【第12話】ラーズリー家の領地事情
「さてと、ラピスは見つかったし、デンシンさんのことも分かったし、明日の移動の準備をしなきゃね」
どうにかラーズリー家に受け入れられデンシンがホッとしていると、マリーが声を上げた。てっきりこの家で暮らしているのかと思っていたデンシンは疑問に思った。
「移動?」
「ええ、実は私たちはこの王都には仕事の用事で来たのよ。この家はここで仕事してる間だけ借りた拠点なの。で、その仕事は終わったから、明日にはここを出て本家に帰るところだったのよ」
「そうだったのか……そうなると、お二人は商人の仕事か何かを?」
そう聞くと、クリスが急に芝居がかった動きで胸を張り、声色を作って喋り出した。
「フフフ……よくぞ聞いてくれたね。俺とマリーは商人じゃないのさ。なんと……!」
「ちがうよデンシン!ママとパパはねー、きぞくさまなの!」
「え?貴族?」
「あ、先に言っちゃだめだよラピス。こういうのはちょっともったいぶって言わないと格好がつかないじゃないか……!」
「だってー」
デンシンを驚かすための演出を愛娘に一刀両断されてしまい、少し不貞腐れながらもクリスは自分たちの状況を説明を始めた。
「コホン!えー、そんなわけで、私たちは一応辺境伯の貴族なんだ。といっても、昔のどこかの代で没落しちゃって、爵位はともかく実質的な権威とかはかなり落ちてるんだけどね……。普通の辺境伯は他国との最前線になる領地を任されるのだけれど、私たちは他の国もまともに領土と宣言できないくらい開拓できていない、森だらけの領地なんだ。むしろ、他国であったとしても町同士で協力しないと、魔物に滅ぼされるかもしれないくらいの場所なんだけどね」
貴族というより開拓村の村長くらいの立ち位置ではないかという感想を抱いていたが、途中聞き慣れない単語を聞いてデンシンは疑問に思った。
「魔物?動物じゃなくてか?」
「うん?そうか、魔物も知らないか……本来魔物は迷宮っていうところで出てくる怪物なんだけど、うちの森の奥深くにも魔力が濃いところがあって同じように時々湧いてくるんだ」
「わざわざ魔物と呼ぶというには、普通の動物と何か違うところでもあるのか?」
「動物と比べてすごく凶暴で、強靭な肉体だったり、簡単な武器を使ったり、中には魔法を使ってくるやつもいる。基本的には魔物じゃない動物を襲うんだけど、人間は大きさの割にそこら辺の獣ほど速くも強くないせいか特によく狙われるんだ。砦で町に入ってこないよう見張りもしてるし、討伐隊を組んで駆除もやってるけど、万が一砦の門を破ってきたら町の人と総出になってでも討伐するしかないかな。……強さによっては負傷はもちろん、死人が出るのも珍しくない、厄介な連中だよ」
地球でも野生動物による獣害問題は度々あることだが、この世界での魔物問題はより深刻な問題となっていた。ただの猛獣でも人間社会には大きな脅威となるが、それがさらに武器や魔法まで使ってくるとなると、本格的な武装のない猟師が駆除して解決できるような簡単な問題ではない。
「そんなに凶悪な魔物はどうやって判別するんだ?まさか森の中で動くもの全てを排除していくわけにはいかないと思うんだが」
「魔物は身体のどこかに魔石があるんだ。身体の表面に石が見えてるから、見た目で判断するしかないかな。あとは人間を見かけたとき、すぐに大きな音を立てて近寄ってくるなら魔物の可能性が高い、くらいかな」
「なるほど……厄介な問題だな」
「そうなんだよ……まぁそんな厄介な場所を抱えてる分、他の貴族がちょっかいかけたり他国が攻め込んでくることもまずない領地なのは不幸中の幸いかな。私たちが魔物の防波堤だったり、討伐隊を組んで駆除してるから、それを邪魔したら面倒ごとを自分たちが処理しなくちゃいけなくなる。一応それぞれメンツというのがあるから、他国も含めて領地を任されてる貴族だったり町や村の長だったりとも調整してどうにかしてるんだ」
