2-6 お兄さんのこと、話しちゃっていいの?
羽澤家が呪われているのはそれなりに有名な話だ。羽澤家と関わりがある家はみんな知っているし、オカルトマニアが集まるサイトでも定期的に話題にあがるらしい。だから太田が会心の一撃として放っただろう言葉は、全くダメージにならない。
そろそろ体調の悪いフリも飽きてきて、夷月は上半身を起こした。枕をクッション代わりに腰に挟んで、楽な体制をとる。それから太田に呆れた視線を向けた。
太田は夷月の反応が予想外だったらしく目を見開いている。「な、なんでお前がそれを!?」なんて、驚愕するのを想像していたらしい。アホか。
「羽澤家が呪われてるなんて、みんな知ってるよ。うちには魔女が住んでいたって言われる古い屋敷もあるし、悪魔が住んでいたって言われる家もある。年末年始は一族で集まってお祓いとかするんだよ。バカみたいでしょ?」
夷月はそういうと肩をすくめてみせた。急に態度が変わった夷月に渡辺と太田は困惑しているようだが、これ以上猫を被ってどうでもいい会話を聞かせられてはたまらない。
恋愛漫画や映画を見るのは嫌いじゃないが、それは自分には関係ないからという前提条件がある。巻き込まれるのはまっぴらなのだ。
「渡辺さんには兄さんについて相談してただけだよ。俺にはみんな詳しいこと教えてくれないから」
夷月はにこりと笑みを浮かべて見せた。渡辺も太田も戸惑った様子で夷月を見つめていたが、先に復活したのは渡辺だった。
「お兄さんのこと、話しちゃっていいの?」
「別にいいよ。太田くんは秘密を護れる人だと思うし」
たとえ護らなくても対処のしようはいくらでもある。外部にバレたら不味い話など、羽澤内にはゴロゴロあるのだ。夷月が知らないことだってきっとあるだろう。それらを何十年と隠し続けたのが羽澤家だ。今更、成り上がりの社長とその家族の口を封じるくらい簡単なこと。
そんな夷月の思考は、渡辺には正しく伝わったらしい。渡辺の表情が引きつる。残念なことに太田には伝わらなかったらしく、「秘密を護れる」というよい部分だけ聞き取って表情を明るくした。
「ああ。俺は噂話を言いふらしたりなんてしない!」
今さっき、呪われているって噂を大声で口にだした事実は忘れたらしい。欠片も信用できない発言だが、本人は満足そうに腕を組んでふんぞりかえっていた。
ここまで来るとアホ過ぎて、犬みたいな愛嬌を感じる。夷月は適当に「そうだよね。太田くんはそんなことはしないよね」と念押しして笑いかけた。
「俺には腹違いの兄がいるんだけど、詳しい話は今まで教えてもらえなかったんだよね」
腹違いの兄という時点で太田の顔が引きつった。いきなりそんなヘビーな話が出てくると思ってなかったらしい。俺、ヤバいことに首つっこんだ? と顔が物語っていたが、わざわざ突っ込んできたのは太田なので遠慮なく話を続ける。
「父さんと母さんは俺に知られたくないみたいだから、他に知っていそうな人に聞くしかないなと思って、渡辺さんに聞いてたってわけ」
お前が想像するような色恋沙汰じゃねえんだよ、バーカ。という内心を笑顔の圧に込めた。太田もやっと、気軽に踏み込んでは行けない場所に突撃したことに気づいたらしい。自信満々の態度が嘘のように小さくなった。
「渡辺さんが聞いた話だと、俺の兄さんは跡取り問題で揉めた結果、叔父の一人に刺されて、川に突き落とされたみたいなんだ」
「い、夷月くん!?」
そこまで言っちゃう!? と渡辺が驚愕の顔を夷月に向けてきたが、真面目な話を邪魔されて夷月は自分でも思うよりご立腹だった。気まずさと知ってしまった事実で嫌な気分なるがいいと、にっこり笑顔もおまけする。太田の体はさらに縮こまった。
「……跡取り問題で揉めてって……そんなドラマみたいなこと、本当にあるのかよ」
しばしの間が開いてから、気まずさと好奇心、恐怖などがない交ぜになった顔で太田は夷月に問いかける。
「他は知らないけど、羽澤はよくある。っていうか、よくあったらしいね。父さんが当主になる前も揉めたし。時代を遡れば、もっと血みどろだった時代もあるんじゃない」
さらりと告げた事実に太田と渡辺の顔が引きつる。その反応を見て、やはり自分の生まれた家は特殊なのだと夷月は再認識した。
「羽澤家は完全実力主義で、分家が当主になることもあったって聞いたことがある」
「それは揉めるだろ」
渡辺の呟きに太田が呆れた顔をした。
「いや、それが意外と揉めなかったんだよ。当主を誰にするか決める、最終決定権を持つ存在がいたから」
