後編
その後、ひと月ほどは寝台から起き上がれなかった。
父は、私が王子妃になれなくなるのを心配して、医者やら薬やら、いろいろと準備させた。
カトリーナやイザベラがいなくなったこともわからない。
父の中では、二人の存在は消えていた。
屋敷の中も二人の部屋は、空き部屋となっていて、服やアクセサリーなども消えていた。
使用人たちも誰も二人がいないことに、疑問はないようだ。
最初からいなかったかのように、皆過ごしている。
消滅魔法の効果は、完璧のようだ。
私以外は、だれも二人が存在したことを知らない。
起き上がれるようになって学園にも復帰したが、自宅療養中にヘンリー王子の見舞いはなかった。
侍従に選ばせたのだろう花と、カードが送られてきてはいたが。
「早く元気になるのを、心待ちにしている。」
と書いてあった。
ヘンリー王子の筆跡ではなかった。
学園では、相変わらずお気に入りだけを引き連れて過ごしている。
私との交流はない。
花とカードのお礼を述べたが、きょとんとして、すぐには何のことかわからないようだった。
やはり、この婚約は解消すべきだ。
父に婚約解消を願い出ても、却下された。
王家の方から解消を言い渡されるのではない限り、解消はありえないと。
ヘンリー王子の存在が、ますます邪魔になってきた。
しかし時期を待たねばならない。
消滅魔法で使った魔力、そこなわれた体力が戻っていない。
機会が来るまで、じっと待つことにした。
学園でのヘンリー王子の放蕩は、ますますひどいものになっていった。
王宮に王子妃教育に行くたびに、王妃や女官長から小言を言われた。
もっと婚約者として、手綱を握るようにと。
あんな暴れ馬、誰にも制御できないわと言い返したいけど、我慢する。
あとしばらくの辛抱だ。
機会は思いがけずやってきた。
ヘンリー王子が、今後のことで二人きりで相談があるという。
相談ではなくて、決定事項の連絡でしょと思ったが、自宅へ招く良い口実になる。
「でしたら、我が家へおいで下さいませんか。
庭の花も見頃ですし、気候も良いので庭でお茶をいただきながらお話ししましょう。」
東屋へ向かう際には、ヘンリー王子がエスコートするはずだ。
その際の接触で消滅魔法が発動できる。
「私は、ヴァルハイト家に臣籍降下することになりそうだ。
王宮に残って兄上の補佐をするより、ヴァルハイト家の公爵としてお支えしたいと思う。
当主の仕事は、慣れているだろう君に任せる。」
ヘンリー王子の魂胆は、丸わかりだ。
うるさい王妃様がいらっしゃる王宮より、我が家の方が羽を伸ばせるからだ。
ずいぶんなめられたものだ。
私の公爵家を横取りするのか。
私は、にっこり笑って、消滅魔法を発動させた。
ヘンリー王子が光の粒子になってゆく。
彼のことをこんなに美しいと思ったことはない。
微笑みながら、意識を失っていった。
この国には、元からヘンリー王子はいなかった。
五歳下のノエル王子が、国王夫妻の第二王子として育ったことになっている。
私も王子の婚約者になったことはない。
公爵家にふさわしい婿を取り、家を継ぐ。
世界は、すでに書き換えられていた。
これは、私だけが知っている世界の秘密だ。
これからも行く手を邪魔するものは、容赦しない。
この命が続く限り、戦ってやる。




