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黄昏せまれば  作者: 上葵
13/37

伽藍の正しい殺し方 2


 放課後そんな相談をしてから帰宅しようと校門をくぐったら、

「遅いぞ。山田」

 ポケットに手を突っ込んで、不機嫌そうに唇を尖らせる少女に声をかけられた。

「約束の時間より2分も遅刻だ」

 さばさばとした口調は、幼く可愛らしい彼女の容姿には酷く不釣り合いだった。

「ごめん、ホームルームが思ったよりも長引いてね」

 早朝、登校する前に伽藍と会ったとき、半ば無理矢理約束を取り付けられたのだ。

 ため息はついてもつききれないけど、今朝と違い今の僕には余裕がある。

「君が伽藍さんかな?」

「む。なんだこの女は」

 僕の数メートル後ろを歩いていた部長が校門にもたれかかる伽藍に声をかけた。

「はじめまして。うちの部員がお世話になってるね。それにしても、うん、思ったより可愛い顔をしているんだね」

 部長は最強だ。

 何がすごいって彼女に頼んでうまくいかなかったことはない。

 調停者(トラブルシューター)

 厨二病めいたあだ名をつけるのが好きな友人がつけた二つ名だ。

 絶妙にダサいソレを彼女はいたく気に入り、 事あるごとに使用している。

「山田、なんだこの女、馴れ馴れしいぞ」

「留萌テル。僕が所属する部活の部長だ」

「部活? 山田はなんの部活をしているんだ?」

「その話はいまはいいじゃないか……」

 他校の人に僕は自分の所属する部活を紹介したことがない。理由はシンプルに恥ずかしいからだ。

「私はべつにどうでもいいんだけど、頼み込まれてさ。君の話を聞かせて欲しいんだ」

 部長はいつもの自信に溢れる目線を伽藍に送った。

「断る。伽藍はこれからホームセンターに行かないといけないのだ」

「ホームセンター? なんでだい?」

「道具を買うのだ。もういいだろ、ほっといてくれ」

「ふぅん」

 人を観察する猫のような目で部長は伽藍を見つめた。

「ところで君の名字って朽木?」

 伽藍の肩がひくついた。

「なんだ、キサマ」

「朽木伽藍。やっぱりそうか。しばらく見ないうちに美人になったね。私は君のファンなんだ。もうビアノは弾かないの?」

「不愉快だ。いくぞ、山田」

「あ。ちょっ」

 伽藍は無理矢理僕の手をとると、大股で歩き始めた。勢いにまけてひっばられてしまう。

 別れ際の部長はニタニタと不気味な笑みを浮かべ、僕に軽く手をあげていた。


「ビアノを弾くんだね」

 ようやく歩調が落ち着いてきた。部長と会話してからずっと不機嫌だった伽藍と並行して歩く。

 狭い歩道で横並びになるのは迷惑かもしれないが、ガードレールがない道なので、女の子に車道側を歩かせるわけにはいかない。

「楽器が出来るだなんてかっこいいね」

 伽藍は僕の雑談を唇を尖らせて無視した。

「部長の口ぶりだと相当うまいっぽいね」

「……」

「僕もなにかやりたいんだけど、良かったら今度教えてくれよ」

「無理だ」

「ちょっとは悩んでくれたっていいじゃん」

「ビアノをやってたのは昔の話だ」

 伽藍はポケットに突っ込んでいた右手を見えるようにかざした。

 青い手袋をしているので、わかりづらいがよくよく見ると右手中指の布がぺたんと垂れている。

「あれ」

「分かりやすくしてやる」

 彼女は眉間にシワを寄せながら脱ぎづらそうに手袋を外した。

 右手の中指、第一関節より上の部分の指がなかった。

「あ……」

「ふん」

 鼻をなして手袋をはめる。

「伽藍はもうビアニストじゃない、エクソシストだ」

「えーと」

 こんなときになんて答えればいいんだろう。

 言葉あぐねく僕の反応が面白いのか、少女は少しだけ吹き出すとポケットに再び右手をしまった。

「そんなことよりホームセンターだ。伽藍の悪魔をきちんと殺してくれ」

「その事だけど、僕には荷がかちすぎるよ」

「ふん。お前はお前がやりたいようにやればいいのだ」

「自殺幇助も立派な罪だよ」

「細かい男だな。それに自殺じゃないと言ってるだろ。悪魔殺しだ。方法はお前に任せる。きちんと伽藍を殺してくれ」

 頭がおかしい。

 自分が死ぬ話をしているのになんでこんなに楽しそうなのだろうか。


 ホームセンターについた。自動ドアが開くと同時に暖房がふわりと僕らの髪を巻き上げる。

 平日の夕方なのに混んでいた。伽藍は人混みと棚の間をスイスイと鼻唄混じりに歩きはじめた。

「撲殺は痛いからやだ。刺殺は血がいっぱい出そうだからやだ。やはり痛みも少ないという絞殺が理想的か」

