② 義父の来訪−1
「今さら、押し掛けるなんて…とも思ったのですが、うちの女房の非礼を謝らないといけないと思いまして…。本当に申し訳ありませんでした」
伸一は七隈家に入るなり、玄関先で一言詫びた。それを一段高い所で聞かされた雅彦とななみは、どのように返答すればよいか分からず戸惑った。
「いやいや、このたびは大切な息子さんを不慮の事故で失われたのですから、致し方がありません。何より、桃子さんの志恩君に対する愛情の深さゆえの行為ですから…。私だって、逆の立場であれば、きっとあのようなことをしてしまうでしょう」
ややあって、雅彦が答えた。さすが、倍近く生きているだけあって違うなあ…とななみは思った。突然の出来事で、父もあっけにとられていたはずなのに…。丁寧に考えた末の返答のような印象を周りに感じさせるなんて…。
「玄関先では何ですから、義父さん、どうぞお上がりください。父が作った料理とビールが涼しいお部屋で待っていますよ。さっ、どうぞ、どうぞ!」
ななみが言えたのはせいぜいこの程度であった。まだまだ、人生修業が足りない…と思わずにはいられなかった。まあ、そうは言っても、義娘にできることなんて所詮この程度だろう。
すかさず、ななみは玄関先でなかなか動けずにいた義父・伸一の背中を下に降りてから押した。伸一は一瞬だけ躊躇したが、ここまで来たのに何を迷っているのかと思い直した。それから、前後を七隈親子二人に挟まれる形でリビングに誘われた。
「伸一さん、今日は何で来られましたか?」
「電車で来ました。そうしないと飲めませんからね。これをどうぞ」
伸一はプレミアムモルツ六缶セットを差し出した。ななみがうやうやしく受け取った。
「まあ、義父さん、ご丁寧にありがとうございます」
ななみはそう言うと、プレミアムモルツをそのまま冷蔵庫に収めた。
「さあ、せっかくだから、温かいうちに食べましょう。ななみ、ちょうど良かった。冷蔵庫からビールと冷やしたグラス三つ、こっちへ持って来て」
「あいよ!」
ななみは義父からの手土産を冷蔵庫に収めた足で、そのままビールと冷やしたグラスを持って戻る。テーブルに戻ると、伸一と雅彦のグラスにビールを注ぐ。
まずは義父、次に父と注いでいった。伸一はタイミングよくななみのグラスへ注ごうとしたので、ななみは慌てて缶ビールを置き、両手でグラスを持つ。ななみのグラスがなみなみと黄金色で満たされたところで、雅彦がすかさず「乾杯」と言った。三人のグラスからカーンと心地よい音が響く。
「それにしても、ななみ。義父様のおわす前で『あいよ!』はないだろう。義父様がこんなガサツな娘だったのかと驚かれている…」
「雅彦さん、そんな止めて下さいよ。私達は家族同然なんですから…。別にいいではありませんか。家族って感じがして…。むしろ、私にも『あいよ!』と返事して欲しいものです」




