それは間違いだったと思うようになりました。しかし、どうしていいか分からず、見て見ぬふりをしていました」
この瞬間、室見川は心の中で拳を握った。百道家の問題が、完全に自分の見立て通りだったからだ。しかし、それを顔には出さない。
あくまでカウンセラーらしく、紳士的に振る舞う。たとえ、一瞬でも取り乱したことを恥じた。この時にはもう完全に自分のペースを取り戻していた。
「そうですか…。ご主人様も同じようなことをおっしゃっておられました。健芯君については、中学生の頃からずっと母親から冷遇されて、心にぽっかりと穴が空いているようです。しかし、ここで気付いたから、よかったではありませんか…。今なら、まだ引き返せますよ」
すっかり、顔色をよくした室見川は、いつもと同じようにしたり顔でクライエントに対して決めゼリフを言い放った。
「夫は九月末で定年を迎えましたし、健芯はどうにかして三人で心地よく過ごせる家にしようと、私達を支えてくれます。これからは三人でうまくやっていけるようにしたいと思います。どんなに過去を懐かしんでも、過去は変えられないし、戻れないんですからね…。先生、これからもよろしくお願いします!」
「いやいや、こちらこそ、大してお役には立てないでしょうが、微力ながら尽くしますので、ぜひともよろしくお願いします」
室見川は、ほっとした様子でカウンセリング室から去って行く桃子を見て、どうにかカウンセラーの面目を保ててよかったと内心ホッとしていた。
これは長年のキャリアの賜物であろう。キャリアがあるから、何とか堪えることができたと言っても過言ではない。