「あのさぁ……」

「む、そうだなすまない。意見は無視してくれ。お前のやり方で話を進めてくれてかまわない」

 頭を抱えても、彼女には伝わらない。

「だが、急げよ山田。昨日は新月だったから悪魔殺しに最適だったんだ。日付がたてば経つほど理想の時間と離れていくし、伽藍もそれほど長く心奥の悪魔は封じられない」

「ちょっと待ってくれ」

「む、なんだ」

「僕はやらないぞ」

「今さら何を!」

「そもそも人を殺すなんて無理だ」

「無理なことなんてこの世には一つもない。責任とれよ。伽藍はお前に殺されると決めたのだ。悪魔が解き放たれてみろ、一人じゃすまない死者がでるぞ」

「そもそも、悪魔ってなんなんだよ」

「様々なタイプがあるが伽藍についたのは通り悪魔だ」

 ぷっくりとした下唇に人差し指をあてて、伽藍は続けた。

「通りがかり的に悪意を発散させるタイプのやつで、突発的にむしゃくしゃするのはこいつのせいだ」

「君も突発的に人を殺したくなるのか?」

「さてな。憑かれて間もないからわからないが、殺したい相手ならいるよ」

「それって」

「……常々疑問には思っているんだ」

「疑問?」

「どうして人を殺してはいけないのか?」

 店内の明るい邦楽が彼女の声音で暗くなる。

「小学生が先生を困らせる質問ベストスリーかな」

 ちなみに一番は赤ちゃんはどこからくるの。

「茶化すな」

「それはほらあれだよ。倫理的にね。誰かが悲しむから」

「誰も悲しまない孤独な者なら殺してもいいのか?」

「そうは言わないけど……」

「それなら心置きなく伽藍を殺せるな」

「なんでさ」

「伽藍が死んでも悲しむ者は誰もいない」

 手に取った包丁を蛍光灯に透かしながら、伽藍は呟いた。

「孤独だ」

 彼女についての情報なんて一切ない。

「親とか……」

 知り合いの顔がいくつも浮かぶ。

 愛されて育った者。そうじゃない者。

 いろんな友達がいるけど、今はみんな幸せそうだ。

「そんな話はどうでもいい。いいから早く道具を選べ」

「……」

 たくさんの商品が並ぶホームセンターだが、彼女のトドメをさすのに相応しいものはひとつもなかった。

 おかしな話である。

 世界にゾンビウイルスが蔓延した時は籠城できるくらいたくさんの武器が揃っているのに、女の子一人殺す道具はないのだ。当たり前だが。

「僕のやりたいようにやらせてくれるんだろ?」

 日用雑貨コーナーに並ぶハンマーを手にしていた少女はキョトンと僕を見たあと、ニコリと微笑んだ。

「はじめから言っているだろ。山田の好きなように殺せばいい」

「それじゃあ。まずは君の話を聞かせてくれ」

「な、なんだよ、突然、あの女みたいなことを言うな」

 部長の事を言っているのだろうが、いまは僕と伽藍の二人しかいない。

「殺す側にも権利がある。被害者がどういう人なのか教えてくれないと、どうやって殺せばいいのかわからないだろ」

「そういう、ものなのか?」

「そういうものなのさ」

 子首をかしげる伽藍に、僕はできるだけ優しい笑みを与えてあげた。

「お茶しようか」


 ホームセンターのなかには幾つかお店が併設されている。

 友達の住吉と一緒によく行くポテトが無駄に大盛りのイートイン。たこ焼き屋。ギャベツ焼き。タピオカジュースにお洒落なカフェ。

 そのなかで僕はデートに最適なカフェテリアを選び、伽藍とともに入店しようとした。

「まて、山田」

「ん?」

 看板で何を飲もうか悩んでいた僕の袖を軽く引いて伽藍はピンクの看板を指差した。

「あれは、なんだ」

「アイスクリーム屋じゃん。珍しくもない」

「食べたい」

「べつにいいけど、いま冬だよ」

 濁った黒い瞳は珍しくキラキラと光が宿っている。好奇心にあふれる若い瞳だった。

「食べたことないんだ」

「え、アイスを?」

「うん」

「はぁ、嘘だろ。何歳だよ」

「十四歳だが、関係あるのか?」

「十四年間一度もアイスを食べたことないのか?」

「悪いか、バカ」

「いや、悪くないけど……じゃあ、食べようか。奢るよ」

 進路を変えてアイスクリーム屋に入る。


 ガラスのショーケースに色とりどりのアイスクリームが並んでいる。

 コーンにしようか悩んだけど結局カップにした。伽藍と向かい合わせに席につき、ほっと一息つく。普通のデートみたいだった。

「ストロベリー……」

 自らが注文したピンクのアイスをそっとスプーンで掬い、恐る恐るといった風に口に運ぶ。

「むううう、ツメタ……むっ、甘い!」

 なかなかの百面相だ。

