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心を自然解凍  作者: あまやま 想
第4章 外から見た百道桃子
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① 母の奇行の原因ー2

 要約すると、母は出世街道まっしぐらの父に惹かれて、そのまま結婚した。ところが父はある時から、出世のために派閥付き合いしたり、上司を伺ったりすることに嫌気がさすようになった。


 今から、十八年年前に胃潰瘍で倒れてからは人事課にいる限り、いつまたぶっ倒れるかもしれないと思うようになった。そのため、何度か人事課長になれる機会があったらしいが、全てを断るようになった。


 その頃、出世欲をすっかり失った夫に愛想を尽かした桃子は、もともと活発で社交的な志恩を島耕作のような人物にする必要があると思うようになる。


 それ以降、志恩に愛情の全てを注ぐようになり、健芯は増々冷遇されるようになり、そのまま今に至るらしい。


「なるほど…。大変長い話だったけど、何とか分かったよ。それで母さん、篠栗のおっちゃんを嫌うようになったんだね…」


「まあ、そう言うことだ。母さんから見ると、父さんを人事課から追い出した張本人に見えるらしい。あの時、父さんはようやく人事課を離れることができて、本当にホッとしたんだけどな…」


「ところで、いくつか聞きたいことがあるんだけど…」


「ん? 何だ?」


「なんで、母さんはかつて父さんと同じ会社に勤めていたとは言え、辞めてからもう何十年も経つのに、どうして、片江商事の情報が分かるわけ?」


「健芯、役所ではどうか知らないが、母さんが仕事を辞めた後も、母さんの同期や後輩がお局として、何人か残っている。それが母さんの情報源だ」


「あ、なるほどね…」


 健芯は全く思いもしなかった。母の奇行の原因が、父の出世意欲がなくなったことにあったなんて…。確かに、志恩が中学受験をして私立西新中学校へ進み、一方で健芯は中学受験に落ちて公立中へ入った。


 その頃から、母は兄貴しか見なくなった。健芯は中学受験に落ちた自分の責任だと思っていたが、必ずしもそうではなかったらしい。なんと、父が出世をあきらめたことが原因だったとは…。


「父さんは、兄貴が中学受験に受かって、俺が落ちた時のことを覚えている?」


「ああ、覚えているとも…」


「俺の記憶が正しければ、そのことがきっかけで母さんから、完全に愛想付かされたと思うんだけど…。その背景に、父さんが胃潰瘍で倒れて、出世をあきらめたことがあるってこと?」


「そうだな…。もともと、母さんは二人が幼い頃から、志恩に目にかけていたけど、それまでは健芯もあわよくば、自分の思い通りにしようとしていた節があった。ただ、一方で、『健芯には健芯のよさがあるから、それを伸ばして行きましょう』と言っていたこともあったんだ。だから、もし、父さんが会社で登りつめていたら、母さん、あんな風にならなかったかもしれない…。まあ、所詮はたらればの話だが…」


 健芯は黙り込んだ。今さら、たらればの話をしても仕方ないが、少なくても、母があんな風になったのは、兄貴の死だけが原因でないことが分かっただけでも大きな収穫である。


「で、室見川先生がおっしゃるには、健芯の話も聞きたいので、ぜひ診療所に来て欲しいそうだ」


「えっ、俺も行くの?」


「そうしないと、母さん、ずっと茶の間から出て来ないぞ…。それに先生と話すことで分かることもたくさんある。父さんだって、まさか、出世をあきらめたことが原因になっているなんて…思いもしなかったからな…」


 健芯は面倒だと思った。しかし、非常事態なので、父の言う通り、しぶしぶカウンセリングの専門家と会うことを受け入れた。

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