狼少女は嘘をつかない 1
友達の家で、徹夜でゲームをしていたらすっかり帰りが遅くなってしまった。帰り道、足早に歩いていると、一糸纏わぬ姿の同級生が電柱の影に隠れていた。
「……」
月明かりに照らされた肌色を見たとき、ハゲ散らかしたおっさんが家庭内不和などのストレスから露出に目覚めたのだろうと想像したのだが、今たしかにバッチリと目があっているのは同級生の大上小夜子だった。
あまり接点がないのでプロフィールは把握していないが、僕が知っている限り天真爛漫な女の子だ。
女の露出狂ってわりと珍しいんじゃないかな、なんて間抜けなことを思いながら、僕たちはしばし無言で見つめあった。夜虫の鳴き声が優しく響いている。
大上は身を縮こまらせて自らの裸体を隠そうとしているが、衣服を一切纏っていないので、当然ながら丸見えだった。
顔を真っ赤にしているが、恥ずかしいなら最初から露出なんてしなければいいと思う。
クラスメートのアホな特殊性癖を知ってしまったが、付き合ってあげる義理もないので、見なかったことにして帰ることにした。
たぶんそれが彼女の望んでいることだろうし、僕自身の最良の選択に違いないからだ。
「まって!」
そのまま去ろうとしたら、声をかけられた。なんで呼び止めるんだよ、と視線をはずしたまま「なに?」と訊ねると、
「ちがうの!」
と彼女は声を荒らげた。
「違うって何が?」
昼間は楚々として振る舞う少女が、深夜一時にお外で素っ裸にいたのは事実だ。現在進行形なので言い訳のしようも無い。
もしかしたら何かしらの事件に巻き込まれているのかもしれないが、それならあえて触れずにそっとしておいてあげるのが優しさじゃないだろうか。
「好きで裸でいるんじゃないの」
「でも、服は着ておいたほうがいいと思うよ」
仕方がないので、ワイシャツのボタンを外し、彼女に羽織らせてあげる。お陰さまでタンクトップになってしまったが、まあ、女の子が裸でいるよりはましだろう。
ようやく正面から向き合えるようにはなったが、ブカブカのシャツというのも妙にエロチックである。
「あ、ありがと」
短くお礼を言ってから、大上は続けた。
「あのね、気付いたら、裸だったの」
「警察呼ぼうか?」
「大丈夫……え、えっと、なんか、ほら今日、いい夜じゃない?」
大上は頭上の満月を指差した。たしかに煌々と照る月はいつもより大きく見える。九月下旬の夜だ。熱帯夜と言うほどではないが、気温は高い。
「だから、仕方ないの」
どうやら彼女は月が綺麗だと服が脱ぎたくなる特殊性癖の持ち主らしい。夏目漱石もびっくりだ。
「そうだね、仕方ないね。とりあえずはやく家に帰りなよ。風邪引くよ」
手をあげて足を前にだしたら、タンクトップの裾を捕まれた。
「離してよ。帰って寝たいんだよ」
「菅野、たぶんだけど、誤解してる」
「誤解ってなにが。キミの性癖に口を出す気はないから帰らせてくれ」
「だからそんな性癖は私はないんだって!」
「誰かに命令でもされてんの?」
「だから、そんな性癖はないって!」
「じゃあ、なに? 深夜一時に素っ裸で街中歩いていたけど、気持ちのいい夜だったから、衝動的に行っただけで、そういう性癖はないって言いたいの?」
「うん!」
「病院に行け! 頭のな!」
言い逃げしようと踵を返したら、目にも止まらぬ早さで正面に回りこまれた。
「だから、それが誤解なの! アタシはしたくてしたんじゃなくて……」
「あっ」
移動の際に起こった風で、ふわりと彼女のシャツが浮き上がる。露出する下半身。ばっちりと網膜に焼き付いた。
「はわわわー!」
心底間抜けな叫び声を上げてその場にしゃがみこむと大上はボロボロと泣き始めた。
「お、おい……」
鼻をすんすんと鳴らす少女を置いてけぼりにすることもできない。
「お願い誰にも言わないで」
仕方なしに僕はその場に所在無げに立ち尽くし、
「わかった。落ち着いてよ。茶化さないでちゃんと話聞くから」
と、なるべく優しい声音で彼女に声をかけた。
「ありがとう。あのね、アタシ、なんて言ったらいいか、えっと、そう」
潤んだ瞳が上目遣いに向けられる。
「満月を見ると狼になるの」
言ってる意味が理解できなかったけど、彼女の告白に対する返事は決まっていた。
「メンタルヘルスへ行こう」
「信じてくれるわけないってわかってたけど、私の名誉のために言わせてもらうね」
しゃっきりと立ち上がると彼女は続けた。
「アタシは元々狼なの。人間の姿は仮の姿」
「それはけったいな話だね。それはそうと……その話長い?」
「え、えぇ。まあ、半生を語るわけだし……」
「また今度学校の時でもいいかな」
ポケットのスマホを取り出して、画面を光らせて少女に見せる。
現在時刻AM1:12。
友達の家で行われたオールナイトゲーム大会が終了したばかりで、帰り道は猛烈に眠い。今日は金曜日で高校はいつも通りあったので、稼働時間は軽く十八時間を越えている。どんな聖人だってベッドに潜り込みたくて仕方ないだろう。
「う、うん」
眉間にシワを寄せながら大上は頷いた。美人の不機嫌そうな顔は男心を擽るものだったが、あいにく今の僕を支配しているのは眠気のみで、例え傾国の美女が裸一貫で扇情的なリンボーダンスを踊っていようと性的興奮を起こさない自信があった。それほどに眠いのだ。
許可を得たので歩き出す。ここから自宅まであと十分ほどだ。ひたひたと大上はついてきた。なぜ。
振り向いて「ついてこないでよ」とぶっきらぼうに言うと、
「し、仕方ないよ。うちもこっちなんだから」
と唇を尖らせて文句を言われた。
「あっ、そう。それはそうと裸足で痛くないの?」
「痛い……」
「はだしのゲンだって靴はいてるよ」
僕はその場で靴を脱いで、靴下だけになった。本当は嫌だけど、仕方ない。
「靴あげる」
東京靴流通センターで五百円のサンダルなので、惜しくはなかった。
「え、いいの」
「誕生日プレゼント」
「私の誕生日十二月なんだけど」
今は九月だ。
薄暗い夜道を二人きりで歩く。静かな夜だったがなんのロマンスもなかった。気まずい沈黙を経てようやく自宅にたどり着いた僕は「じゃあね」と彼女に短く手をあげた。
「う、うん。じゃあ、また学校で」
いつもの学校で見かける勝ち気な瞳が伏し目がちになっている。
「あっ、ちょっとまって」
「え」
親は既に寝ているので起こさないように家にあがり、自室のタンスからズボンをつかんで、玄関の縁石の横に立ち尽くしていた少女に差し出す。
「返さなくていいから、それはいてきなよ」
「え、いいの」
「裸でいるのが嫌じゃなければね」
「恩に着るわ」
「先に服を着てくれ」
「……ちょっと上手いこと言ったってどや顔やめてくれない」
そんな風にして彼女と別れた。
夜道を照らす月明かりが綺麗だった。