「美味しい?」

「うん」

 こくりと小さく頷いて、伽藍は鼻息荒く、器用にも指のない手でアイスを食べいている。

「今時珍しいね。アイス食べたことないなんて」

「親が虫歯になるから食べるなって」

「いい親じゃないか」

「いい親?」

 前屈みになっていた伽藍は上目遣いに僕を睨み付けた。

「徹底的な管理主義だ。ビアノにしてもそう。正格に運指出来なければ生きている価値なんてない」

「エクソシストの前はピアニストだったんだろ? ピアニストをやめたのはその指のせい?」

「うるさいな」

 甘味でとろんでいた伽藍の表情が引き締まる。

「放っておいてくれ」

「そうはいかない。より良い悪魔殺しのために君の話を聞かせてくれないと」

「ふん」

 プラスチックの小さなスプーンをタバコみたいにくわえたままそっぽを向かれる。

 気難しいやつだ。

「物語には背景が必要なんだ」

「む?」

「いきなり始まる話なんてない。生まれる前には過程があって、過程後ろには背景がある。いきなり殺してくれって言われたってそんなのは不可能だ。リンカーンを暗殺した男だって、ジョンレノンを殺した人だって、対象の事を知っていたから殺したんだろ?」

「……」

「相手を知らないのに殺すだなんてそれこそ通り魔、悪魔じゃないか。悪魔を殺すのに自分が悪魔になってちゃ、世話ないよ」

「……そうだな。うん、わかった。山田、お前の言うことももっともだ」

 伽藍はアイスを一口運んでから続けた。

「別に面白くもない普通の話だぞ」

「それを聞きたいのさ」

「ふぅ。面倒だが、仕方ないな。名前は朽木伽藍。十四歳。晴輪女子中学校に通う二年生だ。趣味はない。母親はビアニストとして知られる朽木涅槃。父親は知らん。極東でテロに巻き込まれて死んだらしい」

「……」

 いきなり壮絶だ。

「どうした?」

「いや、言いづらかったら言わなくていいからね」

「バッググラウンドを隠したら意味ないだろ」

 あっけらかんと伽藍は笑った。

「シングルマザーとして娘を育てた母親は、伽藍(わたし)も自らのようなピアニストにさせようと躍起になった。ジュニアコンクールや自らの前座によく使われた 」

 部長が伽藍を知っていたのは、彼女の母親を知っていたからか。

 改めてあの人の博学ぶりに驚かされる。

「母は徹底的に機械的に偏執的に娘を管理した。食べる量、運動量、勉強量、睡眠時間に至るまで徹底的にね。当時はそれしか知らなかったからなんの疑問も抱かずただ従うだけだった」

 僕のアイスに刺さったプラスチックのスプーンがカタンと縁にくっついた。

 強めの暖房が背中に嫌な汗をかかせる。

「二年前の母の日に道ばたに咲いていたハルジオンを集めてプレゼントしたんだ。普段親子の会話を、ちょっとだけ、期待して。だけど、母はスゴく怒ったよ。貧乏草を摘んできて、無駄なことに時間を割いてって、そんな暇があるなら練習を知ろって。ごもっともだよ。だけど、そんな会話したくなくてさ、ピアノが弾きたくなくて……次の日包丁で指を切り落としたんだ」

「……え、っと」

「それ以来、母は一層神経質になってちょっとのことでイライラをぶつけてくるようになったんだ。だけど、ピアノを強制することはなくなったよ。それから二年経って、いまじゃ、ただ、放置されている。お金だけ机の上に置いてあって、家はいつもがらんどうだ」

「……自分で指を、落としたのか」

「まだ小学生だからな。ちょっとした興味でやってみたんだ。血が溢れて止まらなくて死ぬんじゃないかと思ったな。いま思えばあれがきっかけだったんだ。伽藍はそれからエクソシストを目指して勉強するようになった。まだ半人前だけど、ある程度は祓えるようになったんだ」

「あの、さ」

 唖然として言葉がうまくでなかったが、僕はなんとか突っ込んだ。

「自習かよ 」



 伽藍とはホームセンターを出たところで別れた。

「それじゃあ、また夜な」

 木枯らしが吹き荒ぶ。

 なにも買わなくて良かったのか、と少女は訊いてきたが、道具なんて必要ないんだから、買うわけがない。

「ああ、またね」

 本日の夜八時、再開発地区の人気のない公園で待ち合わせることになった。

 全くやる気がでなかったが、願いを無下にすることもできない、

 でもとりあえず、なにをすべきかはわかった。

 小さくなっていく少女の背中に僕はそっと呟いた。

「殺すわけないだろ」

 赤に染まる町に悪魔みたいな影が長く伸びる。



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