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半身との再会、それから ③

 玄関ドアを開けようとしたところで「花帆、誰と騒いで――」と栞の声がして、


「えっ……」


 花帆がドアを開き切ると、栞は彼女の背後に立つ亜久良を前に、持っていたビニール袋をばさっと落とした。中からサツマイモが一つ転がり出る。


「あ、亜久良!?」


 ひっくり返った声を上げる彼女とは対照的に、亜久良は「おう、栞。こうして会うのは久しぶりだな」と軽い口調で言い、落ちた袋とサツマイモを拾い上げる。


「これ、ばあちゃんの畑のやつか? 今年も豊作みたいだな」

「…………」

「花帆、今日の晩飯はこれで炊き込みご飯を作ろう」

「……なっ……」

「? 栞、どうした。変な顔になってんぞ」

「なんであんたがいんの!?」


 栞が半ば叫ぶように言い、花帆に向き直って「あんた、思い出したの!?」と尋ねる。


「ばあちゃんが言うには、昔の神隠しで記憶を無くした人は何があっても思い出さないって話だけど」

「そうみたいだよ。亜久良に今までのこと全部聞いたんだけど、全然思い出せなかった」

「……じゃああんた、なんでそんな普通にこいつと一緒にいるの? てかいつ戻ってきたの?」

「昨日の夜」

「日ぃ浅っ!」

「でも、亜久良はずっと陰に隠れて私を見てたんだってさ。だったら声かけてくれればいいのにね」

「はあ?」


 困惑顔の栞が、花帆と亜久良を交互に見やる。それから何かを考えるように視線を動かし、「あんたたちはほんと……」と独りごち、


「それで、さっきは何を騒いでたの?」


 話を先へ進めた彼女は、何かを納得した様子だ。花帆はその『何か』が気になりつつ、ふと、栞がファッション関係の知識に明るいことを思い出す。


「ねえ、栞ちゃん。亜久良の服装に合う感じでさ、ツノを隠せるアイテム知らない?」

「……何、急に」

「亜久良と一緒に川向こうのスーパーに買い出し行きたいんだけど、流石にスーパーで猫耳はないと思って困ってたとこでさ」

「いや、何、猫耳って」

「うちには猫耳しかないんだよ。栞ちゃん、いい感じのなんか持ってない?」

「逆になんで猫耳はあるの……」


 栞はボソボソ呟きつつ亜久良のツノを見上げ、「亜久良、ちょっと横向いて」と言う。横を向いた亜久良のツノを観察するようにまじまじと見つめ、「ちょっと待ってて」と家へ戻って行った。


