2-5 知ってるんだぞ! お前の家、呪われてるんだろ!!
夷月は目を見開いて固まった。昨日会ったトキアの顔が頭に浮かぶ。思い起こされた表情は笑顔ばかり。満面の笑みだったり、含み笑いだったり。意地の悪いニヤニヤ笑いだったりと種類は豊富だが、全て笑顔だった。
思い起こされるトキアの態度からは、殺されたなんて、刃物で刺されたなんて想像できる要素がない。
何度思い起こしても、トキアから恨み辛みという負の感情は感じない。死んでいるのに。二桁にも満たない幼さで刺され、川に落とされ、殺されたのにも関わらずだ。
言葉にしがたい嫌悪感が湧き上がった。それがトキアに向けたものなのか、トキアを殺した犯人に向けたものなのか分からない。ただ不快だという気持ちだけが胸を支配して、夷月は浮かべるべき表情を見失った。
「お、お前ら! 何してるんだ!!」
だから突然、勢いよくカーテンが引かれて響いた声に、夷月は驚いた。渡辺も体を強張らせて声の主の方を見つめている。
そこに立っていたのは、おそらくクラスメイトだ。なんとなく見覚えがあるが、名前はは覚えていない。
そいつはギロリと夷月を睨みつけた。珍しいなと夷月は驚いた。この学校の人間は親に夷月と仲良くしろと言われているものが大半だ。嫌悪を隠している奴もいるが、目の前の少年ほどにあからさまな人間はいない。
「ちょっと、太田くん! 夷月くんは体調が悪いんだから、大声出さないでよ」
渡辺が眉をつり上げて怒る。それに一瞬だけ太田と呼ばれた少年はひるんで、すぐさま夷月を親の敵を見るような目で睨み付けてきた。
なるほどなと夷月は思い、しらけた気分を顔に出さないようになんとか堪えた。この太田というクラスメイトは渡辺が好きらしい。
渡辺は美人だし、性格もいいし、頭もよい。女性を見る目は百点満点だが、身の程は知らないらしい。渡辺は夷月も一目置くほど、人柄も家柄も良い。それに比べて太田は、夷月のそれなりに親しくしておいた方が得リストには入っていなかった。
つまり、人柄も家柄もたいした事がない。それなのに渡辺よりも格上の夷月を、「お前」扱いしてくるのである。分かったうえならすごい度胸だと認めてやるところだが、無知の方だろう。
こちらは大事な話をしているというのに、クラスメイトのどうでもいい色恋話に巻き込まれてはたまったものじゃない。
夷月は眉をさげ、調子が悪そうな雰囲気を出しながら太田に話しかけた。
「渡辺さんは心配してくれただけで何もないよ。俺も疲れたから寝るし、二人は教室に戻って」
渡辺とはなにもないし、なんなら興味ないし、うるさいのは嫌いだからさっさと教室戻れ。と遠回しに伝えたつもりだったが、渡辺は心配そうに夷月を見るし、太田の方は相変わらず敵意むき出しで夷月を睨み付けていた。
なんでだよ。と口からでかかって、夷月はなんとか飲み込む。
渡辺は良い子だから、夷月が無理していると思ったのだろう。猫かぶり中という意味では無理しているが、トキアの死因が思ったよりも笑えなくて混乱もしているが、そこまでじゃない。
情報を整理したいので、むしろ放っておいて欲しいのだが、渡辺は夷月を放っておいたら死にそうな子猫とでも思っているらしい。庇護欲を煽りすぎたかと少し反省した。
一方、太田の方は夷月の余裕な態度が気に食わなかったらしい。自分が好きな相手に看病されておいて、特別な感情がないとはどういうことだと思っているのかもしれない。
めんどくさい。もう声を大にして、めんどい!! と叫びたい。だが、叫んだらさらに面倒になるのが分かるので、夷月はぐっと堪えた。
「二人っきりで何の話してたんだよ」
太田の不機嫌そうな問いかけに夷月は内心、天を仰いだ。話続けるのかよ! 帰れよ!! と言いたいが、言えない。
「あんたには関係ないでしょ」
渡辺は不快そうにそういった。この反応からみて、渡辺は太田のことをよく思っていないらしい。好きな相手に嫌われているって不憫だなと思ったが、こちらの事情を考えずに突撃してきた現状を考えれば、今までもなにかしらやらかしてきたのだろう。
ここで引かないと余計嫌われるぞ。今が引き際だぞと夷月は太田に心の中で訴えかけたが、太田は元々つり気味の目をさらにつり上げた。