話を聞くうち、デンシンは先ほどクリスを開拓村の村長と評した自分を恥じた。統治するのが難しい環境の領地でありながら、自他国の有力な勢力と調整しつつ、王国の門番の役割までやってのけている。確かに本来の辺境伯のあり方とは異なるかもしれないが、ラーズリー家も王国に貢献している立派な貴族なのであった。
「そうか……クリスさんはすごい貴族様なんだな」
「それほどでもないさ。まぁ貴族連中のなかにはウチを敵視しているところもチョコチョコといるんだけどね。辺境伯の中では兵力がかなり多いから、いつ横取りされるのかわからないって思いこんでる奴らがいるんだ。表立って言うと国王の顰蹙を買うから口には出さないだろうけど」
「兵力が多いといっても、別に攻め込むためではないのだろ?むしろ多いくらいでないと魔物を完全に抑え込めないから仕方なく増やしているんじゃないか?」
「そのとおりだよ。私だってもう少しのほほんとできる領地を運営したいくらいなんだけどね……」
そういってクリスは肩をすくめた。
「そうは言ってもあなた、いわゆる貴族らしい仕事が基本的に好きじゃないじゃないの。書物の作成や領地の徴税会計の仕事が嫌すぎて、兵士の訓練や討伐隊に直々参加する貴族なんてあなたくらいよ」
「うっ、マリー、痛いところを突かないでくれ……そういうのはセバ爺やキミにだいぶ補佐させてるのは悪いと思ってるからさ……」
前言撤回、ただの脳筋貴族である。これほど短い期間に評価が二転三転することがあるだろうか?民に過酷な労働を押し付けて重税を課し、私腹を肥やす悪徳貴族などより幾らかマシではあるが。果たして、妻や執事がまともでなかったらどうなっていたのだろうか。
「まぁ、なんだ……マリーさんに愛想をつかされないようにな」
「待ってくれデンシンくん。その生暖かい視線はやめてくれたまえ。私だって町の共同施設の見回りだったり町の様子を見たりして頑張ってるんだから……」
「パパはねー、すっごくつよいの!ちからもちだし、ママよりちいさいけど、ほのおをだしたりみずをだしたりできるんだよ!」
「おぉ、パパの味方はお前だけだよラピス、よしよし、あとでなにか欲しいものがあれば言うんだよ」
喋るたびに劣勢になる状況の中、一筋の光になった娘にすがりつくクリス。明らかに親バカではあるが、娘はかわいいものだから仕方ない。男は自分の娘には果てしなく弱い生き物なのだ。前世での自分も娘を相当甘やかしていた(そして妻にこっぴどく叱られた)デンシンにとっては、むしろ同士を得た気分になった。
「そうだよな……娘はやっぱかわいいもんだよな!」
「デンシンくん!キミもわかってくれるか!そうだよなぁ、ラピスはかわいいよなぁ!つい甘やかしちゃうのもしょうがないよなぁ!」
「まぁ、しょうがないよなぁ。こればかりはどうしてもなぁ」
「そんなわけないでしょ二人とも。甘やかすのはダメです!あぁ、ラピス、別にあなたは悪くないのよ。ダメなパパを褒めていい子いい子」
「マリーさんも駄々甘じゃないか……!なんでもついつい褒めちゃう人じゃないか!」
「しょうがないじゃない。ウチの子はみんなかわいいんだから!」
明らかに親バカ両親であるが、あいにくデンシンも子供、孫に駄々甘だった身。この場にそれを咎められるものは存在しなかった。あっという間に意気投合した二人とデンシンは、ついつい子供の可愛さについて長い時間語り合うことになったのだ。
楽し気に語り合う両親とデンシンの横で、ラピスは首をかしげるのだった。
「みんなへんなの」