 それから少しして、


「これとかいけそうだけど」


 彼女が持ってきたのは、黒のリボンがついた生成色のパナマハット。少し前寄りに亜久良に被せてツノを隠し、「どう?」と花帆を見る。


「今日はほとんど風がないから、飛ばされる心配もないでしょ。あれだったら帽子用のストラップでもつけたらいいし」

「栞ちゃん、センスいいね!」

「まあ、これでも美大生だし……あれかな。もうちょっと前に被って、目元も隠れるように……」

「なんで目元?」

「こんな金ピカの目ん玉してたら目立つでしょ」

「あっ、そっか」


 栞が「うん。いい感じ」と言って手を離す。亜久良が帽子の鍔を見上げ、くすぐったそうな顔で「ありがとう」と呟いた。


「……お前は、俺が花帆と一緒にいるのをよく思ってないんじゃなかったのか?」


 そして続いた問いに、栞が「まあねぇ」とため息をつく。


「あんたがいなくなれば、花帆が夜に出歩くこともなくなる。そういう意味で、あんたがいなくなればいいと思ってた」

「……そうか」

「亜久良、『思ってた』だよ。過去形。今はそうじゃないってこと」


 亜久良が疑問符を浮かべ、栞が「よかったね」と言って花帆を見る。


「買い出し、気をつけて行くんだよ」


 そう言って踵を返す彼女の横顔には、心底満足そうな笑みが浮かんでいた。


 *


 夕食を済ませ、亜久良と一緒にテレビを見始めてからしばらく。


「花帆、そろそろ風呂入れ」


 壁時計を見上げる彼の言葉に、花帆はふと窓の外を見た。


 静寂の夜。夏からずっとこの静寂に違和感を覚えていたのは、もう思い出せない記憶の中の夜が昼間よりずっと騒がしかったから。


 忘れていても、その時間は確かに今この瞬間と地続きだ。


「ねえ、亜久良。散歩に行かない?」


 傍らに向かって言うと、肘枕で横になった亜久良が「はあ?」と片眉を上げてこちらを見やる。


「散歩って、今からか?」

「うん」

「ダメに決まってんだろ。夜は人間が出歩くような時間じゃないし、明日は月曜日だ」

「体育祭の振替で学校は休みだよ」

「……夜、人間は外に出ないもんだ」

「あんたがいれば安全でしょ?」


 亜久良が盛大なため息をついて起き上がり、「あのなぁ」と言いながら胡座をかいた。


「カキタさまの時もテケテケの時も、全然『安全』じゃなかっただろ」

「でも、あんたは()()()()()でしょ?」

「……大体、なんでお前はあんな経験しておきながら、『安全』なんて言えるんだ? トラウマになってもおかしくないだろ」

「だって、本当に安全だし、夜に出たいから」

「なんで」

「不公平だから」


 亜久良が「不公平?」と疑問符を浮かべる。花帆は向こうの棚に立てかけてある朱色の鞘の太刀を一瞥し、彼の額のツノを見た。


「あんたばっかり『こっち』に合わせてるの、不公平でしょ。二人が一緒にいるってのは、お互いの世界を共有するってことだよ」

「合わせてるって、俺が昼にいるって話か?」

「うん。だから私も夜に行きたい」


 花帆はぐいっと体を乗り出して語気に力を込める。反対に亜久良は少し後ろへ身を反らし、なぜか口をパクパク動かすと照れ臭そうに横を向いて頬を掻いた。


「何、その反応」


 亜久良が「いや、だってお前」と横目にこちらを一瞥し、それから少しの沈黙を置いて前へ向き直る。


「元々、俺の世界は昼にあった」


 ボソボソと言い、花帆の右手をそっと手に取る。


「だから俺がお前に合わせてるわけじゃない。……夜に沈んでた俺を、お前が引き上げた」


 また沈黙を置いてから「だからさっさと風呂入れ」と続ける彼は、気恥ずかしさを誤魔化すよう。


 果たして彼の言葉は真実なのか。おそらく、前の『百目鬼花帆』だったなら、散歩に行くのを止めるために彼は嘘をついていると思うだろう。


 しかし、今は違う。


「そっか」


 花帆は小さく頷き、亜久良の手を握った。立ち上がると、どこか満足げな笑みを浮かべる亜久良がこちらを見上げ、


「でも、散歩は行きたい」


 すぐに眉根を寄せた。


「……お前、もうちょっとこう、なんかないのか」

「何が?」

「空気を読むというか、ムードを大切に、みたいな……」

「?」

「やっぱいい。なんでもない」


 亜久良が不貞腐れたように言い、花帆はそれをスルーして「ほら、早く立って」と彼の手を引く。ブツブツと文句を言いながらしかし立ち上がる彼を『亜久良らしい』と思うのはきっと、記憶を失っても大切なものは残り続けることの証明だろう。


「なんでお前、そんな頑ななんだよ」

「だってさ、行けるなら行きたいじゃん。知らない世界を見てみたいと思うのは、知的好奇心を持つ人間のサガだよ」

「それ、暁斗の受け売りか?」

「違うよ」

「変な影響受けんな」

「違うってば。これは私の考え!」

「嘘くせぇ」


 亜久良は盛大なため息をついて繋いだ手を離し、棚の方へ。太刀を腰に差して振り返る。


「何が起きても俺の言う通りにして、絶対に勝手に動くな。約束するなら連れてく」


 花帆が「オッケー」と言って笑うと、亜久良は「ほんとにわかってんのかよ」と独りごち、それから少しだけ笑った。



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