② 義父の来訪−2
いやいや、義父に向かって、さすがに『あいよ!』とは言わない。いや、言えない…。
ななみはそう突っ込んでみたかったが、ここは反論するだけ無駄だと思い、黙っておくことにした。それにしても、義父の前でうかつだった。分かってはいても、場所が我が家だとつい気が緩んでしまう。
「既に何度も言っておりますが、男手一つで娘を二七年間育ててきましたので、どうもガサツになっていけません」
「いやいや、そんなことはありません。何より男手一つで娘さんをここまで育てるなんて、そう簡単にできることではありません。どうしようもなかったとは言え、こんな素敵な娘さんをもらおうとしておきながら、さっさとあの世へ行ってしまった志恩に代わりまして、お詫び申し上げます」
そう言うなり、伸一は食事中なのに、またしても深々と頭を下げる。まだ、あの事件から一ヶ月経っていないから、志恩の話題をどのように扱ってよいか、ななみには分からなかった。
もし、志恩と出会っていなかったら、伸一のことを義父さんと呼ぶこともなかっただろうし、こうやって一緒に食卓を囲むこともなかっただろう。
志恩のいなくなった世界で、代わりの呼び方が見つけられずに、未だに義父さんと呼ぶななみ。
「あ、そう言えば、義父さん。この前、あいさつに行った時はお世話になりました」
「いやいや、あの時は女房しかいなかったはず…」
「義母さんにもよろしくお伝えください」
ななみは強引に話題を変えた。やっぱり、父・雅彦のようにうまくはできない。となりで父が苦笑いしていたが、ななみは見なかったことにした。
「そう言えば、ななみさん。うちの女房が何か変なことを言いませんでしたか?」
ななみは答えに困った。確かに変と言えば、変な所もあったかもしれないが、面と向かって『変でした』と言う訳にもいかない。
桃子から初めて、いつかは家族ぐるみの付き合いもできなくなると言われた時はさすがにショックだったが、志恩が違う世界に行ってしまった以上、それは仕方ないだろう。
今はそんなことも考えたくもないが、こうなってしまった以上、違う人と結婚する可能性が極めて高い。生涯独身を貫くなら別だが…。冷静に考えれば、むしろ当然のことであろう。
「いいえ、何もありませんでしたよ。むしろ、私が帰って来たことを、実の娘のように受け入れてくれました」
やや、間を空けてしまったが、ななみは取り繕うように答えた。隣で父がうんうん頷きながら、ビールを三つのグラスに継ぎ足している。




