前編
さらさらと砂時計の砂が落ちるように、光の粒子が崩れ落ちて消えてゆく。
綺麗......。
殿下、あなたはこんなにも綺麗だったのですね。
私は、消えゆくヘンリー王子に見とれていた。
やがて魔力がほとんどなくなり、そこで意識を失った。
生涯で、三度目の消滅魔法の発動であった。
気づくと、自分の部屋の寝台に寝かされていた。
応接室で倒れていた私を使用人が運んだのだろう。
今度は、どれくらい寝込んでいたのだろうか。
禁忌の魔法、消滅魔法は、魔力の消耗が激しい。
魔力量の多い私でも、魔力枯渇寸前まで魔力を使う。
反動で、意識を失い、ひと月近く寝込むことになる。
前回使用時にも、それくらい寝込んだ。
その禁忌の魔法を知ったのは、偶然だった。
王子妃教育のため、禁書庫の本も読む許可が出た。
この機会を利用しない手はない。
隠されたように奥の方にあった本を何気なく開いてみたら、消滅魔法のことが書いてあった。
かなりの魔力を消費し、その反動で意識を失ったり、寝込んでしまう。
さらに術者の寿命まで削る。
そのかわり、対象そのものの存在、それに関する周囲の者の記憶、それが存在した証拠、記録、対象に関するすべてが消滅する。
なんて素敵な魔法でしょう。
私は何日も夢中になってその本を読み、内容を頭に叩き込み、消滅魔法を発動させ、その本を消滅させた。
魔法は、正しく発動した。
これで消滅魔法のことを知るのはおそらく私だけだ。
一冊の本という小さな対象物だったからか、数時間気を失うだけで済んだが、
そのときこの魔法は、自宅内で使おうと思った。
外で失神なんて、令嬢として恥ずかしいことだ。
私、セラフィナ・ヴァルハイトは、公爵家令嬢で、ヘンリー王子の婚約者だった。
父、ロデリックは、政略で結婚した私の母や、娘の私には興味がなかった。
母の死後、愛人であったカトリーナと、その娘イザベラを連れてきた。
母の喪も明けないうちに。
二人はやがて、ヴァルハイト家のあらゆるところに浸食していった。
母の部屋や遺品が片付けられ、昔からいた使用人たちが一人、二人といなくなった。
私の居場所は、今では自室しかない。
父は屋敷内のことにも、私のことにも無関心なままだ。
このままではいけない。
そのうち排除されるのは、私だ。
父は、世間体が悪くない私の排除方法として、ヘンリー王子に嫁がせることにした。
王子妃なら名誉なことだし、目ざわりな私を穏便に追い出せる。
王子との婚約の頃には、それも仕方ないかと思えるようになっていた。
父と義母、そして異母妹の三人だけの家族の中に、無理に入りたいとは思わない。
ならば、他の場所に自分の居場所を求めても良いのではないかと。
「君が私の婚約者になるんだね。ヘンリーだよ。よろしくね。」
子供らしい、かわいらしい挨拶をした王子はもういない。
思春期を迎えた頃から、親が決めた婚約者というものに反発し、
自分より出来の良い婚約者に劣等感を抱く、そんな少年になっていた。
学園では、気に入った側近や、側妃や公妾狙いの下級貴族の娘たちと戯れていた。
私の苦言は、無視された。
このままヘンリー王子に嫁いでも、幸せな未来はないだろう。
他に嫁げそうな高位貴族は残っていない。
ならば、公爵家に残れるようにしよう。
障害となるものを排除して。
義母カトリーナと異母妹イザベラを排除することにした。
二人に消滅魔法をかける。
幸い消滅魔法の存在は、もう誰も知らない。
消滅魔法は、発動の条件が厳しく、対象に数秒触れていなければならない。
私は、二人をお茶に招待した。
珍しいこともあるものだと不思議そうな顔をしながらも、好奇心を隠せない様子だ。
「今まで、あまり交流がありませんでしたけど、この先王子妃になるのですから、あなた方とも良い関係を保っていたいの。
今日は、珍しいお菓子を用意させました。
王宮では、よくいただくお菓子ですよ。」
などと言いつつ、近くに寄る。
「これからは仲良くしてくださいね。」
と言って二人の手を握る。
今だ。
消滅魔法を発動させた。
カトリーナとイザベラは、キラキラとした光の粒子になって、やがて消えていった。
魔力を大量に失った私は、その場に倒れた。
邪魔者の排除に成功した喜びをかみしめながら。