「俺にはいえないようなことなのか!」
なにこの修羅場。よそでやってくれないかな。
思わず夷月は演技も忘れ、半眼になって天上を見上げた。ヒートアップしている二人は夷月のことには気づかず、ギャンギャン言い争いをしている。いっそ気づかれた方がなんとかなったのではと思ったが、渡辺はともかく太田は面倒くさい。
夷月にその気は一切ないが、仮病をつかい、女子を二人っきりの保健室に連れ込んだ形なのだ。渡辺に恋心を抱いている太田は、余計夷月に噛みついてくるに違いない。
夷月が現実逃避をしている間に話は進み、「相談にのってただけ」「なんの相談だよ」「それは話せない」「なんで」というループに陥っていた。
夷月が渡辺に聞いていた話は羽澤家の黒い噂だ。今のところは上流階級のみで流れているが、これが世間に広まれば騒ぎになるのは間違いない。ゴシップ誌などは大喜びで食いつくだろう。この国を影で牛耳っていると言われている一族の、血みどろな後継者争いだ。夷月も他人事だったら面白がっただろう。
そんな話を誰それに話せるはずもない。
羽澤家に黒い噂が多いことは、長く続く家はみんな知っている。ネットを探れば荒唐無稽な話から、真実に近いものまで、面白いぐらいに沢山の噂がある。だが、それが全て噂でとどまっているのは羽澤家や、羽澤家に関わる家や組織がもみ消しているからだ。
この国を牛耳っているというのは事実ではないが、完全な嘘でもない。羽澤家は様々な方面に人と金の投資を行っている。羽澤が潰れた時、その余波でどれほどの家や組織が潰れるかは分からない。それが分かっているから、みな見て見ぬふりをしているのである。
だが、太田がそれを理解しているかと言われると疑問が残る。夷月を「お前」呼びしたことを考えても、上流階級というものがよく分かっていない成金なのだろう。そうであれば夷月が名前と顔を覚えていなかったのも納得だ。
一世代で地位を築き上げる成金と呼ばれる者たちは、何世代にも渡り富を築き上げた、羽澤のような一族には侮られる。理由としては単純だ。地位を築き上げた一代目、ここでいうならば太田の両親は腕の良い経営者なのだろうが、後を継ぐであろう太田もそうだとは限らない。
太田と仲良くしたところで、太田が後を継げるかも分からないし、継いだ途端に会社が倒産なんて未来もあり得る。利益が見込めるか分からない株に大金をはたく奴はいない。
そういう不安から、渡辺は太田に詳しい話をしたくないのだろう。後先考えずにはした金に目がくらんで、ゴシップ誌に売るような奴だったら困るからだ。
好きな相手に信頼されていない様子を見ると、可哀想にも思えてくるが仕方ない。日頃の行いというやつだ。
さて、どうしようかと夷月が考えていると、太田の怒りが臨界点を突破したらしい。
「なんでこんな奴かばうんだよ!」
太田は夷月を指さした。人を指さしちゃいけないと教わっていないらしい。しかも羽澤家のお坊ちゃまに対して「こんな奴」発言。
ここがパーティーじゃなくてよかったな。次から絶対呼ばれないし、お前の親の株価暴落するぞと夷月は思ったが、もちろん口に出さなかった。言っても通じないだろうし。
代わりに顔色を変えたのは渡辺で、信じられないという青い顔をして震えている。渡辺は聡明なので夷月が機嫌を損ねたらどうなるか、具体的に想像が出来てしまったのだろう。夷月だって子どもじゃないので、このくらいのことで怒りはしない。夷月は怒らないが、話をどこからか聞いた羽澤家と縁のある人間は怒るかもしれない。そうなっても夷月のせいじゃないので、あとは勝手にどうにかなるだろう。
黙り混んだ渡辺、何も言わない夷月に太田は勝ちを確信したらしい。いや、お前の負けが確定して渡辺は震えてるんだが。空気読めと思ったが、やはり口には出さない。太田が墓穴を掘りすぎて地球の裏側に出ようとも、夷月にはこれっぽっちも関係がなかったので。
「知ってるんだぞ! お前の家、呪われてるんだろ!!」
再びビシリと指さされて、夷月は思わず遠い目をした。
「呪われてるけど、だから何?」
ついに我慢出来ずに、本音が口からこぼれ出た。