渡辺はハッとした顔をした。一方、太田は眉を寄せている。知っている人と知らない人の反応が分かりやすく、夷月は苦笑いを浮かべた。
「嘘みたいな話なんだけど、羽澤家には悪魔って呼ばれる年をとらない存在がいて、ソイツが最終決定権を持っていた。ソイツが当主だっていったら、分家だろうと女だろうと、次期当主」
「嘘だろ……」
唖然と太田が呟いた。噂として知っていた渡辺は、夷月が肯定したことに驚いたらしく固まっている。
「嘘だって俺も言いたいところだけど、本当らしいんだよね。っていっても、俺が生まれた時には悪魔はいなくなってたから、俺は会ったことないんだけど。父さんはすごい気に入られていたらしい」
細身の不気味な男だと聞いたことがある。服は全て黒。髪の色もカラスを思わせるような漆黒で、瞳だけは赤い。その赤が血の塊みたいにおぞましく、目を合わせると食われるのではという恐怖を抱くような存在だという話だ。
「そんな存在がいるのに、なんで跡取り問題が起こったの?」
渡辺のもっともな疑問に夷月は顔をしかめた。
「いくら優秀で悪魔に気に入られてたって、死んじゃったら後は継げないだろ」
軽い気持ちで話した夷月に対し、渡辺と太田の反応はホラー映画でもみたように青ざめていた。
「父さんには三人兄がいたけど、悪魔が指名したのは父さんだった。父さんが生まれる前は三番目の兄が当主に指名されてたんだって」
「えっ、じゃあ、夷月くんのお父さんが生まれたから、跡取りの地位を追われたってこと」
「そういうことみたい」
渡辺と太田は深刻そうな顔で顔を見合わせる。
トキアを刺した疑惑をかけられ、失踪しているのが響にとって三番目の兄、羽澤深里。
酔っ払うとベラベラ勝手に話始める親戚のおじさんによれば、深里と響の関係は悪かった。というか、兄三人と上手くいっていなかったらしい。その中でも特に響を目の敵にしていたのが深里。
「父さんへの嫌がらせに甥っ子刺して、川に突き落としたってことになるよな……」
サイコパスかよという呟きが夷月の口から漏れた。渡辺と太田も信じられないとばかりに、顔を歪めている。
「あくまで噂で、真相は……」
「そうだね。叔父さんは失踪してて、どこにいるかも分からないし、確かめようがない。犯人捜しをしたって意味ないよ」
というか、トキアは元気に幽霊しているのだから、犯人に関してはトキアに聞けばいい。問題は犯人が誰かではなく、トキアがなんで現世に留まっているのかということなのだ。
「ねえ二人は八歳で刺されて、川に突き落とされたら犯人恨むよね」
「当たり前だろ」
なにを当たり前のことを聞いているんだという顔で、太田が答える。渡辺は声には出さなかったものの、太田と同じ意見らしい。
「だよねえ……」
普通の感覚でいえばそうなのだ。普通は恨む。
可能性として考えられるのは、とっくに復讐を果たしているパターン。叔父は未だ失踪中。死んでいないという保証はない。トキアは生きている人間に害を与えられるタイプの幽霊だ。叔父をとっくの昔に無き者にしているかもしれない。
だとしたら、なぜトキアは未だに幽霊なのだろう。
「……現場、見てみようかな」
夷月は思考を整理しながらつぶやいた。
「現場を見る?」
独り言に返事がくる。考え事をに集中し、渡辺と太田の存在を忘れていた夷月は驚いて、二人の方へと顔を向けた。
「現場って……」
「兄さんが落ちたっていう崖だけど?」
他に何があるの? という顔で答えると二人は顔をしかめた。「マジかよコイツ」みたいな顔をしているが、それは先ほどまで夷月が二人に向けていた感情だ。そんな視線を向けられるのは納得がいかない。
「危なくないの? お兄さんが落ちた場所でしょ?」
「そうだぞ。なにか出たら……」
そこまで口にして太田は慌てた様子で口をつぐんだ。太田にとっては幸いなことに、渡辺は太田のうっかりミスに気づいていない。しかし夷月は気づいているので、コイツ怖がりなんだなと思った。トキアが見えるようになったら、毎日大絶叫のスリリングな毎日を送れることだろう。
「大丈夫、大丈夫。羽澤家じゃいわく付きなんて珍しくないし」
夷月はにっこり笑ってそういった。二人は納得いかなそうな顔をしていたが、もう夷月には関係ない。「疲れたから寝るね」と二人に声をかけ、夷月はベッドに横になり、二人に背を向けた。もの言いたげな視線を感じるが、振り返らない。
二人が出て行くまで寝たふりの予定が、気づけば夷月は眠っていた。




